第二話 家庭用ゲーム機は悪魔の嘆き

 俺は凛と初体験を済ませ、そこから出て行く。

「凛、俺はちゃんと責任とるからな」

 凛は何故か戸惑ったように口を開く。

「なんか、いきなり……馴れ馴れしくなったね。肩に手を回すなんて許してないよ!」

「痛っ!」

 こいつ! 本気でつねりやがった。

「ごめんごめん、ちょっと大人の階段登って気が大きくなっただけなんだ」

 一生の不覚。

「直樹君さっきからおかしいよ!?」

 凛は顔を真っ赤にして反攻してくる。


 本音を言えば焦っている。まさかプリクラを撮るのに、こんなに時間がかかるとは思っても居なかった。何枚も撮らされるし、落書きは何書いていいかわからないし。プリクラ童貞臭を消すのに精神を使いすぎて、後半何やっていたか自分でも良くわからない。

「気にするな、俺はいつもこんな感じだ。じゃあ凛! 明日学校で」

 手を振り別れを告げ、駆け足で彩の元へ向かう。

 後ろから凛が「プリクラ!」と叫んでいたが今はそれどころでは無い。


 どうやら遅かったようだ。巨大ロボの戦場に彩少佐は居なかった。

「…………」

 え? どこ?

 普段彩がやるゲームをしらみつぶしに探して行く。途中、凛にばったり会うハプニングはあったが、些細な事だ。

 なにより彩が居なかった。

 帰ったか?

 俺はスマホのアプリを開き、彩の位置を確認する。今回ばかりは旦那様の溺愛加減に感謝するほかない。

 どこに向かってるだ? 明らかに屋敷とは反対方向、普段の彩の行動範囲じゃない。背中から冷汗が流れる。

 そこからは全力で走った。

 何か嫌な予感がする。

 早く止めなければ!


 ついた場所は電気屋だ。

 恐らく俺は今、能面のような表情をしているに違いない。人生とはままならない。あの時の選択が間違っていたのだろう、でも俺は彩お嬢様を信じる事にしたんだ。

 信じる事に……したはずなのに。


 当の本人はでっかい紙袋をぶら下げ、御満悦オーラを放ち電気屋から出てきた。


 抜かった! 一歩遅かった!

 まさか彩に出し抜かれるとは。

 ここから俺は修羅とかす! 後々、痛い目に会うのは俺と彩なのだから。


「いいお天気ですね、お嬢様。あ、お荷物は私めにお任せください」

「なお!?」

 えぇ。いつも背後をつけねらう直樹にございますよ。

「ドドドドどどどうして」

 カタカナのドが四回、平仮名のどが三回のリアクション。彩お嬢様? 貴方の事なら何でも知っている直樹にございますよ。

「どうなさいました? お嬢様? さぁ荷物をお持ちしますよ。その大きさではお嬢様の細腕には厳しく御座いましょう」

 あくまでニッコリと。仏の教えを忘れてはならない。

「だ、だいじょうぶよ。それよりきょうはあついわねー」


 完全にポンコツだ! 

 サングラスをつけていても誤魔化せないぞ! 目が泳いでいる! 俺にはわかる。てか誰でもわかる。


「お嬢様、観念してください。今ならまだ間に合います。返品しましょう」

「い、いやよ!」

「お嬢様!」

 少し仏の心が薄れて怒鳴ってしまった。平常心平常心。

「なぉぉ」

 彩は何故かサングラスとマスクを外し、今にも泣き出しそうな顔に、上目遣いを駆使してこちらを攻め立てる。

 しかし俺とてプリクラ童貞を卒業した男。この程度で屈する事はできない。

「ダメなモノはダメに御座います」

「なぁぉおねがい」

 今度は胸元で両手を繋ぎ、上目遣い。まるで聖女のような清らかさが、俺の精神を蝕み言葉を剥ぎ取る。

「ダメなモノに御座います」

 それに勘付いたであろう彩は、さらなる猛攻を仕掛けてくる。

 こ、このワザは!

 彩は紙袋をゆっくりと地面に置くと、今までに無い俊敏な動きで、俺の手を略奪し、両手で握ってくる。ポジションは無論、胸元だ。サッカーで喩えれば、サイドハーフがおっぱいとするなら、オフェンシブハーフだ。これは防ぎきれない。

「なおぉ。一生のお願い」

 さらに言葉と上目遣いの追撃。

 なんて卑怯な女だ。心得てやがる。


 てかこいつ、こんなやつだっけ?

 よくよく考えればそうだ。俺のお嬢様はこんな殊勝なやつでは無い。最悪殴りかかってくる可能性さえある女である。

 ま……まさか。偽物!?

 そうだよく見れば普段より色香が滲み出ている。彩ではここまで引き出す事は出来まい。

 うちのお嬢様に化けようとは許せん!

 俺は決意新たに、手を振り解き、女に向かって人差し指を指す。

「誰だお前! 彩お嬢様がこんな可愛いわけないだろ!」

 女は看破された事に呆気にとられポカンとした後、みるみる顔が赤くなっていく。

 どうやら図星のようだ。彩特級の俺を騙そうとは百年早い。


「ふ、ふ、ふざけんじゃないわよ!」

 その言葉と同時に、渾身の右ストレートがおれの顎を捉え、脳を揺らす。

 間違いないこいつは彩だ。


「いてぇ! 何すんだおめぇ!」

「あんたが、訳わかんない事言うからでしょ。わわわたしが可愛いなんて!」


 俺はその解釈についていけねぇ、彩特級を返還する事を心に決めた。


「はぁ。お嬢様、他の使用人に見つかるのがオチです。隠しきれません」

 彩の部屋は毎日清掃が入る、結果は目に見えている。

「なんとかしなさい!」

 ビシッと俺に命令する様は、俺のお嬢様そのもの。

 返せ! さっきのエンジェルお嬢様を返せ!

「無茶を言わないで下さい。旦那様に見つかれば大事にございます」

 旦那様は彩の事に関しては頭のネジが一本も付いていない人だ。何が起こるのかわかったもんじゃない。

「うぅっ……でもぉ」

 彩お嬢様でも旦那様を出されれば弱い。

「さぁ返品しに行きましょう」

「ぃゃ……いやよ!」

 アンビリバボー。

 あの彩が旦那様の名前を出しても折れないとは。これは説得は難しいか……。何故俺だけこんなめに。


「わかりました」

「本当! 本当なの!?」

 彩はぱぁと明るくなり、今にも飛び出しそうだ。

「だだし! 条件が御座います」

 これは絶対に飲んでもらう。俺の未来の為に!

「なななによ。ままさか、エッチな事じゃないでしょうね」

 なんて面白いジョークだ。ハハハハハ。

「一肌脱いでもらいます」

 俺はなんとなく最大限邪悪な笑みを浮かべる。


 そして何故か殴られた。綺麗なフォームで殴られた。

「やましい意味ではありません! 今すぐ辞書でも引いてください」

「あんたが紛らわしい顔するからでしょ馬鹿にしないでよ、言葉の意味くらいわかるわよ」

 わかるなら何故殴った。いてぇぜ、チキショウ。


「まずはそのゲームは私の部屋に置く事。お嬢様の部屋ではすぐバレます。二つ目は旦那様にゲームの趣味を認めてもらえるように努力する事。このままでは二人とも明るい未来はありません」

「わ、わかったわ。でも認めてもらう努力て具体的にはどうすればいいのよ」

 確かにそこが難題だ。糸口がまるでない。ただやらなければならない。下手したら旦那様には許されても、親父に殺される可能性だってある。


「それはおいおい考えておきます、お嬢様も考えておいてください」

「わかったわ!」

 一年間のせせこましい妨害工作虚しくお嬢様の手にゲームが渡ることになった。だがこれで、毎朝ゲームのチラシを抜きとる為に起床しなければならない苦行から、解放されると思うと悪くない気がしてきた。


「さぁ、荷物をお持ちします、お嬢様」

「よろしく頼むわ! 落としちゃダメよ! 何でも初回限定版とかいうやつらしいわ!」

 一気に調子を取り戻したお嬢様は聞いてもいない事をペラペラと語り始める。

「それでね! なんでも特典が付いてるらしいの!」

 彩は友達少ないからなぁ。ゲーム友達なんて一人も居ないから嬉しくてしょうがないらしい。

「ねぇ! 聞いてるのナオ?」

 少し不安そうに聞いてくる彩に「聞いてるよ、続きを話してくれ」と言うと、嬉しそうにニッコリ笑い、楽しそうに喋り始める。

 幸せオーラを振りまく彩に、通りがかった男達の目線が何度も奪われる。


 俺はそいつらにこう言いたい。お嬢様は可愛いだろ? ってね。

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