ハッピーエンドへの導き方
狐
前編
「映画を観る前にオチを調べるのって、普通じゃないんですか……?」
酩酊状態で見る幻覚であれば良かった、と今でも思う。奴と初めて出会ったのは20代前半の冬の夜、無鉄砲な勇気に釣られて自分の許容量の限界を試した2時間後だ。
千鳥足で歩くことにも疲れて電柱に座り込んだ自分を見下ろす黒ずくめの男は、景気が良いとは言えない
「いや、でも自分の貴重な時間を使って見るものなんですよ? 嫌な気分になりたくないじゃないですか。猫とか犬が死ぬ映画なんて以っての外だし、観てて嫌な気分になるオチとかその後めちゃくちゃ凹まないですか? だから、これは僕なりのリスクヘッジな訳で……」
「……オチまで見たら、その映画は見なくてよくない? 驚きがないじゃん」
「……驚き? 視聴におけるノイズの間違いでは?」
頭が割れるように痛む。ただでさえ気分が悪いのに、見ず知らずの男となぜ論争をしないとならないのか。
自分が悪酔いの次に嫌いなネタバレを好む男など無視すれば良いだけなのに、高揚と不快感がない混ぜになった今の感情ではそうもいかない。やはり20代前半の無鉄砲に突き動かされ、つい反発してしまう。
「アンタみたいな奴がいるから、ネタバレは無くならないんだ! 物語を楽しむ新鮮な驚きに砂をかけて、簡単なあらすじだけで全てを知ったつもりになる。そういう奴に限って、観てもいない映画を鼻高々で……」
「やだなぁ。内容を見たらちゃんと責任は取りますよ。少なくとも、エンドロールが終わるまで席は立たない主義なんです」
反撃の言葉を足そうとして、ここが繁華街であることに気づく。つまり周囲の目があり、囁くような声が聞こえるのだ。いくら酩酊状態とはいえ、羞恥心は残っていた。慌てて荷物をまとめると、未だ人通りの多い交差点に向かって逃げるように駆け出す。
「……すいません」
背後で聞こえる声など、知らない。とにかくこの場から逃げなければ。
「すいません、聞こえてますか……?」
思わず足を止める。妙に悲哀のこもった、独特な声色に不意を突かれた。
「財布、落とされましたよ!」
例の陰気な男が精一杯腕を振り、落とした財布をアピールしていた。自分はまた恥ずかしくなり、振り向いて財布を受け取ろうとした、その瞬間だった。
あと数秒で自分が渡るはずだった横断歩道に、信号無視をした車が通る! 背後で発生する強烈な風に、思わず尻餅を着いた。
呼び止められなければ、撥ねられて死んでいた。運が良かったのか、日頃の行いなのか。
腰が抜けて動けない自分に、財布を持った男が接近する。陰気な顔に精一杯の笑顔を作っていた。
「なんとか、間に合いましたね。事前に抜き取っておいて良かった……」
「……なんで」
これは、未来予知でもしないと出来ない芸当だ。どうやって、と聞くべきだったかもしれないが、パニックになった頭ではこの言葉を紡ぐのが精一杯だった。
「バッドエンドより嫌いなんですよね、作者の事情で続きが見れなくなるの。どうせなら見え透いたハッピーエンドにしたいじゃないですか。それが僕みたいなネタバレ好きの死神なら、なおさらね」
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