29.白黒
「さあ、刮目するのだ……! 我の召喚術の凄さは、何も威力だけではない。その効果範囲の広大さにもある! この周辺にいるやつら全員に正義の鉄槌を存分に食らわせてやろうではないか!」
「「「おおぉっ……!」」」
溢れんばかりの魔力を添えた召喚術師エルグマンの演説、詠唱が始まり、勇者パーティーから期待の眼差しが注がれるが、しばらく経過してもまだ彼の召喚術が発動する気配はなかった。
「――えっと、エルグマン、詠唱はいつ終わるのかな……?」
「フフッ。そう慌てるな、勇者マイザーよ。少しでも強大な力を持つ召喚獣を出すために、我の詠唱はもうしばらく続けられるのだからっ……」
事実、エルグマンの足元に出現して回り出した魔法陣は、まだ止まる気配が微塵もなかった。
「てかエルグマンさん、ライバルパーティーの一人がタコに向かっていったよ? 早くしないと!」
「まだだ、僧侶ミーヤよ、まだ慌てる時間ではない……」
「て、てめえっ! 糞召喚術師がよ、いい加減に詠唱終われってんだよっ! お、おい、タコに近付いていったやつがなんか変なの召喚したぞ!? しかも注意勧告みたいなの始めたしっ! 早くしろバカッ!」
「大丈夫……もう少しだ、あともう少しで全てを終わらせることができるのだから黙るがいい、戦士バイドン……いや、ただの肉壁か――」
「「「――ッ!?」」」
まもなく勇者パーティーの面々は予想外の光景を目撃し、いずれも驚愕の表情に包まれることとなった……。
◆◆◆
『キュウウウウゥゥゥッ……!』
「……」
威嚇するように鳴くタコの化け物に対し、俺はこれでもかと慎重に近付いていくと、やつの自慢の触手がぎりぎり届かない地点で立ち止まった。よし、この辺でいいな。やつは船の前が気に入ってるみたいだからあそこからは動かないだろう。
俺の召喚術は効果範囲に関しちゃ平凡だが、詠唱速度、威力に関しては誰にも負けていないと確信できるほどのものだ。もちろんガチャ脱力系だから舐められやすいものの、そこは既に仲間に対して恐怖を植え付けてやると宣言してるので問題ない。それくらい印象ってのは大事なわけだからな。
「――今だっ……!」
俺は触手が近辺から遠ざかったのを見計らって、一気にタコとの距離を詰めるとともに杖を掲げ、最強の召喚術を行使してやった。
『フォオォォォォッ……』
俺が召喚したのは、宙に浮いて蠢く不気味な黒い球体だった。これはなんだ……? って、見たことあるぞ。なるほど、あいつか。確かかなりヤバめの特殊能力を持ってたような――
「――み、みんな、今すぐ目を瞑れっ!」
「「「「えっ?」」」」
「いいから早くっ! できれば両手で顔を覆ってほしい! 心もできるだけ無にしてくれっ!」
頼む、どうか間に合ってくれ……。黒い球体はやがて膨張し、周囲の景色を闇色に染め上げていった。またたく間に夜になったような状況の中、一転して光が浸食する。
これが召喚獣フラッシャーの本当の姿で、召喚者以外の目だけでなく心を暴力的なまでの眩さによって蝕んでいき、失神させるんだ。場合によっては精神が狂ってしまう可能性もある。
だから召喚者の俺を除いて、周囲にいる者は目を瞑って顔を覆うだけでなく、心も無にする必要があるというわけだ。
『キュウウゥゥゥッ……!』
「……」
タコの悲鳴がしてまもなく、周囲の景色が徐々に元の姿に戻っていき、触手だらけだった船の前がもぬけの殻になっているのがわかった。水面に大きな泡が立ってるしどうやら気絶して海に沈んだらしい。もうこれに懲りて船着き場に近付くこともなくなるだろう。
それにラルフたちも倒れてなくて安心した。ちゃんと俺の言うことを守ってくれたみたいだな……って、あれ? その代わりのように向こうのほうで誰かが倒れてるな。全部で四人だ。どうやら俺の召喚術の巻き添えを食らっちゃった形のようで気の毒だが、一応あの辺にも聞こえるように大声で注意喚起はしたしな。それでダメなら仕方ない……。
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