無人島お嬢様
木船田ヒロマル
わたくし遭難しましたわ
「ああっ! わたくしッ! わたくしッッッ!!! 遭難しましたわァァァァァァァァァァッッッ!!!」
悲鳴に近い女性の「絶叫」に、僕は意識を取り戻した。下着までビショビショの衣服。波の音と僕の下半身を繰り返し洗う波そのもの。潮の匂い。水に重たく湿った砂の感触。
ぱちっ、と開けた目に飛び込んで来たのは、ギラギラと言っていいほどに満天に輝く星空だった。
がばっ、と体を起こす。
半分寝たままの混乱した頭の中に、意識を失う前の僕自身の状況が次々と像を結んだ。失恋旅行。客船。爆発と警報。水の冷たさと、その底の暗さ──。
「遭難……した?」
「あら! あらあらあらあらあら、あら‼︎
あなた生きていらっしゃいましたの⁉︎」
そう声を上げた若い女性は、グッショリと濡れたネグリジェに身を包む、金髪縦巻きロールの、そういうマンガから取り出したようなカリッカリのお嬢様だった。
「とりあえずわたくし一人ではなかったのですわね……これは不幸中の災いですわ」
「それを言うなら幸いでは……?」
「些細なことに拘るタイプでいらっしゃるの? お互いに自己紹介もしあっていない内に、ほんの小さな間違いにツッコミとは野暮も野暮。野暮のホームラン王でなくって⁉︎」
(うわ……面倒くせえ……)
「うわ……面倒くせえ……みたいなことを考えてらっしゃいますわね?」
「滅相もありません」
「嘘が下手なのは社会的には能力の低さですけれど、一人の人としては美徳です。ご機嫌よう。わたくしは観音崎ヒイナ。観音崎財閥直系の一人娘です。けど気後れすることはありませんのよ。お気軽に観音崎さんと呼んで頂いて結構ですわ」
(それは初対面なら普通の距離感の呼び方では……)「あ、初めまして。ご丁寧な自己紹介痛みいります。僕は下津間ケント。埼玉の私大の学生です。この際ですから好きなように呼んでください」
「では遠慮なく。下津間」
(……なんだろう。ラノベとかだと不思議と彼女に呼び捨てにされるのは嫌ではなかった、とか感想を抱く所なんだけど普通にイラッとくる)
「では下津間。状況を整理しましょう」
彼女は僕に向き直ると夜の波打ち際の砂浜にペタン、と座った。
僕も身体を起こし、なぜか彼女に向かって正座してしまった。
「はい。観音崎さん」
「わたくしたちは原因不明の海難事故で遭難してしまった」
「それは間違いないです」
「船にはご家族かご友人が?」
「いえ。失恋旅行だったので。一人で」
「まあ……でも今回の場合はプラスの要素ですわ。お気持ちを強く持って」
「ありがとうございます。観音崎さんは、ご家族と?」
「いえ。懸賞で当たった旅行でしたので。わたくし一人です」
「それは……幸運なようで不運でしたね」
(財閥令嬢なら私費で旅行しろよ)
「当面、我々は協力しあい、救助されるのを目指す、ということでよろしくって?」
「勿論、異存ありません」
「今後のわたくしたちの行動に、何か案を持っていらして?」
「いえ……正直、何をどうしていいか……」
「わたくしもです。と、言いたいところですが、昔読んだ本に書いてございました。サバイバルは、時間との戦いであると」
「サバイバルは時間との戦い」
「3・3・3の法則はご存知?」
「僕、文系なんで……」
「酸素は3分。水は3日。食糧は3週間の断絶が、生命の限界とされています」
「はあ」
「遭難したわたくしたちは、まずは3日以内に飲み水に辿り着くことを目指さなければなりません」
「なるほど」
「そもそもここがどこなのか。少し歩いて街ならば、水や食糧の問題は解決です。救助もすぐに受けられるでしょう」
「でしょうね」
「私の提案は三つ。一つ、現状把握のため明るくなったら高台に登り周囲を見渡したい。二つ、そのために今のうちに使えそうなものを入手しておきたい。具体的には、この辺りの漂着物から使えそうなものを拾っておきたいのです」
「月明かりはありますし、拾い物集めくらいはできそうですね」
「三つ。わたくしたちは二人ですが、共に行動するならリーダーを決めておいた方がよろしいかと」
「その方が、話は早く進むでしょうね」
「どちらがリーダーを?」
「……観音崎さん、お願いしていいですか」
「引き受けました。では下津間。今後改めて宜しくお願いいたします」
彼女は気品に満ちた佇まいでニッコリと微笑んだ。
うーん。顔立ちはお嬢様だけあって整っているが、この人……要所要所お嬢様としてなんかおかしくね?
実在するのか、こんなお嬢様が……???
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