第6話『女子高生の感動は24時間②』


ポナの季節・6

『女子高生の感動は24時間②』         


 ポナとは:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名





「…………………………お早う」

 

 上の空の返事はポナが奈菜の前の席に掛けるまで返ってこなかった。


「なに、ボンヤリしてんのよ?」

「感動噛みしめてんの……」

 どうやら奈菜は、夢見る夢子さんになっているようだ。

「静かに……昨日の感動を噛みしめてんの」

「昨日……ああ、大ニイの『ひとなみ』か」


 ポナは、奈菜が無事に学校に戻ったので、もう関心は無い。鞄から第二朝食のサンドイッチを出してパクつきだした。奈菜もなにやら取り出した。


「ん……あ、昨日の写真か」


 奈菜は、ポナの大ニイが撮ってくれた「完璧に目標を補足」を酔ったように見つめだした。


「あたしって、こんなに美少女だったんだ」


 ブフッ!


 ポナは、あやうく吹き出すところだった。


 確かに奈菜は苦労知らずのお嬢さんで、まあAKBの書類選考ぐらいは通りそうなほどにはイケてる。でも、この情緒不安定のボンヤリじゃね……そう思いながら、右手にサンドイッチ左手にスマホになって、奈菜と同じ写真を見た。確かに写真の奈菜は普段の五割増しぐらいに美人に撮れている。それは後ろで大口開けて笑っているポナが引き立て役になっているせいでもある。



「自衛隊って、キビキビしてていいよね。女性隊員なんかもいたし」

「ん、それが?」

「あたしもなってみたいな……」

「奈菜、あんた、束縛されんのがやだって家出して横浜でガールズバーの客引きまでやってたんでしょうが。自衛隊なんか、学校や家の百倍くらい束縛の世界なんだぞ」

「それぐらい縛られて、人間は光りだすんだと思うの」

「マゾに鞍替えか!?」


 で、朝礼と一時間目の授業は終わってしまった。


「ねえ、今からだったら、防衛大学の受験間に合うわよね。A幹ていって、一番お兄さんの階級には近道みたい」

「奈菜、授業中になに調べてんのよ?」


 奈菜は自衛隊員の裏を知らない。


「ポナ、オレのズボン破れてないかな?」

 小学生のとき、大ニイが、そう言ってお尻を向けてきたことがある。

「どこが?」

「股の付け根の方」

「うん……?」

 ポチといっしょに覗きこんだところ、一発かまされた。ポチは悲鳴をあげて逃げ出した。ポナは危うく気絶するところだった。


「実家にも近いし、もう防大しかないわね!」

 三時間目の終わりには、奈菜の目は国防少女のそれになっていた。だが、奈菜の発想や飛躍は家出にしろ自衛隊にしろ、自宅から一時間ほどの範囲に限られているようだ。


 昼休みに、防大の膨大な知識で頭を一杯にして、その分授業はさっぱり聞いていない奈菜は、放課後防衛省の広報まで防大の資料をとりにいくと言いだした。当然「だから、ついてきて」の決まり文句付きで。



「あの、海上自衛隊って、泳げないと話にならないんだけど」

 ポナの何気ない一言は、一瞬で奈菜の半日の夢を崩してしまった。ポナは慌ててフォローに回った。

「あ、陸上自衛隊もあるし」

「泥水の中、匍匐前進なんてドロンコはやだ」

「じゃ、航空自衛隊?」

「あたし、高所恐怖症なの」


 もう、勝手にしやがれのポナであった。奈菜は、まだ未練たらしく写真を、ため息つきつつ眺めている。


「……そうだ、こんなにイケてるんだもん。女優さんになろうか!?」


 ブフッ!!



 ポナは、デザート代わりの掛けそばを吹きだしてしまった。

「でも、いきなりは無理よね……」

 少し現実的な思考になってきた。

「そうだ、演劇部に入ろう!」

「うちの学校演劇部ないし……」

「ん……だったら作ればいいのよ!」


 今までの奈菜のプランの中では、一番現実的だった。


「黒木華さんだって、秋野暢子さんだって、高校演劇の出身なんだから! そう、坂東はるかや仲まどかは、もろ乃木坂の出身よ!」

 さすがに知識は豊富なようで、でも、ポナは秋野暢子は知らなかった。

「東京で名門演劇部って言えば、乃木坂学院。ポナ、あんたの友だち乃木坂だったわよね!?」

 物覚えもいい、二三度名前を出しただけの高畑みなみのことを覚えていた。

 基本的には気のいいポナは、すぐにみなみにメールを打ってみた。

 返事は残念なものだった。


――演劇部は、この三月に廃部になってるよ――








 ※ ポナの家族構成と主な知り合い



父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る