第43話 現実と実在
黙ってテレビを見る亜結の前で王子とシュナウトの会話は続いていた。
「お金を見たことは?」
ユリキュースは静に首を横に振る。それを見てシュナウトは小さく息を吐いた。
「母君が捕らえられていないと知ったとき、王子がここを出ようと言わなかったことが不思議でした」
王子の心が「そうだろうな」と呟く。
「読み書きや計算ができる王子がお金を見たことがないなんて思ってもみませんでした」
眉を上げたユリキュースが口を軽くへの字にしてため息をついた。
「幼い頃に住んでいた離宮には教育係りがいた」
それを聞いてシュナウトが頷く。
「ここに来てからはいない。何を知らないか問うより知っている事を聞いた方が早そうですね」
王子が頷く。
「何を知らないかすらわからないからな」
シュナウトと目を合わせてユリキュースが苦笑いした。
「たった一歩。
その先の言葉に迷ってシュナウトが黙る。
(知らないことに気づかないほど子供だったら)
あるいは・・・と亜結は思う。
ある程度知恵がつき体力のある頃。中学生くらいの年頃に母という
「ホルシュがいてくれたら」
呟いたユリキュースが思い浮かべたのは40才前後の魔法使いの姿だった。
「お、お祖父ちゃん!?」
その男の人には祖父の面影があった。
「お祖父ちゃんだ。ユリキュース覚えてたのね!」
亜結の知っている祖父よりずいぶん若い姿だった。それでも胸にくるものがあって目がじんわりと
『王子の魔法使いだった私から称号を受けても亜結が王子の魔法使いになるわけじゃない』
祖父の手紙の一文がよぎった。
「わかってる。でも、王子の手助けしてほしいんでしょ? お祖父ちゃん」
ぽろりとこぼれた涙を亜結がぬぐっている間もユリキュースが思い返す映像が画面に流れていた。
幼い女の子と遊び花冠を頭に乗せてあげる光景。泣きじゃくる女の子を抱きしめてなだめる姿。
でも、その少女は亜結ではなかった。
「・・・誰?」
映像が切り替わって、女の子の手を握り幼いユリキュースが走っていた。王子の手がほどけた次の瞬間、亜結は絶句した。
「リュシュ!」
幼いユリキュースの叫ぶ声がする。
背後から切りつけられて女の子がゆっくりと倒れこんでいく。
「お・・・兄さ・・・ま・・・・・・」
光を失った瞳がユリキュースを捉えていた。
「リュシュ! 離して! リュシュがッ!!」
誰かに担がれてユリキュースが妹から遠ざかっていく。
その映像はすぐにかき消えた。
「王子、ホルシュとは・・・最初についていた魔法使いの方ですか?」
黙ってユリキュースが頷く。そのとき、ドアがそっと開いてフィリスが薬湯を持って入ってきた。
「少し話しすぎましたね。その方のことはまた次の機会に話してもらえますか?」
頷く王子を見てシュナウトは部屋を出ていった。
亜結は電車のなかで昨夜のことを思い返していた。あれで良かったのか、関わりすぎてはいなかったかと考えても答えは見つからない。
病院へ向かう秋守に付き添ってか見守られてか、横並びに座って車窓を眺める。
膝の上に置いた手をふいに握られてどきりと目を落とすと、それは秋守の手だった。彼へ目を向けると横顔のまま秋守はそ知らぬふりをしていた。
ほっこり嬉しくて握り返す。
秋守の手が亜結の手を握ったまま、ふたりの膝の間に引き込んで隠す。
「一緒にいるのに手が繋げないなんて、松葉杖が邪魔すぎる」
亜結の耳に口を寄せて秋守がそう言った。
(妬いてるの? 松葉杖に?)
秋守の小声が耳をくすぐって焼きもちに心をくすぐられて顔がついでれてしまう。
昨日と今日と一緒にいるのに、慣れない松葉杖のせいで彼の顔さえちゃんと見ていない気がする。
「そういえば」
と、秋守が亜結へ目を向けた。
「テレビドラマにハマってるって?」
亜結が目を点にしてみつめる。
「ハンサムな王子様にかぶりつきだって栗原さんから聞いたよ」
姫花を栗原さんと名字呼びする秋守の距離感が好きだと亜結は改めて思った。
「あぁ、味方の少ない孤独な王子様の物語」
「好きなの? 王子様のこと」
秋守が覗きこんでくる。
「え? いや、主人公だから・・・つい親身になって見ちゃうだけで・・・・・・。好きとか、そういうようなことではなく・・・」
困ってもごもごする亜結を見て秋守が笑う。
「松葉杖に嫉妬はしてもドラマの主人公に嫉妬はしない」
真面目に松葉杖とユリキュースを並べて話す秋守に、亜結は少しひきつっていた。
「じ・・・実害はないもんね、松葉杖と違って」
「うん、現実にはいない人だからね」
亜結は曖昧に笑った。
(現実にいないと言えばいないんだけど、別の世界では実在する人物・・・だったりするという・・・・・・うーうー)
自分の部屋で
「いつだったか、栗原さんとふたりで話してたら黒川に睨まれたよ。自分は人の彼女にちょっかい出すくせにさ」
珍しく秋守が愚痴っている。
「人の彼女にちょっかいを?」
「うん、よくやってるでしょ」
「ん? そう? 私は見たことないかな」
秋守が「気づかないの?」という顔でこちらを見ている。
「うん?」
「僕の目の前でよくちょっかいだしてるだろ? 亜結ちゃん可愛いね今度デートしない? とか」
「え? あ、人の彼女って・・・私?」
彼女という単語にピンとこなかった自分とその言葉に赤くなる。
(彼女、彼女かぁ・・・ふふふ)
ほくほくと幸せにひたっている亜結の頭に激痛が走った。
「痛ッ」
頭の上に落ちてきた物、それは本だった。しかも、狙ったように角がガッツリ当たっている。
「あ、ごめんなさぁい」
見上げると、つり革につかまる知った顔があった。
「狩野さん・・・」
サークルの歓迎会で亜結に飲み物をぶちまけた彼女が、すまなそうな顔を作って立っていた。
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