プラのペンギン

2020/8/20 「従妹」

 俺は、母に連れられ渋々母の実家にやってきた。母の実家はヒトが少なくて嫌になる。数年ぶりに見たシロクマの祖父は顔に皺が増えたにも関わらず、相変わらずニカっと大声を上げて笑いながら気さくな感じだった。「大学はどうだ!楽しいか!」とか「彼女はできたか!まだできてないのか!青いなあ!」などと背中や肩を叩きながら言うのだ。ハハハと乾いた愛想笑いで流していればなんとかなった。元気なのはいいのだが、発言の節々にステレオタイプなところが見受けられる。母は祖母とキッチンに立って、なにやら仲良さそうに話しつつ夕飯を作っている。母方の伯父一家も来ており、祖父とまた大きな声で話していた。ウシの伯父さんの奥さんのとなりにちょこんと座っているが、話しには入っていない、というより入れなさそうにしている女の子がいた。中学生の従妹で、お母さんの血が濃いのか、人の姿だ。一緒に遊んだこともないし、親族が集まったときに挨拶をするくらいしか親交がない。俺は相変わらずスマホをいじっていた。

 夕飯を騒がしく、楽しく済ませると祖父たちはお酒が入ってますます騒がしくなる。そこに母も入っていくのだからもう大変だ。俺は部屋の壁にもたれかかって、帰省の新幹線の暇つぶしにと買って読んでいなかった文庫本を開いた。内容は難しくもなく、山とも言える山もなく谷とも言える谷もない、平凡な日常を描いた純文学だった。しばらくすると従妹が視線がこちらに向いていることに気がついた。目が合うと向こうからやってきた。

「お兄さんもその本好きなんですか?」

 ”お兄さんも”と言うからにはこの娘は好きなのだろうか。

「特に好きってわけじゃないけど、偶然目についただけだよ。まあ暇つぶしにはいいかなって感じ」

 従妹は俺の感想に不満があるようだ。明らかにムスッとしている。

「お兄さんは見る目が無いんですね」

 ちょっと語気が強かった。こんな年端も行かぬこどもに俺の見る目を批判される筋合いはないだろう。

 こんな始まりでも仲良くなるもので、次の日には名前で呼び合うくらいになったのだった。いとこ同士は親しい血縁なだけに、仲良くなりやすいのだろうか。それで、話しているうちに学校に関わることで悩みがあるらしいことを知った。父に言っても、母に言っても理解してくれないという。そういうことは誰でも一度は経験するものだろう。話を聞いてみれば、なんてことない、友達との喧嘩だった。確かにそんな話を聞いたら誰でもそんなことと思う内容だった。しかし、彼女からすればそれは深刻でしっかり理解してほしいことなのだろう。そして絶対に解決したいことなのだろう。

 正直言って、時間が解決するとしか思えなかった。でもそれを言ってしまうと、俺は彼女を理解してくれない他の大人たちと同じ存在になってしまうのだろう。俺はそうなりたくなかった。だから自分の経験を語り、毒にも薬にもならないことを言って親身な風を装った。従妹は「そっかー」と納得しきれてはいない感じだった。だから結局俺も他の大人たちと同じかと落胆してしまった。


 おとーさんにどうしてもと言ってついてきたけど、田舎はなんにもなくてつまらない!アタシはまだ小学生なのにおとーさんたら変に大人扱いしてやなかんじ。知らない土地で知らない細い道を歩いてみても、見えるのは畑と田んぼと森ばっかり。高速道路の柱が見えたからそっち行ってみたら、なんか工事しててうるさかった。でもワンちゃんがいて、なでようとしたらほえられたから逃げて、用水路にたどり着いたの。そしたらお兄さんがいたからからかってみることにする。

「おにーさん、いまひまですかー?」


「え、なん、なんですか」

 従妹よりも幼く思える女の子が急に声を掛けてきた。いかにも女児が着てそうな、ピンク色の生地に黒い文字が書かれており、黒とピンクのレースのようなひらひらの短いスカートを履いた女の子だ。面識もない俺に一体なんの用だろうか。

「アタシ今ひまだから付き合って!」

 この辺りのこどもには見えないので、俺のように帰省でやってきたのだろうか。別に俺も暇だしいいか。このガキンチョに付き合ってやろう。しかし、この子と一緒に歩いているところを見られて通報などはされないだろうか。それが心配である。

「別に付き合ってもいいけど、何するんだ?」

「え、えーと、なにしようかな……」

 明らかに動揺している。後先考えずに大人をからかってはいけない。

「じゃあさ、ちょっと俺の買い物手伝ってくれないか。贈り物を選びたいんだ」

 女児は助け舟を出されたが如くハッと目を見開き、こちらを見上げた。

「いいじゃない!それじゃ行きましょ!」

 なんというかお守りをしている気分だが、たまにはこういうのも悪くないだろう。ところでこんな田舎に贈り物を買えるような店があるのだろうか。

 

 心配とは裏腹に、こんな田舎にも贈り物にぴったりな帽子専門店があった。そこで従妹に合いそうな麦わら帽子を見つけることができた。家でもずっとワンピースを着ていたからやはり麦わら帽子を選んでしまったが、少しテンプレート過ぎたかもしれない。喜んでくれるだろうか。

 女児は店で色んな帽子を見ては目を輝かせていたので、ひとつだけ買ってやるとそれはもうめちゃくちゃに喜んだ。一生舎弟になるみたいなことを言っていた。家に帰って知らない人に買ってもらったって言ったら怒られるんだろうな。

 また幅の広い用水路沿いの道を歩いていると、風が吹いてきて、俺を体を浮かせた。決して強い風ではなかった。髪がなびく程度の風だったにも関わらず、隣を歩いていた女児は普通なのに、俺だけが風に煽られ、体が浮き、また風に流され、ふわふわと用水路の対岸辺りまで届いた。風はもうほとんど無いのに、俺だけが浮いている。用水路の柵を咄嗟に掴み、飛ばされないように体を岸に寄せる。女児が「助け呼んでくる!」と叫んでどこかへ走っていってしまった。用水路は思ったより底までが深く、落ちたら怪我をすることはおおよそ間違いないだろう。浮いていた体は徐々に浮力を失い、重力を感じるようになってきた。片手には従妹への贈り物を持っているため、もう片方の手で必死に岸を掴む。

 しばらくすると、車が同時に3台ほどやってきて、中からおじさんたちが出てきた。おじさんたちは「にーちゃん大丈夫か!」と寄ってきた。

「あの、これ、ちょっと持っててくれますか」

 俺は真っ先に従妹への帽子を渡して、無事を確保させた。ここでは俺の命より大切とも考えられたのだ。それから他のおじさんに手伝ってもらって道に上がることができた。「ほんと、ありがとうございますー」とおじさんたちに感謝の言葉を告げると、帽子を持って早々に家へと帰ったのだった。女児には感謝しないといけないな。

 何があったかを全く知らない家の者たちは、いつもと変わらぬ「おかえりー」で迎えるのだったが、少しは心配してほしいものだった。従妹は相変わらずリビングで会話に入れずしょんぼりしていた。俺が従妹を呼びつけて、帽子をかぶせてやると、小さく

「ありがとうございます」

と言うだけで、2階に上がっていってしまった。やはりテンプレートすぎて、面白くなかったか。


 伯父さん一家は俺らより先に帰ることになった。祖父は「なんだあ、もう帰るのか」と落胆していた。まあ、孫の姿はどれだけ目に入れても痛くないのだろう。それを言えば俺も孫なのだが。伯父夫婦はもう玄関にいて、2階にいる従妹に早くくるよう急かしている。ドタドタと階段を降りてきた従妹はまるで麦わら帽子に合わせたかと思えるような白いワンピースを着ていた。伯父さんが「そんな帽子持ってたか?」と言っているが、従妹は「持ってたよっ」と自慢げに言っていた。どうやら気に入ってくれたらしい。最後に従妹はこう言った。

「またね、お兄さん」

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