第66話 あおのドレス てにいれた

 ◆◇◆◇◆  エヴノス side  ◆◇◆◇◆



「いかがですか、エヴノス様?」


 執務室に唐突に入ってきたのは、アリュシュアだった。

 彼女がアピールしたのは、その服だ。

 いつもの下着といっても差し支えないきわどい服装から一転し、ドレスを着ている。

 スカート丈は極端に短く、胸の谷間を強調するような露出の高さは相変わらずだが、随分と珍しいことだった。


 しかし、我の目を引いたのは、ドレスの色だ。

 アリュシュアの場合、黒系が多いのだが、着ているドレスの色は青だった。

 しかも、ただの青ではない。

 鮮やかというか、同じ青でも自然と視線が向いてしまうというか。


 説明しがたいが、とにかく印象的な色であることは間違いない。


 我の好みを黒であるが、その色なら着てみたいと思わせる魅力があった。


「見たことがない絹だな」

「でしょ? わたくしも見た瞬間一目惚れしてしまって。衝動買いしてしまいました」


 ランラン、アリュシュアは鼻唄を歌い出す。

 執務室でクルクルと舞いを踊り始めた。

 美しい……。

 まるでおぼろに滲む空を舞うように幻想的だ。


 我は思わず拍手を叩いた。


「いかがですか、エヴノス様?」

「美しい」

「どっちが? ドレスが? 舞いが? それともわたくしですか?」

「むろん――――」


 ドレスが、と言いかけて、我は慌てて口を噤む。

 いかんいかん。

 いくらなんでも、アリュシュアに失礼というものだろう。

 しかし、魔性のドレスだな。

 一瞬とはいえ、この魔王エヴノスの魂すら魅了するとは。


「アリュシュアだ」

「今、ちょっと間がありましたね……」

「き、気のせいだ、アリュシュア。お前は美しい」

「ふふふ……。まあ、いいでしょう。ところで、エヴノス様。このドレスを作り、歌劇などを演じてみてはいかがでしょうか?」

「歌劇か……。それは素晴らしい!! いまだ戦争の爪跡が残っている。兵士たちの慰問するためにも、歌劇というアイディアは良いだろう」

「エヴノス様、お一人のためでもいいのですよ」


 アリュシュアは蠱惑的に笑う。

 対する我はニヤリと笑った。


「むろん、その時はその時で楽しませてもらおう」

「とっておきのサキュバスを用意しておきますね」

「お前以上のサキュバスおんななどいるものか」


 アリュシュアの顔が、我の方に近づいてくる。

 お互いの唇が、磁石のように引き寄せ合った。


「エヴノス様ァァァァァアアアア!!」


 バタンッと盛大に執務室のドアを開いて現れたのは、ローデシアだった。


 反射的に我らは、距離を取る。

 アリュシュアは誤魔化すように長い髪を梳き上げ、我から離れて行った。

 折角のムードをぶちこわされた我は、怒りの心頭だ。

 机を叩くと、書類の山が崩れた。


「ローデシア! ノックぐらいし――――」


 瞬間、我の奥底から沸き上がってきた怒りが、ふっと消えた。

 何故なら、ローデシアの雰囲気がいつもと違うからだ。

 暗黒騎士族の彼女は、普段から黒い鎧を纏っている。

 それは義務でも何でもなく、種族の習性ともいうべきものなのだ。

 だが、今のローデシアは違う。

 アリュシュアと同じく、ドレスを着ていたのだ。


 それも、あの青の絹で作ったドレスである。


 アリュシュアよりも露出はなく、スカート丈は長い。

 その分、あの鮮やかな青が目立ち、ローデシアの白い肌ともマッチしていた。


「いかがですか? 綺麗でしょう」


 くるり、とローデシアは無邪気にその場で回る。

 ドレスの端が靡き、先ほどのアリュシュアの舞いよりも、さらに優雅に見えた。

 我は思わず呟いてしまう。


「美しい……」


 その言葉を聞いて、アリュシュアは顔を曇らせる。

 こほん、と咳払いすると、我に返った。


「何か言いましたか、エヴノス様」


 キョトンとローデシアは見つめ尋ねる。


「ななななな、何でもない!」


 我は慌てて否定する。

 断じてない。

 我がローデシアに見惚れていたなど。

 そんなことはありえん!


 一方、ローデシアはアリュシュアのドレスも同じ絹で作られたものであることに気付いた。


「ああ! アリュシュア様も、その絹でドレスを作ったんですね」

「え? ええ? そうよ」

「綺麗ですよねぇ」

「そ、そう? そんなに今日のわたくしは綺麗かしら?」

「いえ。絹の話ですよ」

「(こ、小娘)!!)

「何か言いましたか?」

「べ、べべべ別に何も言ってないわよ!!」


 顔を真っ赤にしながら、アリュシュアは否定する。


「ですけど、すごいですねぇ、ダイチ様」

「「――――ッ!!」」


 怒ったり、驚いていたりしていたエヴノスとアリュシュアの顔が固まる。


「んん? どういうことだ、ローデシア。何故、そこでダイチの名前が出てくる?」

「あれ? 知らないんですか? この絹、ダイチ様が作ったんですよ」



「な、なんだと!」

「な、なんですって!!」



 我とアリュシュアは、素っ頓狂な声を上げる。


 こ、この絹を……。

 この芸術の極致のような青を、ダイチが作っただと!

 信じられん。


「暗黒大陸には、木の実や果物がまだないから、宝石を使って染めたそうです」

「ほ、宝石ぃぃぃいいぃいいいぃぃぃいぃいいぃ!!」

「そ、染めるぅぅぅぅうううううううううううう!!」


 再び我とアリュシュアは絶叫する。

 宝石で絹を染めるだと。

 一体、どうやってそんな摩訶不思議なことができるのだ。

 いや、そんな発想に思い付く自体……。


「私は献上品の一部を、ダイチ様からいただいたのですが……。お二人の方にも贈り物として届いていなかったですか?」


 はっ!

 た、確かにあった。

 数日前、ダイチ宛で荷物が届いていた。

 確かダイチの荷物など、見たくもないと、一瞬にして灰にしたような。

 しまったぁぁぁぁあああ!!

 あそこに、この絹が入っていたのか!!


 我とアリュシュアは顔を見合わせる。

 アリュシュアの方も髪を掻きむしり、今にも泣きそうな顔をしていた。

 どうやら、我と同じ行動を取ったようだ。


「これ……。きっと今後の魔族の流行になるかもしれませんね。あ……。もうすぐ中休みが終わるので、私はこれにて失礼します」


 入ってきた時とはまるで違う。

 ローデシアは厳かに一礼すると、執務室を静かに出て行った。


 執務室に残ったのは、燃えかすみたいになった我とアリュシュアだけだ。


「お、お、お――――――」



 己ぇぇぇえええ! ダイチめぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!





 今日も魔王エヴノスの叫びが響き渡ったとさ。おしまい。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


更新が空いてすみません。

年末年始はずっと忙しくて……。

2月から本気出します


※拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』が2月28日に発売されます。

すでに書影も出てまして、予約の方も始まっております。

是非よろしくお願いします。

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