いつかの貰い物

苫田 そう

いつかの貰い物

  いつかの貰い物


 「あなたは他人に優しすぎる。」

 君がそう告げて僕の前に現れなくなってから、もう四年が経過した。

 もうあの頃のような青春を送れるような年齢ではないが、もう一度会うことが出来たら、君が僕に告げた言葉の真相を教えて欲しい。そしてまた二人肩を並べて歩きたい。


 そんな妄想をもう何回繰り返しただろうか。

 

近くのコンビニに行くついでに、よく君と座っていたベンチに腰をかけ、君を待ってみたり、君が好きだと言ってくれた僕のハンバーグを作って、君の帰りを待ったりもした。

 そんなことをしてみても、君が僕の前に現れないことなんてわかっている。 

わかっているのに、心のどこかで君に会うことを諦めていない僕がいる。

 そうやって同じことを何度も浮かべながら、二人分の布団を敷いて、一日に終わりを告げる。




 鳥たちが鳴き声と共に、朝を運んできた。太陽の光がまるで僕を笑うかのように射してくる。嫌になるくらい真っ直ぐだ。

 眠い目を擦り、おぼつかない足で、洗面へと向かう。顔を洗い、鏡を見ると、いつもと変わらない表情をした僕がいた。健康面では良い事なのかもしれないが、僕には面白味のない人、としか写らない。

 いつからだろう、時が軽く感じ始めたのは。中身など無く、ただ過ぎていくだけ。いくつかの感情は、過去に置いてきてしまったのかもしれない。

 夢は叶えた。叶えてからしばらくは、心が満たされていて、自分に降り注ぐ火の粉なんて、気にしないくらいに充実していた。

 だけど今は、それを淡々とこなしているだけで、心が少し寂しい。

 見るものほとんどが、モノクロ映画のようで。やっぱり何かが足りない。

 そんなくだらない妄想に耽りながら、支度をする。人形に着させるように、自分に服を着せ、自分の心まで開かないようにするために、ドアに鍵をかけて、一日が始まる。




 今日はいつもの大通りではなく、少し遠回りをして、仕事に行くことにした。

 大した意味は無いが、なんとなく人の波に飲み込まれるのが嫌だった。

 心にはいつものように、なにもない。

 それでも僕は前を見て、重い足を片方、また片方と交互に運んで行った。

 その時、帽子をかぶった髪の長い女性が、僕の横を通り過ぎようとしていた。

 その女性はあの頃の君の容姿にそっくりだった。

 僕は無くしたはずの期待を、隠すことが出来なかった。


 「あ、あの…!」



   ***


 

 あの後、夏に近づいてきた空気に押され、近くのファミレスで話をすることになった。

 僕が期待に身を任せ、話しかけた相手は、僕が探していた君……ではなく、君のお姉さんだった。

 それから、君のことについてお姉さんから、詳しく聞いた。そう、君が僕の前から消えた後のことを。

 


  君は四年前に、他界していた。



 小さい頃から体が弱かったらしく、僕と会った頃にはかなり重症化していたそうだ。

 その事実を聞いたとき、心にあった穴が、さらに僕を蝕んでいくのがわかった。

 頭が真っ白になり、針が全身を通っていくような痛みに、一瞬覆われた。

 僕が数多に浮かべた君への想いも、諦めきれない心も、全て無駄だったかのように、一気に目から涙と共に溢れ出てきた。

 その涙は冷たく、悲しみの色しかなかった。そんな時、お姉さんは何かを思い出したように呟く。

「妹が、『私の大切な人に会ったら渡して欲しい』と言ってたものがあるんですが、もしかしたらあなたなのかもしれませんね」

 そう言うとお姉さんは、何かを探すようにカバンを漁り始めた。

 僕はどうすればいいのか分からなく、ただ座っている。

「いつ会えるか分からないので、常に持ち歩いていたんです。」

 そう言いながら、僕に一枚の手紙を渡してきた。

「……ありがとうございます」

 僕はそう言って視線を手紙に移す。もう四年も経っているというのにとても綺麗だった。

 僕はその綺麗な紙を濡らさないように、冷たい涙を拭う。

 そして、ゆっくりと読み始める。

『病気のこと黙っててごめんなさい。』

 そうだよ、なんで黙ってたんだよ。言ってくれればもっと、もっと…

『私があなたに伝えていたら、あなたは私に会う度に泣いて抱きついてきたでしょうね』

 少しからかうような台詞だ。君がよく僕をからかってきたのを思い出す。

『あなたはとても優しくて、ちょっとドジで、でも時々見せる真剣な表情がすっごくかっこよくて。きっと私はあなたのそういう部分に惹かれたのね』

 ……

『そんなあなたと過ごした日々は、何にも変えられない、変えたくない宝物だった。』

 また、涙が溢れてくる。

『あなたが夢を追っている姿がとても好きだった。あなたは他人に優しすぎるから、私の病気のことを知ったら自分のことなんて放っておいて、きっと私に付きっきりになったでしょう。』

 でもその涙はさっきとは違って暖かくて、思い出と優しさの色をしていた。

『だから私はあなたと離れる事を決めたの。もっと自分に優しく、甘くなって欲しかった。あなたには絶対夢を叶えて欲しかったから。』

 どんどん涙が溢れてくる。さっきまで丁寧に扱ってた紙も、もうぐしゃぐしゃだ。

 過去に置いてきたはずの感情も、涙と共に溢れてくる。僕の世界に色をつけてくれるのはいつも君だな。

 こんなにも僕を想ってくれてるいたなんて。

『大好きな、大好きなあなたへ。こんな私を好きでいてくれてありがとう。あなたの幸せをずっと、ずっと願っています。ほんとうに楽しかったよ。』

 なんだよ。

 なんなんだよ。

 ほんとに、ほんとうに他人に優しすぎるのは、



君の方じゃないか。

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いつかの貰い物 苫田 そう @tomadasou2020

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