徒花の庭園

詩一

第1話 種は蒔かれていた

 気付けば種は蒔かれていた。


 朝日を遮るカーテンを開け、掃き出し窓から外に出て、えんを踏む。そこから長靴を履いて庭に降りると、目の前の花壇へと進んだ。

 黒土は湿っていてやわらかい。そこにはすでに種が植わっている。誰かがなんらかの理由で植えて行った種。私はそれを育てている。それが役目だ。


 手にした如雨露じょうろで水をやりながら、ちらりと柵の先に目をやる。良かった。咲いてない。

 柵の向こう側にも同じように花壇がある。その隣にもその向かいにも。私の花壇を含めると合計四つの花壇が、柵で仕切られて見える範囲にある。

 みな一様に黒土にはなにも咲いていない。

 朝起きて、花壇に出て、自分の庭になにも咲いていないことに落胆したあと、周りの花壇を見てホッと一息つくのが習慣のようになってしまっている。


「あら、おはよう」


 お向かいさんがぺこりと頭を下げた。私も挨拶を返して頭を下げる。


「なかなか咲きませんね」


 私がため息交じりに言葉を掛けると彼女は微笑んだ。


「そうですね。根気が要りそうです。でもまあ、咲けばいいと言うものでもないでしょうし」

「なにか知っているのですか?」

「知っているわけではないです。ただ、しっかり世話をし続ければ、きれいな花が咲くと信じています」

「そういうものですかね?」

「ええ、おそらく」


 この花壇を持つ人との交流はそれなりにある。みんななにが咲くかわかっていないようだ。でもそう——お向かいさんが言う通り、どうせならきれいな花がたくさん咲き乱れる花壇にしたい。それは多分、この花壇の所有者の共通の願いだろうと思う。

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