第63話 後を着ける者

 王からの半強制的な昼食の誘いに、ユリキュースは食堂へと向かっていた。


 ドアを開くと着席している者と魔法使いたちの目が一斉にこちらへと向く。

 王をはじめふたりの王子と姫、ジェラルド王子がそろっていた。


「王を待たせるとはいいご身分だな」


 ガルディン王子の嫌みを受けてユリキュースは軽く頭を下げる。


「遅くなりました。申し訳ございません」


 席に着く前に改めてそう言ってユリキュースは末席に座った。


 ユリキュースの住む建物は彼ら王族の住まいから離れた場所にあった。

 王子たちに声がかかった後にユリキュースへ声がかかる。遅れて当然だがこんな嫌味はよくあること。


(昔は王に手をあげられたこともあった)


 そう考えると王も丸くなったものだとユリキュースは思う。


 それぞれの魔法使いと、ジェラルド王子の護衛ジャスティスが壁を背に主の後方に立っている。

 王の魔法使いガストームがおもむろに王に近づいて咳払いした。


「私は退席させてもらいます。よろしいですね?」

「どうした?」


 ガストームに目を向けることなく王が問う。


「魔法使いが3人もいれば十分でしょう。久し振りに孫の顔を見てきます」

「うむ、老人を立たせているのも忍びない」


 渋い顔のまま王がガストームの背を叩く。ひょいと上げた王の顔がわずかに笑っていた。


「プレゼントを贈ってやるといい」


 ガストームが王の肩を軽く叩いて笑う。


「では魔法使いはお役御免。爺の顔に戻りましょう」


 手のひらを顔の前で上から下へとスライドさせてガストームは笑った。

 王がさっさと行けとばかりに手をひらひらさせる。


「私もそろそろ正式な孫を見たいものだ」


 王の言葉にガルディンとルガイが苦笑いする。




 王の前を後にしたガストームは孫の所にはなく、ユリキュースの寝所に来ていた。

 中には入らず庭の植え込みの側に立つ。シュナウトの結界のすぐ外にいた。

 そして、ガストームが鋭く指笛を吹く。


「おう、来たな」


 差し出すガストームの腕に音もなく留まったのはフクロウに似た鳥だった。

 羽を広げれば2メートルはあるだろうか。ずんぐりとした姿に鋭い金目を持つ鳥は、ガストームに頭をなでられて嬉しそうに目を細めている。


「あちらに行った証拠に何か持って帰っておいで」


 ガストームが合図して腕を振ると、鳥は彼の動きに合わせて飛び立ち植え込みを越えた。


 弧を描いた鳥が建物に近づく。


くうちょうやく


 ガストームが唱えた直後に鳥の姿は空間に飲まれた。






「ねぇ、亜結。何かあった?」

「なにって?」


 大学の食堂のテラス席。

 亜結のとなりに座る秋守にちらりと目線を向けて姫花が言った。

 わくわくとしたこの感じは恋愛系のネタを欲しがっている。


「何もないよ」


 はぐらかす亜結の頬を姫花がなでて、亜結はその手をのけた。


「うふぅん、怪しい」

「な、なにが?」

「いつもよりお肌が艶々してる」


 そう言って姫花が亜結に顔を寄せる。


「夜、したでしょ」


 ぼっと顔を赤くする亜結を見て、姫花は口を押さえながら歓喜の声を上げた。


「きゃあ! 嫌だぁ! そうなの!? 本当に!?」

「姫花ったら! ちょっと!」


 萌える姫花を止める亜結は必死だ。見かねた黒川が姫花の腕を引いた。


「いい加減にしとけ」


 黒川が「すまない」と秋守に目線を投げる。秋守は苦笑しながら眉を掻いていた。


「いいなーー。僕も彼女が欲しい」


 ひとりむくれているのは春田だ。


「春田先輩の好きなタイプは?」


 ここぞとばかりに亜結が食いつく。


「胸がでかくてウエストが細くてお尻が大きい」


 黒川が相づちを入れる。


「ボンキュッボンな」

「昭和のおじさんかよ」


 笑いながら秋守が突っ込んだ。


「これはマスト、永遠のロマンだ! 入れ食いのお前にわかるかぁーーっ!」


 キレ芸よろしく叫ぶ春田に皆が笑って、黒川がぽろりと言った。


「入れ食いってお前、確かに入れるけどさ・・・・・・」


「おい!」


 秋守に止められて黒川が口を閉じる。

 女子ふたりが引いていた。


あゆむ、最低ーーっ。どこでお酒飲んできたの!?」


 姫花がテーブルの下で黒川の足を蹴る。


「いてっ!」

「昼間からやめてよね」

「あ・・・・・・悪い、乗り過ぎた。お前のせいだぞ」


 黒川が姫花に謝ってから春田を蹴った。


「痛ッ! なんだよぉ・・・・・・。僕は彼女が欲しいだけだよぉ。デートしてキスしてラブホ行ったりしたいんだよぉ。僕のどこがダメなの?」


 一瞬、間があって、


「そういうところ」


 と、4人の声がそろった。


「空気悪くなったから何か飲み物買ってこい」


 黒川に言われてしぶしぶ席を離れた春田。その姿を見ていた黒川が秋守に小さく「おい」と声をかけた。


 ふたりの視線を受けた女の人が、少し迷ってこちらに歩いて来る。

 亜結と姫花が目を合わせた。しかし、どちらも面識のない人物だった。


 近づいてきた彼女は大人しそうな人だった。気まずそうに目を伏せて、それでも何か言いたそうにしていた。

 その気配が秋守に向かっているのは端から見ていてもはっきりとわかる。


 言い出しにくそうな彼女を見て姫花が「行こうか?」と亜結に目配せする。亜結も頷いて立ち上がりかけた。


(・・・・・・あっ)


 その亜結の手を秋守がにぎって止める。


「先輩?」

「亜結はここにいて」


 肘掛けごと手をにぎりしめられて、亜結は浮かせた腰を下ろした。


「黒川、席外してくれるか?」

「嫌だね。僕も聞きたい」


 黒川は意外に頑固だ。言い出したら聞かない。だからそれ以上は言わなかった。


「虻川さん、僕になにか用?」


 虻川と呼ばれた彼女は胸の前で手をにぎり言葉を探して黙っていた。

 彼女の言葉を待って秋守と黒川がじっと見つめる。

 亜結と姫花は3人の顔色をうかがって黙っていた。


「あの・・・・・・私、こんな事になるなんて思わなくて・・・・・・」


 虻川の声は少し震えていて、顔を上げた彼女の目は潤んでいた。


「ほんの少し・・・・・・困らせたくて」


 虻川の目がちらりと亜結に向いた。


「ほんの少しだって!?」


 立ち上がりかける黒川の肩を秋守が押さえる。


「ごめんなさいッ!」


 虻川が深く頭を下げて、涙がひとつぶ落ちるのを亜結は見ていた。


「怪我をさせるつもりじゃなかったのッ。あんな事になるなんて思わなくてッ」


(この人なんだ、私を突き落としたのは)


 驚き見上げる亜結の前で虻川がせきを切ったように喋っていた。


「秋守君に振り向いて欲しくて! だって、優香があなたと出会うより前から私はあなたを好きだったのよッ」


 自分の胸を叩きながら必死の形相で虻川が捲し立てる。

 長い髪の大人しげな虻川が声を荒らげている。


「彼女より先に好きになったのに! でも、秋守君が幸せならって付き合うのを反対しなかったッ! 楽しそうな秋守君を見られて・・・・・・私、幸せだった・・・・・・」


 テーブル席に座る4人はただただ彼女の訴えを聞いていた。


「別れたって聞いて、秋守君のそばについていてあげたかった。だけど・・・心の傷が癒えるまでって思って・・・・・・待ってたのに・・・・・・」


 虻川の目が亜結へ流れる。


「待ってたのに・・・・・・なんで?」


「待ってくれなんて、僕は一言も言ってない」


 秋守がぴしゃりと言った。



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