SNS、誹謗中傷の果てに……

下垣

やっぱりあなただったんだね

 私の名前は山之辺やまのべ 明日香あすか。県立薮内やぶない高等学校に通う一年生。突然だけど、気に食わないクラスメイトがいる。


 霧崎きりさき ひとみ。彼女はこのクラスのリーダー格の女子で、常に取り巻き数人を引き連れている所謂サル山のボスだ。


 私は彼女のグループに所属しているわけではない。だから、別にグループ内のいざこざを起こしたとかと言うのはない。それでも彼女を嫌うだけの理由はある。


 霧崎はとにかく鬱陶しいのだ。少しでも下に見た女子にはマウントを取ってくる。所謂私が所属している二軍の女子を不快な弄りをしてくるのだ。例えば、私が髪を切った時も「前の方が良かったのに~美容師さんセンスないね。明日香ちゃんかわいそ~」と私のお気に入りの美容師までバカにするような言い方をするのだ。


 二軍の扱いはまだいい方で、最下層の女子の扱いは酷いものだった。オタク女子がノートの片隅に描いたイラストをクラスの全員に見せて回す辱めをしたこともあった。当人曰く「素敵な絵だからみんなに見てもらおうと思って」だ。本心は絶対違う。誰がどう見ても、へたくそな絵を晒しものにしたいだけなのだ。


 それに加えて、他人に媚へつらうのも上手くて、自分より立場が上の女子の先輩に気に入られているし、その権力も利用している。更に男子にもいい顔をしているので、彼女の本性を知らない男子からはそれなりに人気がある。


 とにかく、女の嫌な要素をこれでもかと言うくらい凝縮したような女だ。私はこの霧崎とかいう女が大嫌いだ。



 ある日のこと、私が登校して下駄箱で靴を履き替えていると後ろから声が聞こえた。


「明日香ちゃんおはよー」


 朝っぱらから嫌な女に出くわしてしまった。同じクラスだからいつかは出会わなければならない人物なのだが、それでも教室に入る前に出くわすのは気分が悪い。かといって、クラスでの立場では上の霧崎を無視するわけにはいかない。私はしぶしぶ明日香に「おはよう」と挨拶をした。


「あー。明日香ちゃん爪の先が変な形だよ。ダメだよ。女の子なんだからちゃんと手入れしないと」


 うるさい。放っておいて欲しい。これでも手入れに気を遣っている方なのだ。これ以上気を遣ったらそれこそ神経がすり減ってしまうであろう。


 恐らく、この霧崎という女は、私が爪の先を手入れしていることをわかってて言っているのだ。まだまだ手入れが足りないという嫌味を言うために先程の発言をしたのであろう。まるで、掃除が行き届いていない嫁を叱る姑のように。


「え、そ、そう? 教えてくれてありがとう霧崎さん」


 私は作り笑顔をしてその場をやり過ごした。本当なら今すぐビンタの一発でも食らわしてやりたいところだ。けれど、スクールカーストでは霧崎の方が上。奴は力のある先輩に気に入られているし、気の強い取り巻きだって多い。霧崎一人を敵に回すだけならまだしも、集団で虐めのターゲットにでもさせられたらたまったものじゃない。


 私は教室に入り、二軍の友達と他愛のない話をしていた。一軍に比べて権力は学内権力は弱いけどみんないい人ばかりだ。彼女たちのお陰で私は楽しい学園生活を送れている思っている。


「ねえねえ。知ってる? 最近炎上しているSNSで炎上しているアカウントがあるんだけどね。そのアカウント、この地区に住んでいるみたいなんだ」


 友人の一人がスマホの画面を見せた。そこには、とんでもないつぶやきをしているアカウントがあった。


『〇×線の電車内でキモいハゲたおっさん見つけた。丁度満員電車で私の近くにいたから痴漢でっちあげてやった。慌てた顔して超ウケる( *´艸`) 次の駅で降ろされて大草原フカヒレ』


 このつぶやきに対してリプライが殺到している。俗にいう炎上と言うやつだ。ほとんどが誹謗中傷やおじさんに謝れと言った内容のリプライだが、一つ目を見張るものがあった。


『俺も〇×線乗ってたからわかるけどこれ事実やぞ。痴漢でっちあげ女は制服を着ていたから多分高校生か中学生だと思う。制服詳しくないからどこの学校かは特定できないけど。薮川駅で降りて行ったから多分その近隣の学校探せば特定できるんじゃないかな?』


 薮川駅は丁度うちの高校の最寄駅だ。ってことは、でっちあげ女はこの近辺に住んでいるのかな? もしかして、この学校にいたりして。



「うぅ~トイレトイレ」


 昼休み私はトイレへと駆けこんだ。丁度旧校舎に用事があった。旧校舎のトイレは人気が少なくてなんだか不気味な気分。


 トイレの個室に駆け込んだ私は用を足してそのまま扉を出ようとした。しかし、次の瞬間トイレ入り口の扉がギイィと開く音が聞こえた。誰か来たのだろうか。こんな人気の少ない旧校舎の女子トイレに?


「あー。マジ最悪」


 この声は霧崎の声だ。耳を澄ますと取り巻き数人の声も聞こえる。霧崎たちはいつも昼休みになると見かけなくなる。どうやら、この旧校舎のトイレでたむろしているみたいだ。


「どうしたの? 瞳ちゃん」


「どうしたもこうしたもねえよ。SNSが炎上してんだよ。ったく、ちょっとおっさんを痴漢冤罪に追い込んだからってなんだって言うんだよ。どうせあの顔は痴漢常習犯の顔だぜ? とっとと捕まえてもらった方がいいに決まってんだろうな?」


「そうだね。瞳ちゃんが言うならそうだね」


 まさか……あの炎上アカウントの正体は霧崎だったの? 思いがけない情報を私は手に入れてしまった。それにしても霧崎の口調がなんかいつもと違って荒々しい。教室では猫被っていたのか。こっちが霧崎の本性なんだろう。


「ん? おい、ここの個室閉まってる。誰か入ってんぞ」


 まずい。霧崎に見つかった。どうしよう。


「あなたたち! なにしてるの!」


「げ」


 先生の声が聞こえた。私にはそれが天の助けに思えた。


「いつも旧校舎にたむろしている女子生徒がいるって噂があったけど、あなた達だったのね。こっちに来なさい」


「ちぇ……わかったよ。先生」


 トイレの入り口の扉が閉まる音がした。どうやら先生と霧崎たちはトイレから出て行ったようだ。危なかった。もう少しで見つかるところだった。


 それにしてもいい情報を聞いた。あのアカウントの正体が霧崎だったなんて。こんな面白い情報を活用しない手はなかった。


 私は早速、霧崎の顔写真と本名と本アカウントのIDをSNSに上げた。今、炎上している痴漢冤罪事件の犯人はこいつだと晒した。


 私の投稿は瞬く間に拡散された。すぐに霧崎の本アカウントまで炎上して、誹謗中傷の声が多発した。中には本当にこのアカウントがでっちあげの犯人なのか疑う声もあった。けれど、目撃者を名乗る男性がこの顔で間違いないと言ったことで更に燃料が投下され燃え広がった。


 この騒動はSNS内だけには収まらずに、高校にまで電話連絡が押し寄せた。霧崎の家にも誹謗中傷の電話や手紙が多数送られてきて、彼女は精神的に参ってしまっているようだ。


 すごい……気持ちいい。私は正義の行いをしたんだ。やはり霧崎は悪女。世間によって裁かれるべき人間なんだ。



「お前らが私の情報を売ったんだろ!」


 霧崎は取り巻きの一人に掴みかかった。しかし、掴みかかれた女子は青ざめた表情で否定をするだけだった。


「ち、違うよ瞳ちゃん。私は売ってない」


「嘘つけ! お前が! お前がやったんだ!」


 パン! と渇いた音が教室中に響き渡った。取り巻きの内の一人が霧崎の頬を叩いたのだ。


「いい加減にしなよアンタ。あたしらは誰もアンタの情報を売りはしてないよ。それなのに仲間を疑うなんて見損なったよ。アンタとは縁を切らせてもらうよ」


 こうして、霧崎は取り巻きからも見捨てられて完全に孤立した。今まで他人を見下してマウントを取ってきた霧崎だったが、一気にスクールカーストの最底辺へと転がりおちた。今まで霧崎を慕っていた人間に裏切られて、気に入られていた先輩にも見損なわれて、霧崎の味方をする人間は誰一人としていなかった。



 霧崎の炎上騒ぎから数日が経った。霧崎は停学処分を食らい、警察沙汰にもなった。霧崎に痴漢をでっちあげられたおじさんは結果的に裁かれることはなくなり釈放された。けれど、彼は社会的信用を失い仕事を失ったそうだ。とても可哀相に。加害者の霧崎が停学で済んでいるのに、被害者の彼がどうして仕事を失わなければならないのだろうか。


 夜中、私が自室で一人で漫画を読んでいると私の携帯が鳴る。通知を受け取ったようだ。私がメッセージアプリを開くと霧崎からメッセージが届いていた。


「お願い助けて。もう頼れるのは明日香ちゃんしかいないの」


 随分と虫のいい話だ。今まで散々バカにしていた私に頼ろうとするなんて。悪いけど、私は霧崎を助けるギリなんて何一つない。むしろ地獄に追いやった張本人だからね。


 私は霧崎のメッセージを無視してお風呂に入った。



 お風呂から出ると時刻は既に夜の11時を回っていた。スマホを確認すると霧崎からとんでもない量のメッセージが届いていた。そのどれも悲痛な叫びばかりで相当切羽詰まった状況だっただろう。


 メッセージは段々とネガティブなものになっていき。最終的には「死にたい」やら「さようなら」のような少し鳥肌が立つようなものになっていった。


 そして、また通知音がする。着信したてのメッセージを読むと私は身震いをした。


「やっぱりあなただったんだね」


 そのメッセージと共に顔面がぐちゃぐちゃにシェイクされた人の画像が送られてきた。私はその画像を見て思わず悲鳴をあげた。


「な、なにこれ! なにこれ!」


 私はパニックになって急いでメッセージを消した。ひどいよ霧崎。いくら無視したからって私にグロ画像を送るなんて。



 翌日、学校に行くと霧崎の机の上に花瓶と花が添えられていた。数人の女子のすすり泣く声が聞こえた。え? どういうこと? タチの悪い悪戯だよね?


「明日香ちゃんおはよう。ねえ、霧崎が昨日亡くなったんだ。自殺らしいよ」


 私は耳を疑った。霧崎が死んだ……? 確かに昨日は死にたいって言っていたけど、まさか本当に死ぬなんて。


「明日香ちゃん顔色悪いけど大丈夫?」


「え、ええ。なんとか」


「昨日の22時30分ごろ、遺体として発見されたんだって。飛び降り自殺をして、顔から落ちてかなりぐちゃぐちゃになってたんだって」


 顔がぐちゃぐちゃ? え? あの画像はもしかして? って、その前に死んだのが22時30分? どういうこと? だって霧崎は23時まで生きていたはずじゃ……


 私のスマホの通知音が鳴る。私が恐る恐るメッセージアプリを起動すると霧崎からメッセージが届いていた。


「明日香……お前も同じ苦しみを味わえ」


 嫌な予感がした。私は急いでSNSを立ち上げる。すると私のアカウントに誹謗中傷する書き込みが多数寄せられた。


 私は友達を自殺に追いやった非情な女として炎上してしまったのだ。

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