第61話 彼女の過去(レティ視点)

 ※この話は、レティ視点の話です。



 私の名前は、レティ・フォリシス。

 誇り高きフォリシス家の次女にして、神童と呼ばれている才能溢れる美しい天才です。


 お兄様に色々と言ってから、私は自室に戻ってきました。

 あれだけ言ったので、お兄様も考えを改めてくれたはずです。


「はあ……」


 それにしても、お姉様がお兄様に告白をするなんて、とても驚きです。

 もちろん、前々から好意を抱いていたのは知っていましたが、このタイミングとは。

 恐らく、原因は私がサルティス様との婚約の話を出したせいなのでしょう。そういう意味では、責任を感じてしまいます。


「お姉様がねえ……」


 しかし、お姉様も物好きな人です。

 あのような変人を好きになるなど、普通はあり得ません。まあ、私は妹なので、そう思うだけかもしれませんが。


「まあ、悪い結果にはなりませんよね……」


 最も、私はお姉様の恋が実ることを願っています。

 お兄様はどうでもいいですが、それだけは確かなことです。


「思い出しますね……」


 そんな中、私が思い出すのは昔のことです。

 それは、私がお姉様と出会った時のこと。




◇◇◇




 昔の私は、とても臆病な性格でした。

 厳しいお父様とお兄様に、静かなお母様。そのような家庭で育った私は、かなり歪んでしまっていたと思います。

 それに、貴族としての生活も、私にとっては苦痛でした。

 社交界などの場は、媚を売ってくる年上ばかりで、私は嫌気が差していました。私は天才でしたから、人よりもそういうことに敏感だったんですね。


 そして私は、引きこもっていました。外に出ることなく、自室にこもる。それが、私の生活でした。


 そんな私に、一度目の転機がやってきました。

 それは、お父様の変化です。

 お父様は、お姉様のお父様とお母様に助けられたことにより、大きく変わりました。

 それにより、我が家の生活も少しだけ変化していきました。お父様の優しさで、生活が少しだけ穏やかになったのです。

 しかし、私は変わりませんでした。

 というかむしろ、お父様が甘くなったので、引きこもりが加速したくらいです。


 しかし、そのすぐ後に私の二度目の転機がありました。

 それは、お父様がお姉様を連れてきた時です。

 正直、面倒くさいと思いました。既に、兄がいる身として、姉まで増えるなど面倒でしかない。私は、そう考えていたのです。


「えっと……」

「……」


 それから数日経った後、お姉様が私の部屋にやって来ました。

 一応、姉であるため、私は部屋にお姉様を入れて、話すことにしました。

 ただ、この時は簡単な挨拶をして、帰ってもらおうと思っていました。後々、面倒なことにならないように、そこで我慢して挨拶だけはしておこうと思ったのです。


「私の名前は、ルリアといいます。あなたの名前を、教えて頂けますか?」

「……」


 そんな捻くれた私に対して、お姉様は笑顔で話しかけてきました。

 この時私が思ったのは、お姉様の出自についてです。

 お姉様は、両親を亡くしてフォリシス家に来たのです。それなのに、その元気そうな様子なのが、私には不思議でした。


「レティといいます」

「レティ……さんですね」

「……別に、敬語を使わなくてもいいですよ。あなたは、私の姉になるのですから……」

「あ、は……うん」


 その頃の私は、少々変でしたから、お姉様に対してもおかしな態度をしていたと思います。今考えれば、とても恥ずかしいですが、過去のことですから仕方ありません。

 そんな私の態度にも、お姉様は笑顔で接してくれました。しかし、私は笑顔というものを信用していませんでした。そのため、お姉様に対しても疑心を持って、対応していたはずです。


「これから、よろしくね……レティ」

「はい、お姉様」


 その時の会話は、それだけで終わったと思います。

 しかし、私は後に知ることになるのです。お姉様のことを。




◇◇◇




 最初の挨拶から、お姉様は度々私の部屋に来るようになりました。

 何度も断っていた私ですが、十度目くらいに部屋に来られた時には、部屋に入れていました。流石の私も、断るのに心が痛んだのです。

 それに、お姉様は不思議と私も嫌と感じない人でした。今思えば、他の貴族とは違う思いやりを持っていたからでしょう。


「えっと……」

「……」

「今日はね。お兄様と……」


 ただ、私は何も話しませんでした。

 そうすることで、お姉様に早く帰ってもらおうと思ったのです。

 そんな私に対して、お姉様は色々と話してくれました。恐らく、距離を縮めようとしてくれていたのでしょう。

 ですが、それが私は嫌でした。必要以上に踏み込んでくる。それが、一番嫌だったのです。


 それからも、お姉様はずっと私の部屋に来ました。

 それを鬱陶しく思っていた私ですが、何度も来られている内に、私もそれに慣れてきました。特に喋ることもなく、お姉様の話を聞く日々が続いたのです。

 結局、お姉様は毎日部屋に来ることになりました。私も、それをだんだんと受け入れていました。




◇◇◇




 そんな日々が続いていく中、ある日お姉様が私の部屋に来ない日がありました。

 その日、私は少し心配になりました。お姉様に、何かがあったのではないかと。


「……」


 心配になった私は、久し振りに自発的に部屋から出ました。

 お姉様を、探しに行こうと思ったのです。


「レティ様……?」

「あっ……」


 部屋を出てすぐに、使用人に私は見つかりました。

 使用人も、私が部屋から出てきたことに驚いていました。

 ですが、それでも私は折れませんでした。私は、使用人にお姉様のことを聞くことにしたのです。


「あの、お姉様を知りませんか?」

「ルリア様ですか? ルリア様は、風邪を引いて寝込んでいます」

「風邪?」


 使用人からは、お姉様が風邪を引いていることを知らされました。

 昨日まで元気だったのに風邪とはと、私は驚いたものです。


「恐らく、疲れが溜まっているんだと思います」

「え?」

「ルリア様は、ここに来てから、慣れない環境で忙しくしていました。それでも、笑顔を絶やさず頑張っていました。でも、精神的に辛かったんだと思いますよ。両親を亡くして、まだそれ程時間も経っていませんし……」


 そこで放たれた使用人の言葉に、私はひどく動揺しました。

 私は、そのようなことをまったく感じていなかったからです。

 しかし、考えてみれば当然だと思います。そのような状態で、本当に元気な訳がないのです。


「あ、すみません。レティ様……」

「い、いえ……」


 そんな中で、私に何度も話しかけてきたお姉様に、私はかなり揺さぶられました。

 きっと、私に話しかける時も、お姉様は苦しかったはずです。中々、心を開いてくれない妹。それも、お姉様のストレスになっていたのではないかと、そう思ったのです。




◇◇◇




 次の日、お姉様はまた私の部屋を訪れていました。

 風邪は、一日で治ったようです。


「レティ、ごめんね。昨日は、風邪を引いてしまって……あ、でも、レティにとっては、その方がよかったのかな?」


 お姉様は、一昨日までと変わらない態度でした。

 そんなお姉様の姿に、私の心は突き動かされていました。


「お姉様が来てくれなくて、寂しかったです」

「え?」

「寂しかったんです」


 それは、私が初めて誰かに歩みよった瞬間でした。

 そこから、私とお姉様との距離が縮まっていきました。

 きっと、それが今のレティ・フォリシスの始まりなのです。

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