バフォメットは頑張っている

金鹿

黒い仔山羊が枕元にいた夜

 誰でもそうだと信じたいけど、寝苦しい夜はタオルケットのべスポジ(ベスト・ボジション)探したり、快眠のための為のベスポジを探して、右に左に動きませんか?


 私は動きます。


 その日も疲れて帰った私は辛うじて必要以上のカロリーと分かりつつ、「30%引きシールついてからカロリーも三割減」と世迷言を独り言ちしながら、深夜スーパーのお買い得弁当をかっこんで一息ついた。

 後は寝るだけと歯磨きしつつメイクを落として、ちゃくちゃくと睡眠の準備をしていた。


「まくらよーし。タオルケットよーし。目覚まし……よし……。んじゃ、寝るよー!」


 わかってるよ。誰も聞いてないってんでしょ? いちいち突っ込まれなくても知ってるからもう突っ込まないでほしい。


 ――知ってるよ。独り言が多いと痛いんでしょ?


 初めての同棲で家主宅に親友持ち込んでドン引きされた事もあるし、今の一人暮らし(人生初)の時は泣く泣く親友なぬいぐるみは実家に置いてきたし、部屋にネガっちぃブツ置いてないじゃん!

 相談というネタを提供して、友達に人生のささくれ見られて痛がられるのも結構辛いのよ?


 ぶっちゃけ、痛がるヤツより分かってくれるヤツが欲しい。


 んなヤツァいない(当社比)んだけど……。


 着替えも済ませた私は滑り込むように寝床へ横たわると、最後の独り言とばかりに「さて寝るか」と唱えてから部屋の灯りを消した。

 ほぼ真っ暗闇の室内には、大学合格祝いだとお祖母ちゃんがくれた目覚まし時計が、コツコツと規則正しい音を立てる。


 今夜はやけに目覚まし時計の音が気になる。こんなにうるさかったっけ?


 コツコツと刻む音が気に障って、ベッドの上を右に左にと身体を捩ってはベスポジを探す。

 足を開いたり閉じたり、額に右腕を乗せてしっくりこなければ左腕に変えたりしながら、いつしか私はとろとろと微睡んでいた。

 気持ちいい睡魔が私を包み込みつつある時、ふと枕元に何かいるように感じた。


 いや、いる。絶対いる。


 枕元の何かが遠慮しがちに、でも主張しようと気を張ってる感が凄い。それがウザい。

 努めて無視しながら微睡みに身を任せようとすると、未就学男児が背伸びして言ったような可愛らしい声が聞こえた。


「あの……お姉さん。聞こえますか? 聞こえてますか? 聞いてください! 僕とお話しましょう!」


 ヤバい。起きたらヤバいのに、超起きたい。

 そんなクラスタ持った記憶無いのに、めっちゃ愛でたい。だって声が可愛いんだもん。こんだけ声が可愛いんだから、外装も中身ときっと可愛い……はず!


 ……はず! じゃないよ私。疲れすぎて幻聴ゆんゆんだろ。寝ろ。明日の朝には幻聴だって夢になる。


 どう考えても多層的にヤバい。私が私である為に認めるわけにいかない。


「お姉さん、聞こえないの? 僕の声、聞こえない? ねぇお姉さん……」


 気張って目を瞑る私の心を逆撫でするように、枕元でぐすぐすとしゃくり上げる音がする。

 私が悪いのか?と声をあげたくなるのを抑える。なんか嗜虐性そそられるね。ヤバいね、私の精神状態がヤバい。

 あまりのヤバさを自覚して、ガチで寝ないと人生がヤバくなると思い詰めた私は、努めて無視して寝ようとした。


「もういいよ! 僕の声ぎゃ聞こえないお姉さんなんきゃ! ……もう……いいよ……」


 勝手に盛り上がって一方的に責められてもなぁ……なんじゃこいつ? 何目的? お金? 命?

 ただ、ちょいちょい素で噛んでるとこ、嫌いじゃない。


 嫌いじゃない、じゃない。

 寝とけ。人生続けたけりゃ、何も疑問を持たず今は寝とけ? 私……




 けたたましく鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばし、スイッチ操作をする。カーテンの隙間から差し込む朝日に気付くと、どうやら私は、いつの間にかすっかり眠り込んでいたみたいだ。

 久しぶりにすっきりとした目覚めに感動しながら伸びをする。

 昨日寝入る間際の可愛いアレも、私の抑圧されたリビドーが感じさせた錯覚だろう。

 いや、リビドーって自重しろ、私。

 などと思いながら洗面所に向かおうとすると、食卓に使っている小さなテーブルの上に、小さなメモが乗っていた。

 何気なくそれを持ち上げて、書いてある文字を呼んだ私は乾いた笑いを漏らしていた。

 拙い文字で書かれたメモにはこう書かれてた。


『おねいさんのばか! なんできこいないの? また>るからね! つぎはちゃんときいてね! ばほより』


 来んな! ばか!

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