28.偏り


『キュウウゥゥッ……!』


「「「「ぐわああぁぁっ!」」」」」


 俺たちが駆けつけた港町イルベルトの船着き場に、奇妙な鳴き声と悲鳴が響き渡った。


 そこでは船を背景にしたバカでかいタコが鎮座し、丸太よりも巨大な触手を幾つも伸ばしては振り払うようにして、武器を持って接近する冒険者らしき集団を根こそぎなぎ倒していくという信じられない光景が広がっていた。


『キュウウウウウウッ!』


「ダ、ダメだ!」


「こっちの攻撃がまったく効かないっ!」


「もう無理です、リーダー!」


「全員退避……!」


「「「「逃げろおおぉぉっ!」」」」


 遠くから弓矢や魔法を放つ連中もいたが普通に跳ね返されてるし、あのタコが相当な防御力を持ってるってのがよくわかる。ああしていかにも猛者っぽいやつらがバタバタ倒され、次々と逃げ出してる状況を見るに、Sランク相当の化け物であることにもう疑いの余地はないな……。


「ディ、ディルの旦那、今回はなんか極端にヤバそうな相手っすね……」


「ひぐっ。リゼ、あのタコさん怖いよぉ……」


「わたくしの思っていたタコさんとは随分違いますこと……」


「あたしもなのぉー。もっと可愛いタコさんだって思ってたのにー……」


「……」


 周りの冒険者たちだけでなく、メンバーも含めてみんな一様に戦意を喪失した様子。俺自身も思ったより殺伐とした、陰鬱な空気に出迎えられて動揺しているというのが正直なところだが、マジモンの恐怖を見せてやると言った以上、このままぼんやりと黙ってるわけにもいかない。


「ハッハッハ!」


「「「「っ!?」」」」


 俺はまず、腰に両手を置いて空を見上げると大笑いしてみせた。もちろん虚勢ではあるが、こうして笑うことで本当に気持ちが大きくなってくる感じがするから不思議だ。いいぞ、ラルフたちからだけでなく、色んなところから視線が集まってきて気分がさらに高揚してくる。


「バケモンが暴れてると聞いて駆けつけてきたが、たかがこんなものか! 笑わせるっ! これから俺が本物の恐怖ってやつを見せつけてやるぜ! ハハハッ!」


「「「「おおっ!」」」」


 歓声を背に受けながら、俺は巨大タコに向かっておもむろに前進していく。ここまで来たらもう後戻りはできない。脱力系ガチャ召喚術なのが唯一の不安材料ではあるが、威力は最高なんだし恐怖寄りにバイアスをかけたから大丈夫なはずだ……。




 ◆◆◆




「あ、あれはっ……」


「ななっ、なんてでかいタコなの……」


「お、おいおい、ありゃヤベーな……」


「ふむ、ま……まあまあの体躯ではあるな……」


 港町イルベルタの船着き場に到着したばかりの勇者パーティーは、船の前に陣取るタコの化け物に対していずれも面食らった様子でしばし立ち尽くしていたが、ライバルらしき冒険者パーティーがいるのを目にするやいなや、露骨に顔色を変えるのだった。


「エルグマン、こっちが先に討伐できるように頼むよ」


「エルグマンさん、お願い!」


「おい、エルグマン、絶対にあいつらより先に倒せよ!」


「ふむ……相変わらず肉壁バイドンは言葉遣いというものを知らんな。頭を地面に擦りつけながらどうかお願いしますエルグマン様、だろう?」


「ああっ!? 今更言葉遣いなんかどうでもいいだろうが、このクソダコがっ!」


「まあ黙って見ていろ、肉壁。今回は我も出血大サービスで最高の召喚術をお見舞いしてやるつもりだ。むんっ――」


「「「――ッ!?」」」


 エルグマンが召喚術の詠唱を始めた際に溢れ出した魔力は、勇者パーティーだけでなく周囲の視線を引き付けるほどのものだった。


「す、凄い魔力を感じる……! これならいけるんじゃないかな、ミーヤ、バイドン」


「そ、そうね、本当に一発で倒せそうよ! あたしたちは泣く子も黙る勇者パーティーなんだし、あんなしょうもない野良パーティーなんかに負けるわけないわよ!」


「そうだそうだ! おいエルグマン、てめえの性格はむかつくが、ディルの脱力系召喚術よりはマシだからやっちまえっ! 邪魔な野次馬ごとあのタコを殺しちまえ!」


「フフフッ……お望み通り、我の召喚術で残さず殲滅してくれようぞっ……!」


「「「おおっ!」」」


 詠唱中のエルグマンの体から放たれる魔力の量は、天井知らずでどんどん膨れ上がっていくばかりであった……。

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