隣人は笑う
@chauchau
数年後に同じことを娘に繰り返す
「君を忘れている時間が長くなった」
部屋に居るのは一組の男女。
向かい合う二人に優しい時間が流れることはない。どこか遠い目をする女を、男はただ静かに見つめるだけであった。
「……このことをプラスにとらえてもいいのかな? それとも、私は今も変わらず臆病者のままなのだろうか」
微笑む女が手を出そうとしても、届く前にその手は戻される。
行ったり来たりの彼女の右手。もう、長い時間を繰り返していた。
「今度は言えるといいね『さみしかった』って。そんな風に他人は言うのさ、何も知らないからこそ言えるんだ。私が君に『さみしかった』なんて言えるはずがないというのに」
女は涙を見せるほど弱くもなければ、笑えないほどに強くもなかった。
冷え切ってしまったのも、変わらず残り続けることもまたすべてが自分のせいだと理解していながら、それでも。
「ああ、チクショウ。次は笑うんだ。次こそ、きっと次こそ……、私は君と」
「……なあ」
重たい口を男が開く。
彼が浮かべるものは、
「良いから、ピーマン食えよ」
呆れ以外の何物でもありはしなかった。
「うるっさいわね! 邪魔するんじゃないわよ!」
「ていうか、食べてくれないと片付けが終わらん」
女は苦手であった。
なにが? ピーマンが。
友達だった関係性が、恋人へと変わってから早五年が経過している。女のピーマン嫌いなど百も承知な男は、わざわざ小さくみじん切りまでしてピーマンを食べやすくしてあげたというのに、女はその全てを皿の脇にどけていたのだ。
「毎回毎回飽きもせず訳の分からないキャラ作りまでせんでも」
「うるせー! 感情押し殺さないと生きてけないの!」
「押し殺した末があのキャラかよ」
素直に残せば良いのだが、せっかく男が料理してくれたものである。
ピーマン嫌いを克服したいと男に相談したのも女からである。ここで諦めるのは女が廃ると言うものであった。
「こうなったら奥の手よ」
「またあれかよ……」
嫌な顔をする。
男が行うせめてもの抵抗であるが、それが効果を発揮したことは一度たりともありはしなかった。
※※※
「大嫌いでも信じてやれよ!」
「でも彼は兄を騙したのよ!」
「生きるためだ……! 兄さんだって仕方がないと笑っていたじゃないか!」
ピーマンを食べる。
それだけのために行われる奥の手は、即興劇であった。
無意識にピーマンを食べない方向に話を持っていこうとする女を誘導しなければならないため、男のかかる負担は単なる即興劇の比ではない。
男は恥を捨てていた。
すべては、愛する女のために。
隣人は笑う @chauchau
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