「夢見る少女の死と生と」

まろう

第1話

「夢見る少女の死と生と」                       まろう


 嫌な記憶ってのは定期的に蘇っては私を蝕んでいく。

だけど今回ばかりは一人で抱え込めるような軽いモノじゃなかった。

思い出すたびに悲しさも悔しさも通り越して呆れて苦笑いしか出てこない。それは相手への憎しみでもあったし、私の幼さへの嫌悪でもあった。

そんな真っ黒な心でバイト帰りの終電に揺られる。今日は東京で初雪が観測されて朝から電車が遅延していた。いつからだろうか、雪で喜べなくなっていた。学生の頃にはローファーで滑って遊んだり結構満喫していた。当時好きだった男子のマフラー姿を見られたからかもしれない。少し大人面してみる。最近まで自分も子供だったくせに。

 世間はすっかりクリスマスカラーに包まれていて、気の早いコンビニなんかではおせち料理の予約なんかが始まっていた。クリスマスが近づいてくると、不思議とカップルの姿が目立つようになる。なんなんだこいつらは。どこから湧いて出てくるんだ。春とか秋には全然目立たないのに夏にはプールと、冬にはクリスマスとやたらとセットで出てくる。

こんな時には普通

「自分も彼氏が欲しいなぁ…」

と羨ましがったり

「あの子より私の方が可愛いのに…」

と僻んだりするのだろう。

でも私はもう二度と異性と付き合うのなんてごめんだ。漫画やドラマのような綺麗な恋愛なんて本当は存在しなくて、現実は汚く、醜いものであると知ってしまったから。


 私の中の夢見る少女は二年前に死んだ。


 二年前、大学一年生の時に新入生歓迎会コンパがあった。いわゆる新歓ってやつだ。

高校生の頃は手芸部に入っていたが、大学デビューなんてする気はなく何となくフラフラと彷徨っていた。早い話、友達と遊べない時とかに時間を潰せて、ほんのちょっとの刺激があるなら何でもよかったのだ。

 たまたまビラ配りのチラシを受け取り、新歓会場が家から近かった事もあり行ってみたところ

「君可愛いね」

「サークル決めた?」

「何か楽器はできる?」

「ギター?!是非うちに来て!」

こんな具合に強引に先輩達の勧誘を受けて、なんとなくで決まってしまった軽音サークル。

音楽を聴くのは好きだったし、父親の影響でかじってたギターにもそこそこ自信はあった。

軽音サークルと聞くと少しチャラいイメージがあったけれど、意外とサークル内の金髪率も低くて、私もついにキャンパスライフってやつを始めるのかと期待していた。


大学のサークルの飲み会は、法律的にアウトな未成年の飲酒でも、バレなきゃ問題ないといった風に先輩が後輩に飲ませるというのが定番になっているみたいで、パワハラ?セクハラ?お構いなしの乱痴気騒ぎといった感じだった。(どこのサークルでもそうだったのだろうか、そんなはずはないだろうけど)

飲み会費は男性が一律4千円、女性が2千円だった。

女性であることを特別に有利だと感じたことはなかったけれど、こういうちょっとしたお得感は素直に嬉しかった。

飲み会の幹事の先輩は、ここぞとばかりに仕切ってくる鍋奉行ならぬ飲み奉行といった感じの飲みグループの人だった。

ジュースを卒業して酒臭い匂いが立ち込めるサークルの飲み会は、高校生の頃親から聞いていた飲み会とはかけ離れていて、アルコールが入ってるのか入ってないのかもうわからないくらいぐちゃぐちゃになりながら飲んで騒ぐ。飲みすぎて吐く人や酔っぱらって寝てしまう人までいて、

「あぁ、これが”潰れる”ってやつなんだなぁ…」

と知った。

時間が経つにつれて、そんな空気が好きなグループと、嫌いなグループに自ずと分かれていく。飲み会では、騒がしいグループと静かなグループの2つに別れた。

 普段はわりと大人しめな人も、アルコールが入ってにスイッチが入ったのか、幹事を務める飲みグループのウェイ系な先輩達と同じように騒いでいる。正直うるさいし、周りのお客さんに白い目で見られているのではとビクビクする。

店員さんもきっと裏で舌打ちしてるに違いない。私だったらしてる、絶対。

私も賑やかなのは嫌いじゃないけど、バカ騒ぎは嫌いだから、静かなグループに紛れて、お座敷の角っこでオレンジジュースを飲んでいた。

お酒は一応未成年だから飲みたくないし、先輩からハイボールを一口飲まされたけど、どうやら私はお酒は無理なのがわかった。

そんな騒がしかったグループも、飲み過ぎて吐く人や寝てしまう人。立ち込める酒の匂いと真っ赤な顔で突っ伏している頻死体の数々。ほとんど阿鼻叫喚の地獄だった。

静かなグループも最初は音楽の話をしていたけど、次第に全く関係ない、経験人数の話とか下品な下ネタの話になる。

静かなグループとは言っても、お酒を飲んでいるのでもうなんでもありの状態。

先輩に経験人数を聞かれて、どう答えたら正解なのかわからなかったので、内心セクハラだろ!とか思いつつ、適当に

「2人です。」

と返すと

「マジかあ!俺は4人〜!」

といつも真面目で大人しい先輩が自慢気に話してくる。はっきり言って印象ダダ下がりだ。お酒の力って恐ろしい。

因みに2人ってのは嘘だ。そんなたいそうな青春時代を送ってきたわけではないです。少しだけ盛りました。だって、私の読んだ漫画では高校生になったら、入学式でかっこいい男子と出会って、告白されて付き合うものだとばっかり思ってたのですけど、全くされませんでした。

毎晩、明日こそは告白されるかもしれない!と思い白馬の王子さま的なのを信じて、ワクワクドキドキしてたら、いつのまにか3年過ぎてました。

おかしいな。こんなハズじゃなかったんだけどな。私の読んだ漫画が悪かったのかな?

なんて事を考えながら、潰れていく先輩や同級生を肴に相変わらずオレンジジュースを飲んでいると、騒がしいグループの先輩が絡んできた。

「新入生だったよね〜?名前なんだっけ?」

そう言って、絶対アルコールであろう怪しい液体が入ったグラスを持って私の隣に座ってきた。

「1年のーーです。いえ、未成年なのでジュースを...」

「ーーちゃんね!ってかこれオレンジジュースじゃん!お酒飲めよ!」

と勝手に私のオレンジジュースを飲む。

「すみません。お酒あまり美味しくなかったので...」

「おお!なら、これ飲んでみ!飲みやすいから!」

そう言って、別のテーブルの誰かの飲みかけのグラスを差し出して来た。

私はやんわり断ったけど、あまりにしつこいので少しだけ口をつける。

「あ...美味しい」

「でしょ!飲めない奴は、こういうカクテル系が飲みやすいらしいな!ジュースとそう変わらないだろ?」

そんなこんなで、先輩にのせられてアルコールを本格的に飲んでしまった。

実は自分が本当にお酒が無理な体質だったと知ったのは、その後だった。


 うねるような頭痛で目が覚める。

ズキッ ズキッ ズキッ

あぁ、これが二日酔いってやつか。

昨日の記憶は断片的にしかないけど、今の状況を見て確信に変わった。

なぜか裸の私と、隣で寝ているやっぱり裸の先輩。

私はこの先輩としたんだ。昨日ほぼ初めて喋ったようなこの先輩と。

瞬間、吐き気がこみあげてきてトイレに駆け込む。自分でもびっくりするくらい吐いた。

視界が滲む。吐くときって涙目になる事が結構ある。それかと思った。

いや違う、そんなちょっとウルっと来たなんていう量じゃない。瞼から溢れてくる。なんでこんなところばっかり漫画の通りになるのかな。

あ、漫画で見たやつだ!となるには、ちょっと、すごく重すぎだ。

涙と吐しゃ物で顔はぐちゃぐちゃだったけど、そんなことを気にしている余裕はなかった。

まだ寝ている先輩にバレないように部屋を出て、そのあとは走って帰った。


 それ以降は、サークルに顔を出せるはずもなく、大学からも次第に足が遠のいていった。

親しかった同級生からは「何かあったの?」というLINEが届くが、答えれるはずがない。

こんなこと、誰かに知られたら終わりだ。

あの先輩本人から言い訳のようなLINEが届いてたけど、ブロックした。二度と、顔も見たくない。きっと顔を見ただけで吐いてしまうと思う。


 大学にはすっかり行かなくなってしまい、友達からの連絡来なくなっていた私に残された唯一の居場所はSNSでの小さなコミュニティだけになっていた。


 高校の時に友達に勧められてアカウントを作ったものの特に何をするわけでもなくほったらかしになっていたアプリのアカウント。一日中ぼーっとスマホを眺めるだけの生活をしていた私は何となくそのアプリを開いてみた。それは匿名で色々なことを書き込めるようなアプリで、どうやら気に入った人をフォローしたりして繋がっていくらしい。私は試しに好きな漫画家さんをフォローしてみた。それから、試しに

『おーい。』

と呟いてみる。誰が見ているわけでもないのに。

『こんにちは~。』

『誰かいますか~?』

誰も見てないはずなのに、誰かがいるような気がして、ついつい意味もなく呟いてしまう。ふふふ。ちょっと楽しい。

 それから数日たって、また暇になってそのアプリを開いてみる。1件の通知が届いていた。

【○○、○○にフォローされました】

どうやら、私のつぶやきを見てくれた人がいるらしい。どうでもいいことに思える反面、少し嬉しいような恥ずかしいような感じがして不思議な感覚だ。

 見てくれる人がいるというのは、私に不思議な安心感をくれて、次第に私は

『もう大学に行きたくない』

『あんな事誰かに言えるわけない』

などどこにも取り付く島のない怒りや悲しみ、自分の弱い部分を呟くようになっていった。

そして、そんなことを呟くたびにあの最悪な事を思い出すのだ。一番忘れたい記憶だけが鮮明に残っていて私を殺していく。

毎日真っ黒な感情を抱えて生きていたけど、不思議と死のうとは思わなかった。私は悪くない、あの人が悪いんだ。そこだけは冷静でよかったと、自分自身の思考に安心した。だが、ネガティブな事に変わりはない。

『あんな事ばっかりはっきり覚えてる』

『死にたくないけど死にたいな。』

『上手に生きたかったな』

相変わらずネガティブな事ばかりつぶやいていた。

そんな感じで時々思い出したように、ちょっとしたことや、愚痴をつぶやく。それだけ。

 ある日いつものように何となくアプリを開くとダイレクトメッセージというのが届いていた。毎日、漫画を読むわけでも、アニメを見るわけでも、映画を、ドラマを見るわけでもなくだらだらと過ごしていた。やる事がない。やる気が起きない。気力なんてない。一日をベットの上だけで過ごす、なんて日もあった。

だから、暇つぶしになるかな、と思って通知を開いた。相手は最近フォローしてくれたフォロワーさんだった。

『普段から元気がないようなつぶやきをされていたので心配になってメッセージ送ってみました。よかったらお話しませんか?話したくなったら返信くれると嬉しいです。』

プロフィールを見る限り男性の方なのだろうか。今の私には正直どっちでもよかった。あの一件があってから男性不信というかほぼ人間不信みたいになってしまった。人と関わるのがめんどくさい。誰かと関わるとロクなことにならない。他者との何らかのアクション全てが面倒くさくなっていた私が返信出来たのはメッセージを開いてから3日も経った後だった。

失礼だけど暇つぶしの相手になってくれればなと思った私は

『こんにちは。メッセージくれてありがとうございます。最近ちょっと嫌なことがあって…それで大学行きたくないなってなっちゃって…』

と送ってみた。今の時間は午前10時だ。きっと向こうはちゃんと学校に行ったり働いたりしてるんだろう。そう考えると少し惨めな気持ちになって、スマホをベッドの上に放る。

朝ご飯を食べるのも面倒で、昼まで時間をつぶそうとぼーっとニュース番組なんかを見ていたら、急にスマホのバイブ音がした。ここ最近は友達からのLINEも来なくなってしまい、バイブ音すら新鮮に思えた。

スマホを開いてみると、さっき送ったばかりのメッセージの返信が届いていた。

『そうでしたか…』

ちょっとイラっとする。こんなの話が続かないじゃない。自分からメッセージをしてきたくせに、なんなんだと。そう思ってしまった。お察しの通り、私は凄く、かなり、とても面倒くさい性格だ。

流石に無視するのは失礼だなっと思って、とりあえず返信してみる。

『今…なんというか人間不信みたいになっちゃってて…上手く話せなかったらごめんなさい。』

送った。顔が見えないと結構簡単にパーソナルな部分までさらけ出せてしまう。怖い。

また暇になってしまった。スマホをベッドにおいてテレビをつける。ちょうど12時になったところだった。

今日のお昼はどうしようか。そんなことを考える。無意味な時間だ。だって答えはいつも決まっている。どうせいつも面倒くさくて結局カップラーメンで済ましてしまうのだ。健康診断を受けるのが怖い。絶対やばいことになってる気がする。


 その日の夕方に返信が来た。

『そうだったんですね。僕もなるべく気を付けて話すようにしますね。ところでーーさんは出身は関東の方なんですか?あんまり訛っていないような…』

”僕”。やっぱり男の人だ。私の読みは当たっていた、と思いながらメッセージの後半部分にすごく安堵する。話を広げてくれた、むこうにも話す気があるとわかってホッとした。

『関東に住んでますけど、生まれも育ちも関西ですよ。こっちに引っ越してくるときに必死で標準語の練習したんですよ(笑)』

ちょっと仲良くなれるかも、という期待も込めて(笑)とかいれてみた。

『そうなんだ、全然分かんなかったよ!』

それからもそんな他愛ない会話が続いた。今日はコンビニでスイーツを買っただとか、そんな何でもないような会話。でも、なんだかこの人になら何でも話せる気がして楽しかった。


 彼との初めての会話から一年以上が経った。最初に話したときはこんなに長く話すことになるなんて思ってもみなかった。最近彼について考える時間が増えた気がする。どこに住んでいるのか。どんな人なんだろうか、きっと優しくて面白い人なんだろうな。

まるで恋してるみたいだ、少しモヤっとする。またあの負の記憶が蘇って、私を蝕んでいく。彼との会話は楽しくて、一時期の私からは考えられないくらい明るくなって、少しずつ大学にも行けるようになったけど、やっぱり忘れられるほど簡単な記憶じゃなかった。

モヤっとするたびにいつも思う。彼に会いたいと。私をあんなどん底から救い上げてくれた彼に。

ちょうどメッセージの会話は旅行の話題になっていた。

彼から

『北陸なんかいいよね。俺の好きな映画の撮影地なんだよね。』

と来ていたから、祈るように

『あの…もしよかったら、今度会ってみませんか?ほんとに嫌だったら全然いいんですけど…』

と送ってみる。心臓がバックバクだ。怖い。

数分後返信が来た。

『そろそろいいですかね、会いましょうか』

すごく嬉しかった。アパートで一人ちっちゃくジャンプしてしまった。

あの人に会える。顔も見たことない彼に。どこの誰かもわからない彼に。

こんなこと親に言ったら全力で止められるかもしれない。犯罪に巻き込まれたらどうするのと言われるだろう。でもこれが恋ってやつなのだろう、会いたくてたまらないのだ。


 そんなこんなでついに彼と会う日がやってきた。待ち合わせ場所は渋谷のハチ公前。べタだ、ベタすぎる。そもそもあんなに人が多いとこで待ち合わせなんて成り立つのだろうかと思う。でもこんなベタな待ち合わせ場所で待ち合わせしてデートするなんて少女漫画のようなベタな恋愛してみたかった。

死んだはずの私の中の夢見る少女がいつの間にか生き返ってときめいていた。

待ち合わせの11時まであと数分だ。今日は一緒にご飯を食べて映画を見る予定だ。どんな顔の人なんだろう。妄想が止まらない。

『あの…久しぶりだね。』

ふと、背後から声をかけられる。久しぶり?誰だろうか。どこかで聞いたことがあったような声だ。振り向く。瞬間背筋が凍り、全身がこわばる。


私を救ってくれたのは、私を殺した人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「夢見る少女の死と生と」 まろう @marou_0221

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る