23.不可思議
「さすが、ディルの旦那、あんなガタイのいい男をたった一発で殴り倒しちまうなんて!」
「それも指だけでっ! ディル様凄すぎっ!」
「ディル様にわたくしのハートも突いてほしいです……」
「今すぐ突いてなのー、ディル様ー!」
「あっしも突いてもらいてえっす!」
「ククッ……まあそのうち全員逝かせてやるから待ってろ……」
「「「「ごくりっ……」」」」
俺は人差し指に息を吹きかけながら涼し気に笑ってみせる。昔の自分なら絶対できないというか寒気さえする言動だが、悪に近付いてるせいか割りと自然な感じで言うことができた。さて、早速次の依頼を受けるとしよう。
――お、これなんかいいかもしれない。Cランクなのに図抜けて報酬が高い。
依頼主:ライアン一等兵
取引場所と時間:北部駐屯地にて 午前8時頃
依頼ランク:C
報酬:金貨3枚 銀貨10枚
依頼内容:都内にて、謎の連れ去り、誘拐事件が発生しております。誘拐されている場所も、時間帯も、そして連れ去られた人たちまでも老若男女と多様であり、犯人が一体誰なのか、どういう目的で連れ去れっているのか、皆目見当がつかないことでも知られる謎の事件であります。
ミイラ取りがミイラ取りとなり、FランクだったのがCランクまで上がったという経緯を持つゆえ、半端者ではなく腕に覚えのある冒険者の方々の力を是非お貸しいただきたい。
「……」
なるほど。現在進行形でランクが上昇中のホットな依頼ってわけか。俺にぴったりだな。
「こいつは、悪の匂いがプンプンするぜ……」
「お、ディル様の旦那がここまで興味津々とは珍しいっすね。ってことは、この犯人はかなりの大物?」
「あぁん、すんごく悪そうだよぉっ」
「やはり、悪というものはお互いに惹かれ合う運命なのですね……」
「じゃあ、あたしたちも悪者だったのー?」
「なるほど。あっしらにそんな自覚はなかったっすが……なんだか哲学的っすねえ!」
「哲学っ?」
「わたくし、よく存じませんが多分哲学なのですわ……」
「あたしもよくわからないけど哲学なのー!」
「「「「キャッキャッ」」」」
「……」
こいつら、俺を悪党に仕立てておいてよく言う……っと、引いてる場合じゃないな。もう後には引き下がれない。毒を食らわば皿までというし、ここまで来たからには悪の道をとことん突き進むべきだろう……。
「犯人の野郎はミステリアスで引きつけてるようだが、目立つ悪は俺だけで充分だ。俺が解決して、こいつの知名度、さらには拉致した被害者ごとあの世に連れ去ってやる!」
「おおー! さすがは全人類が恐ろしさのあまり震えるディルの旦那! いよっ、この大悪党!」
「「「大悪党っ!」」」
「ハッハッハ! ……ハハッ……」
なんだか上手く乗せられてるだけのような気もするが、まあもうこの際余計なことは考えないでおこう……。
「「「「……」」」」
あれから俺たちはギルドで作戦を練ることにしたわけだが、まったく浮かんでこない。まあ俺が考えるんじゃなくて、楽したいのもあってラルフたちにどうするべきか考えるように命じたからだが。
「――うーん……なーんにも浮かばねえっす……」
「リゼもぉ。頭が割れるっ、パンクしちゃうっ」
「わたくしも、なんだか頭痛が痛くなってきましたわ……」
「あたしなんて目眩と吐き気がしてるのぉー! ぐるぐるー! おえっ」
「……」
どうやら少しでも期待した俺がバカだったらしい。まあ今までリーダーに依存してきた底辺パーティーなんだからしょうがないか。
というわけで俺が考えることにした。んー……やっぱり囮しかないよな、こういう場合は。ただ、一般人ならまだしも屈強な冒険者のミイラ取りがいずれもミイラになってるのが不気味ではあるが、この俺――【魔王の右手】――が直々に行けば大丈夫なはず……。
「よし、俺が囮になる」
「おー、さすがディルの旦那、アイデアマンっすねえ」
「ほんとぉ、頼りになるぅっ」
「ディル様にしか考えつかない名案ですわ……」
「ディル様は策士なのー!」
「……」
バカにしてんのかこいつら……と思ったが、俺は大物の悪だからな、そんな些細なことを気にしてはいけない。
「ハッハッハ! やつらの拠点に入り込み、誘拐されたやつらごと木っ端微塵にしてくれるわっ!」
「「「「おおぉっ!」」」」
まあ本当にそんなことをしたら報酬なんて貰えなくなるから普通に兵士に引き渡すつもりだけどな。それでも救出なんて言葉が浮かんでさえこなかったのは自分でも不思議で、本当に悪へと染まりつつあるのを感じた。
さあ、そうと決まったら早速囮になる準備をおっぱじめるとしようか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます