第4話『奈菜の五月病』


ポナの季節・4

『奈菜の五月病』         



 ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名)






 奈菜は、取調室で一人ふくれっ面で座っていた。


 姿はAKBモドキの客引き姿で、うっすらとメイクしている。


「どうしたのよ、奈菜?」

 とりあえずポナは一言言った。特に気の利いた言葉じゃないけど、無言よりはマシ。

「なんで、ポナが来るのよ?」

「うちのアネキがここの生活安全課。奈菜、うちの人が来るの嫌なそうなんで、あたしが動員されたってわけ」

「……ごめん。世話かけるね」

「どうして、横浜のガールズバーなんかに居るのよ……」

「……」


 奈菜は、机の上の冷めたお茶を見ながら無言だ。積極的な無言では無く、言いたいことがまとまらないで困った顔……この困った顔が変に頑なな表情に見えて損をしている。付き合い始めたころから、ポナは、それに気づいていた。


「お茶冷めてるね、淹れなおしてもらってくるよ」

「いいのお茶なんか。ポナが居たら、なにか考えがまとまりそう」

「じゃ、あたしの淹れたてだから、マゼマゼしよう」

 ポナは、机の上に一滴もこぼすことなく、二つの湯呑を均等にお茶で満たした。

「すごい、才能だね……」

「んなもんじゃないわよ。うち兄妹が多いじゃない。自然と子供のころから付いた習慣」

「そっか……あたしなんか、一人っ子で、親の言うままにここまできちゃったじゃない。学校も小学校からずっと持ち上がり……なんか、これでいいのかなあって……」

「十五やそこらで、思い詰めることないよ。人生って、どこででんぐり返しあるか分かんないよ」

 この会話で動機が分かった。一人っ子の五月病だ。


 そこに姉の寺沢優奈巡査部長が入ってきた。


「いま、お父さんが来られたから。下で事情説明させてもらってるわ。まあ、初めてだしガラ受けも揃ったし、お父さんといっしょに帰っていいわよ」

「あたし、ポナ……新子といっしょに帰ります」

「でも、一応規則だから、署の敷地出るまでは、お父さんといっしょにいてね」

 それだけ言うと優奈は出て行った。妹の表情を見ただけで、おおよその話は分かった様子だった。

「ああ見えて、優奈ねえちゃん、高校の頃はワルで、地元の警察じゃ今の奈菜みたく世話になってた」

「え、あの女性警官の日本代表みたいな人が!?」

「うん、うちは、他にも変態して大人になったのがゴロゴロ……」


 そうやって、世間話をしているうちに、奈菜のお父さんが入ってきた。


「さ、奈菜。お父さんと帰ろう」

「警察の玄関までね」


「敷地を出るとこまでだ」


「チ」


「舌打ちするな」


「あとはポナといっしょに帰るから」

 親子の会話は、それだけだった。

「寺沢新子さんでしたね。こういうやつなんで、どうかよろしく」

「こういう奴ってなによ」

「言葉のあやだよ。さ、いこうか」


 この親子は、超えなければならないところを超えずに避けてきた親子だと、ポナは思った。


 警察の敷地を出ると、奈菜の父は娘をポナにあっさりと預けた。まあ、今はこうするしか手がないんだろうけど、なんとも割り切れない気持ちのポナだった。


 電車に乗ると、達幸兄貴からメールが入っていた。



――明日、横須賀に入港。一般公開につき来るべし、友だちも連れて来い――


 海上自衛隊の長男の達幸からだった。


 我が兄姉ながら連携が取れ過ぎと、ため息のポナだった。





※ ポナの家族構成と主な知り合い



 父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

 母     寺沢豊子(49歳)   五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

 長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

 次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員

 長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

 次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

 三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

  ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。


  高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

  支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

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