22.酔い醒まし


「うえっぷ……お前ら、大丈夫か……」


「ら、らいじょうぶっす、ディルのだんにゃ……」


「もぉ、リジェ飲めにゃいよぉっ……」


「わたくひもれふぅ……」


「あたひもらのぉー……」


 みんなまだダウンしてないな。よく頑張った。【魔王の右手】と呼ばれる俺の直属の配下なだけある。あれからギルドで朝まで飲み明かしてしまったのでさすがに呂律が回らなくなってる様子だが。


 お、外が明るくなってきたせいか、続々と活きの良さそうな冒険者たちが入ってきた。そろそろ俺もしっかりしないと舐められちまうな……ってことで、自分の頬を張ってキリッとした顔を作り出す。これでよし、と――


「――おい、あいつアレじゃねえか……?」


「あ……あいつは【魔王の右手】だ、間違いない!」


「何い!? あんなヒョロいのが!?」


「……」


 なんだ、俺のほうを指差す冒険者グループがいて、そのうちの一人が両手の指をポキポキ鳴らしながらこっちに歩み寄ってきた。あの不敵な笑みから察すると、悪党として名を轟かせてる俺を見つけたことで腕試しをしようってわけか。面白い。こっちも酔い醒ましとして利用させてもらおう……。


「おい、そこの顎鬚」


「……ん、なんだ、俺に何か用か?」


 白々しく顎鬚を掻きながら見上げてやると、男は何を思ったのか上着を脱ぎ始めて鍛え上げられた自慢の体を見せつけてきた。


「【魔王の右手】かなんか知らねーが、随分とヒョロい野郎じゃねえか。ワンパンで倒せそうだなあ?」


「まあそこは召喚術師なんだからしょうがないだろ?」


「あぁ? 召喚術師だぁ? この距離で魔法なんて唱えやがったら、俺だったらその隙に殴り殺してやるぜえぇ」


「はぁ……」


 俺の高速詠唱なら、胸ぐら掴まれるくらいの距離でも間に合うんだけどなあ。もうスライム召喚から大分経ったし、冷却時間も消化済みだからいつでもいける。


 てか相手にするのも面倒だし、ラルフたちがいつものように俺を褒め称えて、それで筋肉男がビビッて逃げ出すのを待ってたわけだが、みんなテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。朝まで耐えてたのに遂に限界が来ちゃったか。しょうがないなあ……。


「おい、杖なんか捨ててかかってこい! ほら、俺の頬をその枯れ枝みてえなヒョロヒョロの右手で殴ってみろ!【魔王の右手】さんよぉ!」


「「「ゲラゲラッ!」」」


 こいつの仲間らしきやつらが後ろで腹を抱えながら笑い始めた。ここまで舐められた以上やるしかないだろう。


「ほら、これでいいんだろ?」


「「「「ヒューヒュー」」」」


 俺がやつの望み通り杖を放り投げてやったら、下手な口笛で返された。どうせ挑発に乗って血迷ったんだと踏んだんだろうが、違う。これで詠唱速度や威力は少々落ちるが、こいつら程度ならまったく問題ないからだ。


「ほれほれっ、殴ってみろよ、カマ野郎っ」


「「「ギャハハッ!」」」


「……」


 筋肉野郎が中腰になると、俺の目の前に間抜け顔を突き出してきた。煽る煽る。俺が殴ったあとワンパンで殴り倒す腹積もりなんだろうが、生憎俺はそんな素直な性格じゃないんでな。殴るにしても、少しだけ捻りを加えてやる。


「よーし、俺だってやってやる! 一発でノックダウンさせてやるから、見てろよー」


「「「「ププッ……」」」」


 俺は右腕をグルグルと回し、なおかつ少し後ずさりして助走を取った。もうこの時点でやつらは頬を膨らませて噴き出しそうになってるのがわかる。まだだ、まだ笑うなという状態だろう。


「――あれ……旦那、どうしたっすか?」


「ディル様、どうしたのぉっ?」


「どうなされたのです、ディル様……?」


「ディル様ー?」


 お、ラルフたちがちょうどいいタイミングで起きてきた。


「ちょっとな、ワンパンショーだ」


「「「「ワンパンショー!?」」」」


「そうそう。これから俺が一発でこいつを殴り倒すから、よく見てるんだ」


「「「「おおっ……!」」」」


 みんなそれまで半開きの目だったのが、俺の台詞で一気に覚醒した様子。


「おいおい、舐めんじゃねえぞヒョロ髭、とっととやれっ!」


「「「そうだそうだ!」」」


 一方、やつらはこっちのやり取りに苛立ったのか一転して顔真っ赤だ。


「悪かったな。じゃあ拳じゃなくて指一本でやっつけてやる」


「「「「えっ……?」」」」


 やつらはきょとんとした顔になったあと、またしても頬を膨らませた。


「「「「クププッ……」」」」


 よしよし、これでこそやっつけ甲斐があるというもの。舐めきった筋肉野郎の顔面に強烈な一撃をお見舞いしてやる……。


「食らえええぇぇぇっ!」


 勢いよく人差し指を男の頬に当ててやると、やつはしばらく呆れた様子でポリポリと頬を掻き、額に青筋を浮かせた。


「……で、もう終わりか?」


「ああ、お前はもう終わっている」


 実際、もう召喚術は完成しているのでこいつは終わる運命だ。


「おいヒョロ髭……お茶目な手段で許してもらおうって魂胆だろうが、甘すぎんだよクソがあああぁぁっ――あれ?」


 筋肉男が猛然と俺に殴りかかってきたそのときだった。不自然にバランスを崩して横転し、テーブルに頭をぶつけてそのまま動かなくなった。


「「「……」」」


「「「「おおっ!」」」」


 ならず者どもの沈黙とラルフたちの歓声が本当に心地よかった。しかし、俺は一体何を召喚したんだろうな……。


「あ……」


 見ると、バナナの皮が置いてあった。なるほど、これで足を滑らせて倒れたってわけか。凄まじい勢いで殴りかかってきてたし、こんなんでも充分だったんだな。バレないようにとっとと回収しておこう……。

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