泥中の蝉

文月 螢

1

 

「人間の寿命も一週間くらいになればいいな」


 声を出すつもりはなかったと思う。意識は暑さでけっこうぼうっとしていたし、喉だって渇いていた。耳鳴りに成り代わりそうなくらいにうるさい蝉の声をプールサイドでもう二十分も聞き続けていたから、本当に頭の中のどこかが狂ってしまったのかもしれない。ふと心の中に浮かんだことがいつの間にか、息をするみたいに自然と、喉を通り抜けていたのだ。


 とにかく突然呟いた僕に、隣にいた君は「はあ?」と苛立ちが混ざった声を出し、三秒後、


「そうだね」


 と静かに言った。


 一方で、水面からはきゃあきゃあと騒ぐクラスメイトの声がする。僕はベンチに座って日陰になった自分の足元を見ながら、少しだけ、羨ましいと思った。


「あんたはなんで見学?」


 特徴的な君のハスキーボイスが、蝉の声のあいだを縫って僕の耳へ届く。


「……水着、破れてたから」

「破れた?」


 君がこちらを向いた気配に、ちょっとだけ視線を返す。ぶつかった視線がまるで睨むようだったから、僕は慌てて目を逸らす。


「破かれたんでしょ、男子たちに。それとも切られたとかさ」


 なんでか僕が怒られているような気分になってきて、「そ、そうだけど」と口ごもってしまう。


「はあ」

と君が溜め息を吐く。


「……そっちは?」

「あたしも水着やられたんだよ。あいつら、腹のところ真っ二つに切りやがったんだ」


 もう一度視線を向ける。君はさっきよりも少しだけ迫力が落ちた視線を僕に返すと、「こう」と言って、握った拳を自分の腹部に当てて左から右へ滑らせた。そして、へらりと口角を上げ、言う。


「下だけあんたに貸してあげれば良かったね」


 僕ははっきりと自覚できるくらいに視線を泳がせて俯いた。君はもう一度溜め息を吐く。


「あんたさ、破れたなんて言っちゃだめだよ」


「……」

「間違ってるのはあいつらなんだ。こっちが悪いだなんて言われて、言い返せなくっても、それでも、あっちが間違ってることには変わりない。それをさ、破れただなんて自然現象みたいに言うの、悔しくないのかよ。だってそんなの、あいつらがやってることを隠蔽するのと同じでしょ」


「……」

「あたしはそんな風に、あいつらの罪がなかったことになるようには絶対にしない。そんなことするなら、やられたって惨めに喚いた方が、よっぽどマシだ」


 僕は、最後の言葉に納得出来ずにしばらく黙っていた。

 鼻の奥が痺れる。膝の横でベンチの淵を掴んでいた手に力が入って、錆の感触が不快だ。……悔しくないのか、だって?


 悔しいに決まってる。

 だけど僕は、君が惨めに喚くところなんて一度だって見たことがない。


「……」


 

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