第76話『世界で一番熱い夏』


ポナの季節・76

『世界で一番熱い夏』        




 アリスの広場にアリスがいるわけではない。       


「ア」はあらかわ遊園、「リ」はリバー、「ス」はステージを現している。

 夏は小学校の四年生まで、そのことを知らなかった。


「アリスいるよね!」玄関から出ていくお父さんに聞いてみた。


 ほんとうは「出て行かないで!」と叫びたかった。でも、そんな直接的な言い方をしたら全てぶち壊しだと思い、アリスのことがとっさに口をついて出た。

 お父さんは、アリスの広場の本当の意味をボソリと言い、そのまま出ていってしまった。

 夏は幼いころからの夢とお父さんの両方を一度に失った。

「なにも最後の最後に言わなくっても…………夏、お母さん夏のためにがんばるからね。めそめそしないの!」


 たしかにお母さんはがんばった。


 駅一つ向こうのスナックから始め、今は銀座のクラブで働いている。ホステスの仕事が合っているのか、夏の目から見てもお母さんはイキイキしている。今ではチイママというのになり「夏のため」というのはお題目になってしまった。

 夏は中学の二年生になってから学校を休みがちになり、ほとんど不登校のまま夏休みに突入した。

 学校には行かなくなったが、それに反比例してあらかわ遊園に足を運ぶようになった。



「……もう一人で遊ぶのは限界かな」



 家族連れの子どもが多い中、少し大人になりかけて一人で遊ぶのに抵抗が出てきている。メリーゴーランドや豆汽車に乗っていると大人たちの視線を感じることが多くなった。

「でも自転車で来れて、千円でお釣りが出るようなとこ他にないしな……」

 そう言ってはいるが、園内を歩いていても幸せそうな家族づれに目がいく。かつての自分ちと近似値の親子に。

 観覧車に乗ると一枚のチラシが目に入った。


――SEN48サマーライブ! アリスの広場で!――


 タイトルを見て少しだけ心が躍った。ユーチューブで見た売り出し中の女子高生ユニットだ。

「あ、字まちがえてる。熱い夏じゃなくて暑い夏でしょ」

 それだけの興味で夏は、しばらく行っていないアリスの広場に足を運んだ。

「すごい……」

 定員八百の客席に千人ほどが入っている。幼いころ、この広場で観たどんなショーよりも多い観客だ。


「それでは最後の曲聞いて下さい、あたしたちSEN48この夏のテーマ曲『世界で一番熱い夏』でーす!」

 

 浜崎安祐美が叫んで、巻き起こる拍手と歓声。


 夏は迫ってくる音楽に圧倒されながら、この曲は自分に投げかけられたものだと感じた。

 ギターもベースもドラム、キーボード、そしてボーカル、全てが新発見。メンバーのみんながアリスに見えた。



「今日は、あたしの一番熱い夏だ!」


 夏は初めて握手会というものに並んだ。誰にしようかと迷ったら、流れのままにポナの愛称の寺沢新子のところに並んだ。

「寺沢……あたしの苗字にちょっと似てる」

 ささいなことが嬉しかった。

「どうもありがとう!」

 ポナのキラキラした目にしびれた。

――あたしも、こんな目になりたい! アリスの瞳だ!――


 握手が終わって振り返ると、列の向こうに知った顔があった。お母さんの店のママさんの顔が……。


 

ポナの周辺の人たち


父     寺沢達孝(60歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(50歳)   父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

平沢 夏  未知数の中学二年生

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