ぼっちな俺にギャルが「勉強を教えてほしい」と話しかけてきた

弥生零

ぼっちとギャル 1日目 I

「ウチに勉強教えてくんねー?」


 始まりは、そんなたわいもないお願いから始まった。


「嫌だけど」

「ウケる」


 息をつく間もなくそう返した俺に対して、目の前の彼女は「ウケる」と大変素敵なご返答。

 あまりにもあっさりしすぎた返事に、もしやこちらの意図が伝わっていないんじゃないかと不安に思った俺は、俺にしては珍しいことに先ほどの言葉の意味を説明することにした。


「断るって意味なんだが」

「え、マジ? ちょーウケる」


 うむ。やはりこちらの意図は伝わっていないようだ。

 だがしかし、会話は一応成立している。俺の意図を汲んでさえくれれば、彼女は納得の意を示してくれることだろう。




「お前がどれだけ人様の机の上に教科書を広げても、俺はやらんぞ?」

「ばりやばじゃん。ウケる」




「なあ、帰っていいか?」

「マジ卍だわ。ウケる」




「すいませんマジで勘弁してください。カツアゲなら他の連中にした方がいいと思います。なので帰らせて下さい」

「え、鬼ウケる」


 何度断っても、「ウケる」という無敵ワードでのみのご回答。何が面白いのかさっぱり分からんし、俺の意図を読み取る云々以前に、そもそもこれは会話として成立しているのだろうか。


「なあ、ウケるってなんだ?」

「激ヤバじゃん。ちょーウケる」


 やはり「ウケる」としか返って来ない。同じ単語をいくら連呼されたところで、残念ながら会話とは呼べないと思うのだが。

 これはどちらかというと、壁打ちである。会話をキャッチボールと例えるならば、壁打ちでしかないこれは会話ではない。


 ならばと俺はスクールバッグを手に持って立ち上がり、少女に帰る旨を伝えた。


「え? ウケる」


 またである。

 またしても「ウケる」だけ。ここまで来ると、一周回ってなにか事情があるのじゃないかとすら思えてくる。


 それこそ彼女はなにか重大な過去を抱えていて、そのせいで「ウケる」という単語しか返せない呪いでもかけられているのかもしれない。

 人魚姫が声を失ったように、目の前の少女は「ウケる」という単語でしか返事ができないのかもしれないのだ。


 そういう事情があるなら仕方がない。俺はスクールバッグを床に下ろし、自分の椅子に座る。

 座って、言った。


「……どこを教えればいいんだ」

「ん、ここ教えて欲しい」


 喋れるんかい。


 ◆◆◆


 私立聖鐘せいしょう学園。

 中高大一貫でお金持ちの生徒が多いが、別に金持ち学校というわけではない。ありふれた私立の学校で、別に金持ちしか入学できないなんてそんな規則は存在しない。

 存在しないのだが──実質的に、金持ち専用学校のようなものと化しているのは事実だ。


 そのせいで、金持ちじゃない人間は肩身の狭い思いをするしかない。


(まあ俺の場合、金持ちじゃなくても肩身が狭いだろうが)


 机の上に突っ伏して狸寝入りをしながら、俺は教室の中を観察する。

 どいつもこいつも、華やかな陽の者達ばかり。金持ちで華やかで顔面偏差値が高いというふざけた連中ばかりの空間。俺みたいな地味な陰キャは、文字通り成仏させられそうな学校だ。


(まあ俺レベルになると公立中学の時もぼっちだったから、特に変わらんけどな)


 フッ、とドヤ顔を決める俺。確かにこの学校は金持ちじゃなければ人権なんてあってないようなものだが──俺は、元から人権なんてあってないようなもの。それは中学時代が証明している。

 つまり俺は、環境なんて関係なく自分の道を突き進んでいるということだ。これを誇らずして、一体なにを誇るというのか。


(目立たずに生きていこう)


 家族と価値観が合わないから家に居たくないと思い、学生寮で一人暮らしをしようとこの学校にやってきた。最悪エスカレーター式で大学に行けるし、その大学の就職実績だって悪くない。まあ勿論親のコネによる就職実績の可能性はあるが。それを無視しても生活がしやすい立地にあるし、まさに至れり尽くせりだ。


 だから俺は、このまま静かに学園生活を終えることができればそれでいい。目立つような真似をしなければ、普通に可もなく不可もない感じに卒業できるんだから。














 ──そう、思ってたんだけどなあ。


「……お前、中学校の範囲からやり直した方がいいんじゃないか」

「ウケる」

「ウケねえよ。ああ、クソ。エスカレーター式でよくある学力低下って実話なのかよ」


 放課後の教室。

 金色の長髪をなびかせた白い肌のギャル娘と二人でお勉強会をしているという明らかに目立つ状況に、俺はどうしてこうなったんだろうかと思うのであった。

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