15.中身


「――ここです……」


「「「「「こ、ここが……?」」」」」


 すっかり周囲が暗くなる中、盗賊の男に案内されて向かった場所は、なんと都の中心部付近にある家だった。


 レンガ造りの外観もお洒落で、とてもじゃないが盗賊のアジトには見えない。まさに灯台下暗しといったところか。さすがに室内は狭いんじゃないかと思ったが、全然広くて快適すぎる空間が横たわっていた。


「さては、盗んだものを売って購入したんだな?」


「いや、ここは僕が元々住んでたところで、盗みはあくまで趣味みたいなもんなんですよー」


「……」


 いや、そんな爽やかな笑顔を見せつけられても……。まあよくよく考えてみれば、盗んだ品物を売りさばいてたらいずれ足がつきそうだもんな。なるほど、まったく捕まらなかったのはこういうからくりもあったからか。


 しかし、家が裕福なのに趣味で盗みとは……なんとも悪いやつだ。悪びれる様子も一切ないし、こういうのを天然の悪っていうんだろうな。悪意のない泥棒が一番性質が悪いんだ。みんなも俺にチラチラと視線をやってることから、多分手痛いお仕置きを期待してるんだろう。まあそれについてはもう用意してあるから問題ない。


「あったあった、これが盗品の入った宝箱でして……」


 家の奥にある部屋の中に、大きめの箱が置いてあった。思ってるような豪華そうなものじゃなくて、一見洋服でも入ってそうな普通の箱に見えた。こういうところも、客や友人とかが来ても怪しまれないようにっていう配慮か。抜け目ないな。


「ここに盗んだ手鏡が入ってるんだな?」


「はい。あのー、その前にこの宝箱、特殊な工夫がなされてて、普通の人には開けられないんですよ。だから、まずロープを解いてくれませんかね……?」


「……」


 こいつ、逃げる気満々だな。よーし、脅してやるか。


「構わんが、もし逃げたら……今度こそ命はないぞ?」


「あはは、逃げませんよー」


 盗賊はまったく怯まなかった。これはまずい。こいつの能天気な性格もあるだろうが、このままでは悪党としての威厳が損なわれてしまう……。


「あのな――」


「――おい、てめえ!」


「ひっ……」


 お、ラルフのやつが詰め寄ったら盗賊の顔色が変わった。やっぱりこういうやつには遠回しにじゃなく、強面の男が直接的に脅したほうが効き目があるんだな。


「ディルの旦那は、こう見えて中身は超こええリーダーでねえ」


「え、ええ……?」


「そうだよぉ、ディル様を怒らせたら、生き埋めにされちゃうの……」


「そ、そんな、嘘だ……」


「くすくす、本当ですよぉ。だから、逃げようなんて思わないことです」


「う、うん……」


「ディル様、容赦ないから、もし逃げたらもっと酷い目に遭っちゃうかもー?」


「ひ、ひいぃ……」


「……」


 おお、いいぞ、ラルフを筆頭にみんなが脅してくれたおかげか、盗賊が明らかにビクついてる。これなら自由にしても逃げようなんて思わないだろう。


「――ど、どうぞ!」


 盗賊が宝箱を開けると、大人しく手鏡を手渡してきた。かなり古びたもので、赤い羽飾りもついてることからほぼ盗まれたものであることは間違いないだろう。


「さて、と……お前ら、わかってるな? 見たら目に毒だから、目を瞑っておけ」


「「「「っ!?」」」」


 ラルフたちが一斉に強く目を閉じた。さすがにヤバイと思ったんだろう。


「な、何が始まるんです……?」


「何もしないからちょっと来い」


「え」


「早く」


 俺は小声で盗賊を呼び寄せると、耳打ちした。


「この小袋を持って今すぐここから出ていくんだ」


「え……ええっ――もがっ……!?」


「大声を出すな。殺されたくなかったらな」


「……は、はぃ……」


「いいか、お前は自由の身になるか、あるいはここで残虐に殺されるか、どっちかを選ぶことになる」


「じ、自由の身にならせてもらいますっ……!」


 盗賊がそそくさと出ていく。


「おし、目を開けていいぞ」


「「「「……」」」」


 みんな目をぱちくりさせてる。盗賊が忽然といなくなったからだろうな。


「ディルの旦那、あの盗賊は……?」


「どこ行っちゃったのぉ?」


「どこでしょう……?」


「どこなのー?」


「それはな……無の世界だ」


「「「「ごくりっ……」」」」


「存在ごと消してやったから、もう会うことは二度とないだろう……」


「「「「……」」」」


 ラルフたちはしばらく青い顔で震えていた。ちょっとやりすぎちゃったかもしれないが、俺の脱力系召喚術のことを考えるとこれくらいでいいんだ。あとは盗賊があの小袋の中身を見るだけで作戦終了だ。




 ◆◆◆




「――はぁ、はぁ……」


 クローキングで颯爽と夜の町に飛び出した盗賊だったが、ふと我に返ったように立ち止まった。


(そういや、小袋の中身を見てないんだった。何が入ってるんだろ……?)


 彼が小袋を開けると、その中には一枚の紙が入れられていた。


「手紙? 何々――ここからできるだけ遠くまで逃げてほしい。俺はサイコパスで気が変わりやすい。急に別人のようになって殺しにくるかもしれない。だから早く逃げてほしい……ひ、ひいいぃぃっ!」


 見る見る青白い顔になった盗賊は、そのままいずこへと走り去っていくのだった……。

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