第45話 王の帰還

 騎馬兵の列を前後に配して6頭立ての馬車が3台走っていた。


 赤の種族の住む地と分けるように高い峰が横たわる大地。

 高い山並みを背にバルガイン王の率いる兵士と馬車の長い列が王都を目指して走り続けていた。


 馬車といってもテーブルセットやベッドが置かれた大型の物で、小ぶりの部屋をひとつ引いているようなものだった。

 その馬車を引く馬も大きく、私たちの知る馬の倍はありそうなごつさ。黒毛が重量感を高めている。


「見えてきましたね」


 ソファーから立ち上がった魔法使いガストームは、進行方向の窓辺にたたずむ王の横に立って声をかけた。


 地平線に城が見えてきていた。


 先の尖った鉛筆を束ねたような白い塔。落城後、地理的にも使い勝手が良くそのまま居城とした白亜の城。

 城下町は大地に隠れてまだ見えないが、小高くなった中央に建つ城ははっきりと見ることができた。


「わしも年を取ったか」


 城を見据える王の独り言にガストームは目を城から王へと移す。


「あれを見て懐かしいと感じる」


 ガストームは黙って耳を傾けていた。


「城を見て安堵するとは・・・・・・。ただ、戦の合間に安心して体を休める場所というだけだったはずが。ここ数年戦をしていないからか? ん?」


 王が睨み付けているように見えるのはいつものこと。

 恰幅良く背も高い王。60才を過ぎてもなお、その体から発せられる人を威圧する空気に衰えは感じられない。


「揺るぎない王国を築いた。王の心がそう実感しているのではないでしょうか」


 バルガインは唸るように息を吐いて城を見つめる。


「また、戦をしたくなりましたか?」


 ガストームの質問に王はかぶりを振る。


「戦か・・・・・・」


 平和ボケの青の者など赤子の手を捻るようなもの。そう言って笑ったこともあった。そうは言っても、国を5つ攻め落とすのに20年かかった。


「最近ではそれとほのめかせば近隣の国が忖度そんたくして、なんでもそろえてもってくる」


 ガストームが頷く。


「攻めずともすでに王の支配下にあるのとかわりません」


 ガストームの言葉に満足そうに頷いたバルガインはソファーに深々と腰を下ろした。


「戦果を見せよと婿むこき付けてみるのも一興いっきょうか」


 王が後方に目を向ける。

 姫の婿となる王子を乗せた馬車が目の届く距離で着いてくるのが見えた。


「王の気に入った婿殿、姫が受け入れるとは思えません。一緒に帰途につくのも嫌がられておられました」


 王が苦い顔をする。


「意中の者がおるからか?」

「姫は王に似て意思の堅いお方。簡単に折れるとは思えません」


 バルガインは「はっ」と苦々しく笑い、小さく唸った。


「青の王子をどうなさるおつもりで?」


 片手を上げる王の手にグラスを渡し、ガストームが酒を注ぐ。


「あの力を余興にするのも飽きた。戦もなければ必要はないだろう。しかし・・・・・・。誰かにくれてやるのも惜しい」


 酒をぐいとあおって顎髭をなでるバルガインをガストームがじっと見つめる。


「ただ殺したのでは姫の反感を買う。何かの駒に使うか、それとも・・・」


 一点を見つめる王は親指で唇を撫で考えを巡らす。


「それとも」


 ガストームはかすかに耳を寄せた。


「結界に隙を作ってやって逃亡罪で殺してしまうか」


 れ言のように聞こえながら真剣な気配をまとった言葉だった。





「王が帰ったか」


 祝砲を耳にしてユリキュースがそう呟いた。

 外壁の門をくぐって城の門に到達するまでにはまだ少し間がある。走らなくても玄関で出迎えの列に並べるだろう。


「王子様、どうぞ」


 フィリスにかえられるまま真っ白なローブを身に付ける。


「うっ・・・・・・、この香り」


 ユリキュースが顔をしかめた。


「王様の好きなこう、お嫌いですか?」

「ああ、どうも苦手だ。頭が痛くなりそうな感じがする」


 デボラの点数稼ぎ。いつもより香りがきつい気がした。


「体調のせいか、香りがまとわりつく感じがして今日は特に嫌な気がする」


 壁際でリュースがすまなそうにたっている。その姿を目にしてユリキュースは微笑みを返した。


「シュナウト、あれは毒ではなかったのだろう?」

「え? あ、はい」


 朝のうちに秘薬の話を王子に伝えてあった。

 シュナウトは今頃なぜと思ったが王子の視線を追ってなるほどと話を続ける。


「異臭はありませんでしたし、小魚も死にませんでした。毒ではありません」


 秘薬の話をしているのだとわかって、リュースは顔を赤くしたり青くしたりしている。


「幸運を呼ぶ秘薬だと言われて受け取ったのだとシュナウトから聞いた」


 王子とシュナウトの顔を交互に見て、リュースの表情が明るくなった。


「そう聞いたら使ってみたくなるな」


 ユリキュースは嘘をついた。彼女の恋心を傷つけないように。


 自室を出て出迎えの列に並んだユリキュースはこめかみに手を当てて辛そうにしていた。


(まったく、みな同じ香を焚いたのか? あちらこちらから香りがする)


 出迎えのあとは謁見、食事会と続き夜の会食後まで自室へは戻れないだろう。

 先が思いやられるとユリキュースが肩を落とす頃、王の車列が到着した。


 ひとつ増えた馬車に出迎えの者達の関心が集まったのは言うまでもない。



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