探偵は二度死ぬ

絢野悠

プロローグ 二十年前

 探偵、白沢木冴子しろさわぎさえこが全員を食堂に集めた。集まった宿泊客は一様に顔を強張らせていた。


 オーナー代理夫妻、オーナーの妻、アルバイト一名、その他に宿泊客七名だ。


「お集まり頂いて恐縮です。今日、ここに集まっていただいたのは他でもない、今回の殺人事件についてのお話をしたいからです」

「犯人がわかったんですか!」


 幡辺浩二が身を乗り出した。このペンションのオーナー代理で、殺された金城恭一きんじょうきょういちの実の弟。兄を殺した犯人がわかったと言われれば気持ちもはやる。


「落ち着いて聞いてください。いいですね?」


 冴子に釘を刺され、戸惑いながらも頷いた。


「まず十二月十一日の深夜、金城恭一さんが百合の間で殺されました。胸や腹にはいくつもの刺し傷がありました。他にも打撲痕などはありましたが、ナイフで刺されて倒れたときのものでしょう。失血死だと思われますが、ちゃんとした検死をしてみないとわかりません。死亡時刻は深夜の二時から朝方の四時くらいでしょうか。部屋は密室、窓も開いていませんでした。オートロックではないので、部屋の鍵を閉めるためには鍵が必要です。ではどうやって鍵を締めたのか。実は簡単なことだったんですよ。考えるまでもない」


 冴子は手帳のページをめくった。


「恭一さん自身が鍵を締めたのです。廊下で刺され、後退した。そのときに相手の身体を突き飛ばしたのです。廊下には僅かな血痕がありました。しかし怪我をしている人はいない。となれば血痕は恭一さんの物と考えるのが自然でしょう。つまるところ、あれは予期せぬ密室だったというわけです」

「そんな都合がいいことが起こるんですか?」

「逆に起きないという証拠もありません。小数点以下であろうとも、可能性はあります。なによりも恭一さんが一度電話を取ろうとした痕跡がありました。しかしそこで力尽きてしまったのでしょう。電話を取ることなく意識を失い、テーブルに身体を打ち付けながら仰向けに倒れた」


 またページをめくる。


「アリバイは昨日確認しましたね。ほぼ全員に犯行が可能だった、という結論で終わりました。ではどうやって犯人を見つけるのか。動機とタイミングです。このペンションの中で恭一さんと関わりがあった人間が何人かいます。その中で、ペンションの従業員以外で接点があった人間が一人だけいたのです。その人物こそが犯人だと思われます。きっとバッグの中を確認すれば証拠が出てくるでしょう」

「それは誰ですか。わかっているなら教えてください」


 浩二は今にも飛び出しそうだった。充血した目が大きく見開かれている。他人から見れば、その姿こそ犯人に見えるだろう。

冴子は一つ頷き、人差し指を突き出してこう言った。


「犯人はアナタです」


 そう言いながらも、悲しそうに眉根を寄せていた。


 誰しもが息を飲んだ。それも当然だった。どういうわけか冴子はこの場にいる誰にも目を向けてはいない。


 指は食堂の外、窓の向こう側を指していた。


 全員の視線が窓の外へと注がれた。


「どういうことですか、冴子さん」

「犯人はこの場にはいません。なぜならば、もう死んでしまっているのですから」

「それってつまり……」

「犯人は今朝遺体で見つかった久坂瑠璃子さんです」


 冴子が指さした人物はバルコニーからぶら下がっていた。冷たくなり、すでに人ではなくなっている。死後数時間は経過しており、首にはロープが巻かれていた。ロープの先はバルコニーの梁に括り付けられていた。


「あの状況で一番アリバイに融通が利くのは瑠璃子さんです。他の方々は同席する人がいたりします。お酒を飲んでいて、すぐに寝てしまったと言われても納得ができる。でも瑠璃子さんはシラフで、一番最初に部屋に戻ってしまった。なによりも現場に落ちていたこのキーホルダー。瑠璃子さんの携帯電話についていた物です。この場での指紋照合できないけれど、警察がちゃんと捜査してくれると思います」


 食堂に集まっている宿泊客に向き直り、目を伏せた。口を一文字に結い、悔しそうに目蓋を強く閉じていた。


「私がもっと早く証明できていたら、瑠璃子さんが亡くなることもなかった」


 ここにいる誰もが、視線を床に落としていた。特に悔しそうにしていたのは浩二だった。血が出るほどに下唇を噛み、涙を必死にこらえていた。


 除雪が済んだのか、パトカーのサイレンが聞こえてきた。バカンスを楽しむはずの場所には似つかわしくない音色。しかし、その音を聞いて胸を撫で下ろしている人間は一人や二人ではない。


 数十年に一度の豪雪によって閉ざされたペンションで起こった殺人事件。それを解決したのは白沢木冴子だった。


「痛ましい事件でした。お悔やみ申し上げます」


 冴子は両手を合わせ、瑠璃子の遺体がある方向に向かって礼をした。自分ができるせめてもの手向けだと、そう言わんばかりに深く深く頭を下げていた。

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