4の扉 ティレニア

第5話4の扉 白い森


「あっ。少し綺麗になってるかも。」


次の日、お母さんが出かけた後階段下の扉からまた白い部屋へやってきた。


もしかしたら夢だったかも?とか、扉がまた無くなってるかもしれない、とかちょっと考えていたけれど、そんな事はなかった。残念なような、ワクワクするような複雑な気分だ。



朝と石たちと共に部屋へ入ると、なんだか少し様子が違って見える。なんとなく、シンラが回復しているような気がするのだ。それでもまだ、ちょっとボロだし髪もボサボサだし何だかくたびれては、いるんだけど。

気になっていた衣装のレースを確認していると、黄変がなくなっている事に気付く。


「これだけでもだいぶ違うな…。」


顎に手を当て、シンラの周りをグルグルしながらチェックしていると「どうしてそこに1番に目が行くのかしらね。」と呆れた声で朝が言った。


「いや、この文化遺産として残した方がいいレースがさ、……………。」


と私が熱弁を奮おうとすると


「何のために持って来たんだか。」


と言いながらゴソゴソとリュックの中に頭を突っ込み櫛を出す。

咥えられた櫛を受け取りながら、気焔に聞いた。


「ねぇ気焔。シンラの髪ってとかしても大丈夫かな?こう、引っ張ったらゴッソリ抜けちゃったりしない??」

「何とも言えないが……………そーっとやってみたらどうだ?」


気焔から「そーっと」なんて台詞が出るのが意外だわ、とちょっと口元が緩んだ。


今日は目が閉じたままだけど、また急に開いたら絶対びっくりして髪を引っ張りそうなので恐る恐る、先に声を掛ける事にした。


「シンラ?起きてる?」


この状態が寝てるのかどうかという疑問は置いといて、かける言葉が分からなくてそう尋ねる。



少し、間を置いて、静かに目が開く。


中央が濃い金で虹彩は外側に向かう程赤になる、綺麗な瞳。

節目がちに開いた目にかかる白くて長い睫毛が、以前よりは人間らしくなった彼が、やはり人では無い事を印象付けていた。

前回より力がこもり、キラキラしている瞳を見て少し安心する。


力がなく、座るしかなかった、と思わせる前回のような雰囲気は少し薄れ、楽に座っているように見える。

少しは力が戻っていると良いのだけれど、と思いつつ質問した。


「髪を梳かしてもいいかしら?シンラ?」


「……………。」



やっぱり急にスラスラ喋ったりはしなそうだな。


目を開けて、静かに座っている彼から拒否の気配はしないので梳かしてみる事にする。

後ろ側に回って、そっと髪を一房手に取った。正面からだとまだ少し怖いからだ。

綺麗で怖い、これが畏怖って事かな…なんて思いながら絡まないように少しずつ下から櫛を通す。


すると櫛を通した端から、急に髪質が変わった。


「ねぇちょっと、朝。見て。」


何これ。凄いんだけど。ビフォーアフター。


髪の変化に驚いて、朝に「見て見て」と手招きして指差した。朝は私と髪を交互に見ながら何やら考えて、こう結論付けた。


「依るが梳かしたから、綺麗になったのね。」


え?なんで?


朝の考えでは、私がこの部屋に来る事でシンラの状態が保たれたり、成長したりするという事は、多分手を入れる事で回復する事と繋がるようだ。


嬉しくなった私は調子に乗って髪全体を綺麗に整えた。初めて見た時と、同じようにキラキラした白銀の髪になったのを見て満足する。

調子に乗って他に何かできる事は無いかとシンラを観察し始めると、心配そうに朝が言った。


「依る、シンラ様がそれだけ変わる影響があるのだからあなたに何かあるかもしれないわ。体調に変化は無い?」

「うーん?今のところ、大丈………夫」

「馬鹿者、手をかけ過ぎだ。………」



なんだか気焔が文句を言ってる所で意識が途切れた。







「起きたか。」


ん?白い……………。


ボーッとしながら「何してたんだっけ?学校??」なんて考えていたら、ぬっと上から朝が覗き込む。


「大丈夫?依る。寝ちゃったみたいよ。」


意識がなかった間の事を聞くと、髪を梳かし終わって話してるうちにパッタリと倒れたらしい。2人ともびっくりして匂いを嗅いだり(←それは主に朝がだけど)様子を見ていたけれど、どうやら寝ているだけらしい事がわかったので、そのままのんびり待っていたようだ。どのくらい寝ていたのだろう?


「でも1時間くらいじゃないかしら?」


朝の言葉に、そんなに時間が経っていないと安心すると、シンラがどうなったのか急に気になる。

まさか、また戻ってないよね?


白い部屋の中を彼を探すように視線を彷徨わせると、意外と近くで目が合った。


「……………!!」



思ったより近くに居た事にびっくりして、また1メートルくらい下がっちゃったけど、前よりは遠ざかってないので免疫ができてきてるかも。

そんな事を思いながら、私の丁度後ろ側にいた彼の様子を確認する。

さっきと同じように髪はサラサラで、しかも更にオーラが増していたので安心すると共にその場にゴロリと寝転んだ。


「良かったぁー。また戻っちゃってたら嫌だもんね。」


その場に寝転びながら、呟くとシンラが立ち上がった。そのまま近づいてくる。


 いや、だからその近づき方、怖いんだよ…。


そのまま私の横で止まって、こちらを見ているので私も立ち上がる。見下ろされてると怖さ増すからね………。


「依る、シンラ様に私を渡せ。」


気焔が言う通りに腕輪を渡す。

受け取ったシンラは少し気焔たちを眺めた後、空いている方の手を私に差し出した。


「え?」


ちょっとまごまごしながら私も手を出す。

するとシンラが私の手を取り、もう一方の手で腕輪を私の腕に嵌めた。



すると腕輪が私の腕に合わせてシュッと吸い付くように大きさを変える。私はびっくりして目を大きく見開いていたが、気焔は満足そうに「うんうん」頷いている(ように見える)。

シンラを見ると、シンラも満足そうな目をして私を見ていた。

瞳に表情が出て少し怖さが薄れたので、私も初めて正面からしっかり彼を見た。


やっぱり綺麗………。


サラサラになった髪と、満足そうな瞳で彼のオーラが和らいでいる事が嬉しい。自分が役に立てた事で幾分距離が縮まった感じがして、更に何かしてあげたくなった。


あ、でもまた寝ちゃうとまずいな。


1人下を向いてシンラを美しくしよう計画を考えていると、朝に遮られた。


「さ、支度ができたら行きましょうか。」


視線の先には訪問者を待っているかのような4の扉があった。





 「じゃあ、行くね。」


少し近づいた感じがするシンラを置いていくのは何だか寂しい。

そんな私の心を読んだのか、気焔が言った。


「依る、シンラ様はここから出られない。」


予想通りの言葉と、出たらどうなるのか、考えたくなかった私は頷くと扉の前に進んだ。


「なるべく早く帰るよ。」


振り向いてそう言うと、朝に続いて扉の中へ入った。








何があるのか全く分からなかったので、とりあえず力んで「えいっ!」と一歩を踏み出した。



「わぁ………。」



白い、森。

そこは一言で言うとそんな場所だった。


思ったよりも幻想的で綺麗な場所に着いて、拍子抜けした。何となく、派手な冒険が始まると思っていた自分になんだか可笑しくなる。


私が立っているのは、広い花畑のような場所だ。しかし、何しろ、白い。少し奥の離れた所に、沢山の木々が鬱蒼と茂る森が見える。だが、足元の草花、遠くの木々。目に見える範囲のそれら全てが真っ白なのだ。


とりあえず周囲に誰も居ないことが見て取れると、ひとまず危険は無さそうな事にホッとした。ナイフなんて持ってきたものの、勿論攻撃になんて使えないし、襲われたらすぐアウトだ。

しかし、何しろ人っ子ひとり見えない。


ぐるりと見渡すと、入ってきた扉が見えない事に気が付いた。


「え。扉が無い。帰れない。」


ある意味冷静に独り言を言っていたら、久しぶりに藍が答えてくれた。


「石を嵌めたら、また現れるはずよ。まずはクルシファーを探しに行きましょう。」


クルシファーというのが4の石の名前らしい。某映画のキャラみたいな名前だなぁ、なんて呑気な事を考えながら質問する。


「で、どこに行けばいいのかな?地図とか無いの?」



見渡す限り、白い木と花畑と、雪のような景色。まるで一面薄く雪が積もっているようだ。

でも寒く無いので雪ではないと思う。草や花もあるけど、とにかくみんな白い。気になって足元の草を確認してみた。感触や見た感じは、草だ。色が白い以外はおかしな所は無さそうだけど、どうして白いんだろう?


「道案内しましょうか?」


「!!」


急に足元が喋ったので、驚いて尻餅をつく。

誰もいないと思っていた私は声の主を探しながら、そのまま目をパチクリさせた。しかし、周りに人影は見当たらない。

地面に着いた手のひらを確認するとやはり、地面は冷たくないし、濡れてもいない。分かってるけど、不思議な感じだ。


「依る、そろそろ慣れなさいな。家の花だってお話してたでしょう?」


朝はため息を吐いているけど、色々あってすっかり忘れていた。そういや、喋るんだったっけ。

気を取り直して、足元の白い花を見る。きっと、喋ったのはこの花に違いない。

私が花の前にしゃがんで話を聞く体勢を整えると、葉っぱを手のように動かして白い花は喋りだした。


「私はナズナ。茶の石のところへ行くのでしょう?詳しい場所は知らないけれど、長老の所までならご案内できますよ。」


そう、喋り出したマーガレットに似ている白い花は、ちゃんと名前があるらしい。

ナズナの話によると、この白い森の主が森の真ん中にいる筈だという。森の全てを管理する主ならば茶の石のいる所を知っているだろう、という事だった。全くもって、当てがないので正直助かる。かなり行き当たりばったり旅なのだ。

私達はナズナにお願いして、早速出発する事にした。


「そう、あ、もうちょっと下です。ハイ、その辺で。はい、OKです。」



現場の指示出しのようなナズナの指示でナズナを摘むと、出発だ。

(根っこごと運んでくれれば、また戻す時に都合がいいらしい。)


そのまま私のリュックの蓋に乗せて、進む事にした。落ちないようにそっと乗せて、ゆっくり行くことにしよう。





道すがら、ナズナに白い森について聞く。どうやらここはティレニアという名前らしい。ナズナは、白い森の中しか知らないと言っていたけど(花だからね)、途中で時々口を挟んでくる宙によるとティレニアには白い森しかないらしい。

4の扉は白い森、って事だね。了解。

ずんずん歩くとどんどん目の前に大きな白い木々が近づいてくる。近くで見ても色が白い事以外は、所謂普通の森、って感じだ。



花畑を抜けて、白い森の中へ入る前にナズナが聞いて欲しい事があると言う。私達は森へ入る前の注意を聞く為に立ち止まった。


「森の中で迷子になると帰れませんから、皆さんバラバラにならないようにして下さい。あと、森の中には動物はいません。木や草以外に話しかけられても、答えないように。」

「動物も、虫とかもいないの?」

「ええ、いません。もし、動物や自分以外の人間、もしくは自分に話しかけられても答えてはいけませんよ。」


ん?自分に話しかけられる??どういうこと?

首を傾げている間に朝が森へと入っていくので、置いて行かれないように慌てて後を追った。






森の中でなんだか気持ち良さそうに鼻歌を歌う藍につられて、楽しい気分で歩く。


薄い光が差し込む高い木々の間を進むが、周りがみんな白いので森の中は結構明るかった。

不思議な感じはするが、白い木々や草、倒木に苔を照らす薄い光がヴェールの様に見えてとても幻想的だ。

獣道のような道を進んだり、木立の中を進んだりと様々な所を通ったが、比較的歩きやすいのが助かる。途中に大きな木が倒れていたり、水溜りがあったりするけど、本当にみんな白い。あまりに白く幻想的でなんだか全てが造り物のようにも見えてきた。


「ねえ。これも…凄いね?綺麗…。」


予想外に幻想的でゆったりとした景色が続く世界に、私は段々と油断していたのだと思う。



そんな中、道中慣れてきた私は大きな水溜りの白い水がどうしても気になって、触ってみてもいいかどうかナズナに聞いた。

だって見た目は完全にカルピ◯だし…。まさかさすがに飲みはしないけど。


「大丈夫だと思いますけど…。」


葉っぱを花に当てて少し心配そうに私を見るナズナ。だけど、私の好奇心が勝った。ちょっとだけ。ちょっとだけ触らせて。


「うわぁ……………。」


水の縁に蹲み込んで、そっと手を入れる。

見た目は白いが、手を入れると透明だ。「普通の水っぽいね。」匂いを確かめる朝に話しかけながら、もう少し深めに手を入れる。

すると、水に手首の腕輪が触れた途端、水に色がつき始めた。

手首から広がっていくキラキラとした、透明の水色。手首の側からどんどん、白が水の色に変化していく。

水底は深い藻だろうか、濃い緑で見えなくなりどの位深いのかも分からない。波紋が広がるように変わっていく水溜り(こうして見ると小さい池のようだ)に、「うわわゎゎ。」と間抜けな声が漏れた。


「ナズナ!どうしよう!」


慌てて水から手を抜いて振り向く。

ナズナは困ったように葉を顎?に当て、首を傾げていた。


「多分その石のせいでしょうね。水の石がありますから。」

「水の石?」


疑問符を貼りつけたままの顔で私は自分の腕に嵌っている腕輪を見る。水という事は水色だろう、と当たりをつけ藍に聞くと藍は事もなげに答えてくれた。


「あら。勿論私は水の石よ。それもとびきりのね。」


え。そうなんだ。

自慢げな藍が言うには、この白い森には大きな「まじない」がかかっているそうだ。そのまま注意もくれる。


「私は浄化の石だから。全ての曇りを洗い流すのよ。水に触れていると、それがやり易いという事ね。でもこの森の中にどういう影響があるか分からないから、これ以上は止めた方がいいわ。」


ナズナも目的が茶の石の限りは、あまり影響を与えずに茶の石を手に入れる事を優先した方がいい、と言う。確かに入り込んだだけの私があまり森にあれこれ影響を与えるのも良くないと思う。既に小さな事件を起こした私は、ひとまず腕輪が他の所に触れないようにもう片方の手でそっと握る。


「この池はとりあえずしょうがないよね…。」


元に戻す方法も分からないし、と池を覗く。風もない水面は水鏡となって私の姿を映した。「…?」

なんだか多少の違和感を覚えたけど、何か分からなかったのでとりあえず進む事にした。



森の中の景色にも慣れて少し飽きてきた頃、前を歩いていた朝が立ち止まった。尻尾をピンと立てている。


「こんにちは。」


声がした方を見ると前方の木の陰からスッと鹿のような動物が出てきた。真っ白だけど。多分鹿、に近い。


「どこまで行くの?ご案内しましょうか?」

「森の主に会いに行くの。どこにいるか知ってる?」


「依る!!」


少し遠くで焦ったような朝の声が聞こえた。





 「知っているよ。こっちだ。おいで。」


近くの木の陰から今度はイノシシのような動物も出てきた。やっぱり白い。


そのまま道案内をしてくれる動物たちの後についていくと、いつの間にかウサギっぽいものや鳥、リスっぽいものなど白い動物たちに囲まれている。動物行列だ。なんだか楽しくなってきて軽い足取りで森の奥へ進む。他にはどんな動物がいるかな、とキョロキョロしながらついて行くと急にすぐ近くの木の陰に人影が見えた。

反射でビクッとして身構える。



「誰?」


始めての人影に警戒しながらも恐る恐る話しかけた。

本当はスルーしたいけど、通り過ぎる時目が合いそうなくらいの距離だから、スルーは諦める。通りすがりに、そちらを見ずにはいられなそうだから。すると一拍置いて、木の陰から白い人が出てきた。


女の子だ。この子も、白い。

私と同じような背格好で、同じような服装。ただ、前髪が長くて顔が半分くらいしか見えない。木の陰から出てきた所でそのまま立ち止まっている。こちらを見ているのだろうか、目が確認出来ないので分からないのが余計に不気味だ。


白い女の子なんて、コワイじゃん…。


白い森の中は明るいので、幽霊とかじゃなさそうだけど、動物だけだった所に急に人間が現れたので異物感が、すごい。そうこうしていると、女の子が口を開いた。


「あなたは何の為にここにいるの。」


「え?」


鈴のような声で尋ねられる。何をしにきたの、とかどこへ行くの、とかではない、抽象的で、でも、本質的な質問に急に不安になった。何故かは分からないけど。


「えー、石を探しに?うちが大変な事にならないように?」


何か大事な事を忘れている様な気がする私は、口に手を当てモゴモゴ言う。


「何の為に生まれたの。なにをするの。なにも、しないの。ただ、生まれて、生んで死ぬの?」


急に現れた異質な存在に、畳み掛けるように質問をされて何だかムッとした。少し怖かったのもある。でも初めの質問からワンクッション置いた事で、なんかイライラしてきた。びっくりして言い返せない時、後でイライラするのに似ている。


「それはわからない。でも、私は私のために石を取りに行く。」


何だか他の理由もあった気がする。

でも細かいところは今は、いい。

何だか自分の行動や生き方そのものが否定された気がして、とにかく言い返したかった。何故だか謎の負けん気が発動して、今この少女に負けたくない気持ちがぐんと高まる。はっきりと、大きな声で言ってやる。


もう1度、私は確かめる様に言う。


「何の為にとか、なにをするとか。よくわからないけど、私は私のために、今自分がやるべきだと思う事を、する。」


そう、強く言い返した私を見て、彼女が微笑んだ。


「それならよかった。………では迷わず進みなさい。あなたがあなたのために、あなたの事を考えて、進む事を望みます。」


「言われなくとも!!」


急に引っ張られる感覚がして反射的に身体に力が入る。抗うように大きな声で言い返しながら勢いをつけて起き上がったら、「痛っ!」と隣で朝がひっくり返った。






 「もう!ホント考え無しなんだから!」


隣で頭を押さえた朝が転がりながらプンプン怒っている。

急に起きた私の頭とぶつかったらしい。私は何ともない。「石頭!」なんて言われている。失礼な。

起き上がった私は辺りを見回した。さっきと変わらぬ、白い森だ。


「え?何が?ちゃんと考えてるよ。」


さっきの女の子との問答を思い出して、ちょっとムッとして言う。


「さっきナズナに言われた事すぐ忘れてるじゃない!まじないに取り込まれる所だったのよ!!」

「ウソ!?」



朝曰く、あの鹿っぽいものに返事をした時点で私は眠りこけたらしい。何とかできないものか、朝は肉球でペシペシしたり、ザラザラした舌で舐めたり、気焔が騒いでみたりしたけど全然起きなかったらしい。


「大体森の中には動物はいないって言われてたでしょう!動物が出てきた時点で警戒しないと!明らかに気配も違ったし。」


そんな事言われても、猫並みの感覚とか持ってないし。


「………ごめんなさい。」


とりあえず、心配かけたから誤っとこう。


「とりあえず謝るんじゃなくて、本当に気をつけてよ。油断禁物!全くもう………。」


小言が終わりそうにないので、ナズナにも怒られながら謝っておいた。なんでとりあえず謝ってるって、分かったんだろ??



ティレニアは別名惑いの森というらしい。

全てが白いのは大きな「まじない」がかかっているせいで、森の中央には簡単にたどり着けないようになっているそうだ。惑わされると、最終的に自分も白くなって帰れなくなるらしい。

コワッ……………。


それにしても、あの女の子。何だったんだろう。

また森の中を進みながらついつい考えてしまう。


私は今、中2だ。「所謂」中2なので、「自分はなんのために生まれたのか」とか「運命」とか「将来の夢」とかそんなのも色々考える。

学校での課題や授業内容で、将来の夢とかも書いたりする。でもイマイチピンとこない。いつもその時何となくで、適当に書いている。でも、そんなものだと思う。


勿論、将来の夢が決まっている友達もいて、楽しそうに語っているのを見ると「いいなぁ。」とは思う。でも、自分が仕事としてやりたいもの、と考えるとなかなか思いつかない。ただ、毎日会社に行って帰ってくるのはすぐ飽きそうだし、自営業だとしてもやりたい事がない。趣味は色々あるけれど、仕事としてやろうとすると楽しんでやれない気がするので嫌なのだ。


何をするとしても、自分で自分の事を養っていかなければいけない。もしかしたら家族も増えるかもしれない。結婚して、子供を産んで、育て、歳をとって、そしていつかは死ぬ。

何のために生まれたのか。

それはすごく難しい質問だ。

運命なんて言われると、もっとよくわからない。


ただ、運命の恋とかはしてみたいよね………。

ま、好きな人もいないけど。


そんな事をつらつら考えていると、急に視界が開けた。森の中の広場に出たようだ。


「なにも、ない?」


ナズナが「長老」って言ってたから、勝手に大木とかあると思ってたわ…。なんかほら、大きい木のお爺さんとかさぁ、いそうじゃん。



そこは小さな花が沢山ある丸い花畑だった。

何にも無いけど、真ん中辺りがキラキラ光っているように見える。「反射?池かしら?」と言って朝が先に走って行った。


「依る、また小さな池だわ。今度は手を入れちゃダメよ。」

「大丈夫、さすがにもうしないよ。」


「どうだか。」と言いながら朝は池の周りをチェックし始める。

追いついた私が池を眺めていると、後ろのナズナが下ろしてくれと言うので池のそばにそっと置いた。


「長老、お久しぶりです。」


ナズナがそう言って池に話しかけながら根を下ろす。


するとそれが合図だったかの様に、池の底からプクプクと泡が上がってくる。

何が出てくるのか、ドキドキしながら待った。




「お主が探しているものは、なんじゃ?」

「…………はい?」


どこから聞こえるんだろう。

頭の中に直接、響く様な声が私に訊いてくる。

私が探しているもの?

姫様の服と、石だよね?あと、指輪………?


「………………………。」


静かに白い森が風に揺れる音しか、聞こえない不思議な空間。

どう答えたものか戸惑っているうちに、声が聞こえたのは気のせいじゃないかという気すら、してくる。



すると、気焔が唐突に口を開いた。


「お久しぶりですな、長老。」

「お前さん、息災であったか。」



そうして一度は止んでいた泡がまた上がり、その泡と共に池から出てきたのはなんと、岩の上に乗った虹色のカエルだった。



え?………知りあい?久しぶり?


しかも、カエル?カエルで長老なの?

何それ!


私が1人でウケていると、なにやら2人は私の知らない話を始めた。

勿論私はそんな話よりもカエル長老が気になって仕方がない。


だって、虹色のカエルよ?しかもつるっとして可愛いし、気持ち悪くない…。なんでだろう?


多分長老はカエルの「形」をしているだけなのだろう。

きっと本当は別のものなんだ。

そう、すんなり思えるくらい綺麗な色をしていた。


そして、私が気になっているものがもう一つ。

長老と共に池から現れたのが、葉っぱに乗った銀の靴だ。長老が乗っている岩の隣に揺ら揺ら浮いていて、キラキラととても綺麗なのだ。


私の視線に気が付いたのか、長老が葉っぱをツイ、と押してくれる。

手を伸ばせば届く距離まで来たところで、葉っぱを引っ張りそのまま草の上に上げた。


「ちょっとこれはまた堪らん刺繍がついてるじゃない。」


手首の気焔が結構大きい声で話していて気が散るけど、腕輪はピッタリはまっているのでしょうがない。何やらまだ長老と話し中だ。これ幸いと、私は靴を堪能する事にした。



銀というよりは白銀のサテンような光沢のある生地に、細かい刺繍がビッシリされている。ビーズも使われているので、かなり豪華だ。履き口を縁取る銀糸に、等間隔でキラキラしたビーズが縫い付けられている。花や、レースのような模様の中には白のベースに虹加工をしてあるようなビーズ。

爪先側に主にモチーフがあって、踵に向かっては装飾程度に抑えられている。


「いやぁ、これは細かいね。」


ウキウキしながら這いつくばるように見ていると、カエルが言った。

あ、長老だ。


「それはお主が履いていくと良い。」

「え?これは姫様の靴なんじゃないの?」

「持って行くのは大変じゃろう。ほれ、刺繍が傷んではいかんしの。」


履いた方が痛むんじゃなかろうかと思ったが、長老が言うには履いた方がむしろダメージが無いそうだ。靴にもいいし、私の足も守ってくれるんだって。


「でもどう見ても小さいな………。」

「まぁとりあえず、足に合わせてみたら?素敵じゃない。」


朝がそう言いながら鼻に引っ掛けて靴を持ち上げる。その拍子に靴の中から何かが落ちた。


「あっ!そんなっ。」


ん?喋った?


足元を見ると、白い草の間にキラリと光る茶色の何かが落ちている。真っ白の中で目立つので、すぐに見つけられた。



「やあ、これは探す手間が省けた。」


気焔にケラケラ笑われて何だか居た堪れなそうな石がクルシファーだろう。なんだか草の上でモジモジしている。


「クルシファー?でいいのよね?」


私が確認すると「いかにも。」なんて格好つけているその石を拾って手のひらに乗せて、見る。少し手を上げて透かしてみると、辺りが白いのもあってとても綺麗に見える。

素晴らしい透明度で、黄色寄りの茶。ドロップみたいなカットのちょっと美味しそうな石だ。


「食べ物ではありません。」


おっと、口に出てたようだ。


「初めまして主。僕はまとめの石、クルシファー。以後、よろしくお願いします。」

「まとめの石?ってどういう事?」

「自ずと分かります。」


なんか優等生っぽい雰囲気のくせに、教えてくれる気は無いみたいね。

まぁいいかと思いつつ、他の子にも「みんなにもキャッチコピー無いの?」と軽く尋ねた。


「私は勿論、愛の石よ。」

「私は浄化の石です。」

「わたくしは気付きの石。」

「吾輩は気合の石!」


え。最後違うよね。

まぁいいか。


「みんなそれぞれあるんだね。何の意味があるんだろう?」

「それを学びに旅に出るのだ。」


え?そうなの?

気焔が当たり前のように言うので、なんか納得した。白い森で、人生について?考えたからかな。うーん。


「長老、クルシファーと、この靴は貰って行っても大丈夫ですか?」

「どうぞ。お待ちしておりましたからな。」


満足そうな長老を見て、何だか安心した私はまだ朝の鼻に引っかかっていた靴を履こうと手に取った。


すると、今履いている自分の靴が消えていつの間にか銀の靴が足にはまっている。なんだかはまっている、という感覚がピッタリなのだ。元々ずっと履いてました~というような顔をしてそこにある靴は、まるで履いてないように締め付けもなく、軽く、でもピッタリしていた。


何だか嬉しくなって、「どう??」と朝の前でクルッと回って見せた。

懐かしいものでも見るような目で私を見ていた朝は、前足でクルシファーをトントンして


「とっても似合ってるから、この子も嵌めてあげなさい。」


と言った。



「じゃあ、ここね。」


それっぽい凹みのところをクルシファーと確認して、そっと嵌めてみる。

スッと吸い込まれるように嵌った瞬間、気焔の時と同じように一瞬光り、4つ目の場所に落ち着いた。


「依る、あなた………。」


朝がくりくりした目を更にくりくりパッチリさせて、私を見ている。


「え?なに?」

「なんか一皮剥けてるわよ。」


その表現はどうかと思うが、朝が言うには私がワントーン薄くなったらしい。


「え?私も白くなっちゃう?!」


焦って自分の手足を見ていると、「あれ?」と気が付いた。髪の色、………薄くなってる。

背中の中程まである自分の髪を掴んで、まじまじと見た。


「鏡、鏡!」


鏡なんて持ってきてないよぉ~。

1人焦っていると朝がリュックの蓋をペラっとめくって、裏側の鏡を出した。

よく知ってるな、朝。


一呼吸おいて、見てみる。

元々髪の色は少しアッシュがかった感じだったけど、今は完全にブルーグレーだ。目の色も元々薄くて少し青が入っていたけど、完全に髪と似たような色。瞳の方が多少青が濃い。

元々色素も薄くて色白だったのでかなり人形みたいな見た目になっている。もしくは、ビジュアル系…。


髪も目も綺麗だけど、これ、家に帰れなくない?


お母さんが卒倒するわ………なんて想像していたら石たちがヒソヒソしていた。


「な。」

「近づいてるぞ。」

「このまま集めるといいんじゃない?」

「衣装も上手く見つかるといいのだが…。」


「何が??」


「「「「「わっ!!!!!」」」」」


腕輪に顔を近づけて聞くと、5人(個?)がびっくりした。

その様子がおかしくてクスクス笑っていると、長老がそろそろ帰った方がいいと助言してくれる。


「名残惜しいが、影響が出る前に森を出た方がいいじゃろう。」

「また、その時に。」


「ありがとうございました。」


なんか内緒話している長老と気焔を見ながら、お礼を言うと出発だ。



「ナズナはどうする?入り口の方まで送ろうか?」

「私はここでいいわ。もう長老に会える事もないでしょうから。」


その言葉に何だか寂しくなりながら、「道案内ありがとう。またね。」とお別れを言って元来た道から帰る事にした。




 

「もう話しかけられても勝手に答えちゃダメよ。」

 

朝にお小言を言われながら帰り道だ。

何故だか靴が道を知っているようで、勝手に足が動くから迷う気がしない。


途中で藍が美味しい蜜を教えてくれて、つまみ食い(なめ?)をしたり、クルシファーが疲れたら食べるといい木の実を教えてくれて採ったりして、楽しく帰った。

白いけど、食べられるのかな?




 「また、来るね。」


白い森を振り返りながら、いつの間にかポツンと現われていた扉を、くぐった。






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