16.胸


「ククッ……」


 あの泥棒、俺の手紙を読んでさぞかし震えあがったことだろう。


 依頼主のファルルにも、『本当にありがとうございました。将来、私をあなたのお嫁さんか愛人にしてください!』という台詞とともに凄く喜ばれたのでよかった……っと、目つきの鋭さに反比例して思わず口元が綻んでしまう。俺もようやく悪党が板についてきたってところか。


 ファルルから報酬のおまけとして本人自称のファーストキスを頂いただけでなく、泥棒の家まで頂戴する格好になったのに、罪悪感の欠片も覚えずにこうして笑うことができてるわけだからな。


「ウブな依頼人のハートだけでなく、泥棒を存在ごと抹殺して家まで奪う、と……。いやー、ディルの旦那の外道畜生っぷりには頭が下がりやす……」


「本当だよぉ。でもディル様みたいな大悪党って格好よくてリゼ大好きっ」


「ですわねえ。ディル様のことを思うと、わたくし体が火照っちゃいます……」


「あたしもー。気付いたらディル様のことばっかり考えちゃうー」


「ハハハッ。俺を褒めるのはいいが、お前たち、を忘れてるぞ……?」


「「「「あっ……!」」」」


 今、俺は新しい我が家のソファでラルフたちからマッサージをしてもらっている最中だったのだ。今日からここが俺たちの本拠地で、あの洞窟はもう別荘ってことでたまに利用する程度でいいだろう。あそこは一応ダンジョンだからなのかたまにモンスター湧くしな……。






「――ふう、よく寝た……あ……」


「ディル様、おはよぉ」


「おはようですわ、ディル様……」


「ディル様、おはよー!」


「……」


 この状況は、天国なのか……? 俺は小さなものから大きなものまで、様々な膨らみを惜しげもなく披露したリゼ、ルリア、レニーと一緒にベッドで朝を迎えていた。


 ま、まずいぞ、いくらなんでもこれは……。喜ばせようってのはわかるし実際に嬉しいんだが、正直想定外すぎて鼻血が出そうになっていた。ああ、ダメだ、もしそんなところを見られてしまったら、俺は大悪党の癖に女慣れしてないウブなやつだとして笑い者にされてしまう――


『――あんっ♡ ディルの旦那、愛してるっす♡』


「うっ……」


 そこで俺はラルフのおぞましい台詞を想像することで、なんとか鼻血を抑えることに成功した。毛にまみれた分厚い胸板もセットで想像してしまったので、若干吐き気まで催してきたが。


「フッ、みんな、おはようだ……!」


 俺が爽やかな笑顔とともに言ってのけると、みんな脱帽した様子でお互いに顔を見合わせていた。


「えへへ、さすがディル様、憎たらしいくらい女の子慣れしちゃってるよぉ」


「リゼ、それはもちろん、ディル様にとってはハーレムなど呼吸のようなものなのでしょう。なんせ大悪党様ですからねえ」


「あぁん、ディル様ったら、ちょっぴり怖いけど超素敵なのー!」


「ハッハッハ! 俺はこれまでいくらでも、男たちだけでなく女たちもちぎっては投げ、ちぎっては投げしてきたからなあ!」


「「「ごくりっ……」」」


 リゼたちは、俺が女の子たちに囲まれることが最早当たり前すぎて飽きてしまい、手を出すことすらない、そういう風に思ってくれてるっぽいのでよかった。本当の俺は女慣れなんてしてないただのウブな男だから……。でも不思議と慣れてきてる感じはするから、いずれは本物の魔王にだってなれるかもしれない。


 さあ、そのためにも冒険者ランクをガンガン上げていかないと。既にEランクからDランクまで上がったわけだが、大悪党を目指してるやつがこの程度で満足できるわけもない。


「――なっ……?」


 ってなわけでギルドを目指して家を出た俺たちの前に、眼帯の男を筆頭にいかにもガラの悪そうな連中が集まっているのがわかった。どいつもこいつも眼光が異様に鋭いし、まさか俺を倒しにやってきたんじゃないだろうな……って、あれ? 警戒してたら、一斉にひざまずいてきた。なんだ……?


「うおぉっ! 大悪党のディル様、噂を聞いて駆けつけてきやした!」


「どうか弟子にしてくだせえ!」


「水汲み、洗濯、なんでもやります!」


「「「「「押忍っ!」」」」」


「……」


 俺の弟子、ねえ。汗臭い野郎ばっかりだし面倒すぎるな。よし、ここはサクッと召喚術を使って解決するとしよう。


「「「「「ぬはっ!?」」」」」


 詠唱後まもなく、冷水が落ちてきてやつらにぶっかかるのがわかった。リゼたちも含め、みんなぽかんとした顔だ。相変わらず脱力系の効果だが、さて、ここをどう乗り切ろうか……よし、あの作戦でいこう。


「おいお前ら、目を覚ませ!」


「「「「「えっ?」」」」」


「そんなヤワで半端な精神じゃなあ、死ぬか僧侶になるしかねえってことだあっ! それくらい、てめえらと俺はハートに差があんのよ! ハハハッ!」


「「「「「……」」」」」


 一瞬の静寂とともに、みんな格の違いを感じたらしく、青い顔で一様に退散していった。一人だけ眼帯の男がひざまずいていたが、俺が肩を叩くと隻眼から一筋の涙を流して立ち去った。彼についてはちと惜しい気もするが仕方ない。


「ヒュー、さすが、ディルの旦那。そりゃこんな本物の悪を目の当たりにしちまったら、半端な悪の自分がちっぽけに感じるわな」


「だねぇ、リゼなんてディル様があまりの迫力だからお漏らししそうになったもんっ」


「あら、わたくしもですわよ? 別の意味でびしょぬれですわ……」


「あたしもぉー!」


「……」


 俺は自然と胸が熱くなってきていた。悪党を演じてるうちに、順調にそっちの方向に近付いてきてると感じるな……。

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