第42話 展望

 数少ない王子の部屋を見て回ったシュナウトは「しゅう」と呪文を唱えて広い範囲を確認することを怠らなかった。


(んー・・・どういうことだ?)


 リュースとフィリスの側に戻ってきたシュナウトが心のなかで唸る。


(魔力を感じるのが厨房と廊下だけとは・・・)


 たどる気配の先がない。それは妙な事だった。

 魔法使いの居場所を特定できなくても、相手が上手く気配を消したとしても途中までなら辿たどれるはず。しかし、点として力を感じるだけ。


「リュース。あの声が言っていた“それ”とは何だ?」


 シュナウトに見下ろされてリュースが頭をふった。

 あの声の主が味方かどうかはわからないが、王子の身を案じているような言い方からして少なくとも敵ではないだろうとシュナウトは感じていた。


「何か知っているんだろう?」

「私は・・・何も・・・・・・」


 そう言って首を振るリュースの手がスカートの腰辺りに触れる。シュナウトは彼女の手の動きを逃さなかった。


「今、持っているのか?」


 シュナウトに問われてリュースが手を握りしめる。その場所に内ポケットがあることをシュナウトは知っていた。


「出しなさい」

「こ、これは違うんです」


 リュースはシュナウトから目をそらしたまま小声でそう言った。


「王子に毒を飲ませたのか?」


 リュースがはっとした顔をシュナウトに向けた。


「毒だなんて・・・!」


 慌ててリュースがフィリスへと助けを求める。


「毒じゃなかったら何だ?」

「毒なんかじゃッ・・・・・・」

「リュース」

「違いますッ! 毒なんかじゃありません。違います!」


 必死に首を振るリュースの顔をしゃがみこんだシュナウトが睨み付ける。


「出しなさい」

「これは違うんです!」


 リュースはそれを握りしめて繰り返した。


「王子の口にする物に何を入れた!」


 シュナウトの問い詰める声にびくりとリュースが固まる。


「何かを入れたんだな? そうだな?」


 固まっているリュースにシュナウトが確信した。


「シュナウト様、落ち着いて」


 今にもリュースの胸ぐらにつかみかかりそうな勢いのシュナウトに、フィリスは思わず声を挟んだ。


「声が大きすぎますッ。王子様が目を覚ましてしまいますよ」


 そう言われてシュナウトは大きく息を吐いた。


「リュース、隠している物をシュナウト様に見せてくれる?」


 優しくフィリスが声をかける。


「・・・・・・でも、これは」


 迷うリュースへ優しく目を向けてフィリスが頷いてみせる。


「あなたが王子様に毒を飲ませたなんて思ってないわ」


 リュースの手が迷いながらもポケットから小瓶を取り出し、シュナウトの手のひらへそれを置いた。


「これは?」


 シュナウトの質問からしばらくの間があって「秘薬」とリュースが答えた。


「秘薬?」

「デボラさんが恋の秘薬だって・・・」


 恥ずかしそうに目を伏せてリュースがぼそりとそう言った。


「魔法使いに作らせた・・・余りだからあげるって・・・・・・」


 シュナウトとフィリスが黙ったまま目を合わせる。リュースは肩を落として小さくなっていた。

 誰かに知られたら秘薬の効果はなくなってしまう。そう信じているリュースは落胆していた。


「リュース、君はデボラに騙されてる」

「え?」


 しゅんとしていたリュースが顔を上げた。


「このボトルからは魔法の力を全く感じられない」


 シュナウトは残念そうにリュースに目を向けた。


「え・・・そんな・・・・・・」


 彼の表情に嘘がないとわかるとリュースは唇を噛んだ。


「これは私が持っておく。いいかい、デボラに何か聞かれたら使ってるふりをするんだ」


 シュナウトに頭を撫でられてリュースはこくりと頷いた。


「ああ、良かった」


 亜結はほっとため息をついた。


「リュースはおとがめ無しね」


 そう言って亜結は笑う。


「味方だと思ってもらえなくても聞く耳をもってくれるだけでありがたい。とりあえず、今日は一旦終わりにして・・・」


 と、小箱に手をかけた時にシュナウトの声が聞こえてきた。


(今までは男の気配だったのに、先程のは女だった。しかも気配どころか声をかけてくるとは)


 疑うというより心配そうな心の声だった。


(力の先をたどれなかった。王子は標が異世界にいると言っていたが・・・、あれは標についている魔法使いだろうか?)


 シュナウトはそんな事を考えながら王子の寝室へと入っていった。


(異世界から接触してきたのか? だから先がたどれないのか?)


 王子の寝顔を見つめながらシュナウトは考えを巡らせる。


(赤の魔法使いに感づかれなければいいが・・・・・・)


 心配するシュナウトの声に祖父の声を重ねて聞いて、亜結は少し不安になった。


(私、やりすぎたかな・・・。他の方法を考えて行動するべきだった?)


 どこまで踏み込んで良いのかについて祖父からの手紙には書かれていなかった。


「王子、お目覚めになられましたか」


 シュナウトの声に亜結は画面へ目を向けた。


「・・・ずいぶんと、寝ていた気がする」

「ええ、午後はずっと」

「もう、夜か?」

「はい。何か口に入れた方がいいですね。食べられそうですか?」


 渋い顔をする王子へ近くにいたフィリスも声をかける。


「薬湯を飲んでいただきたいんですが、胃が空っぽなのもよくありません」

「わかった。少しだけ・・・」


 頷く王子を見てフィリスの顔が明るくなった。そしていそいそと部屋を出ていった。


「・・・・・・王は、明日帰ってくるんだったな」

「はい、明日。昼は過ぎるそうです」


 王子が思案げに黙り、それをシュナウトが見つめる。


「体の調子がよくなったら王宮から逃げ出しましょうか」


 シュナウトが少しいたずらっぽくそう言った。

 明るい表情のシュナウトとは対照的にユリキュースの表情は暗かった。


「母君が居ないこともわかりましたし、ここにいる必要はないでしょう?」


 さらりと言うシュナウトに対してユリキュースは力なく笑った。


「・・・・・・外に出れば自由になれるか」

「ええ」

「外ではお金という物が必要なのだろう?」


 ユリキュースが真顔になる。


「行く当てもない、会いたい人もいない。お金をどうやって手に入れたらいいのかも私は知らない・・・・・・」


 ユリキュースが目を落とす。


「家臣もかくまってくれる者もいない?」


 王子の言葉にシュナウトが続けた。


「王子は武術に長けていらっしゃる。用心棒で稼げますよ」

「かせぐ・・・。用心棒?」


 言葉の意味すら知らない王子にシュナウトは笑った。


(先が思いやられる)


 シュナウトは呆れながら、それでも王子の側にいたいと思った。いや、側に付いていてあげなくてはと思っていた。


「そうです。兵士が王を守るように人を守る仕事があるんです」

「それなら私にもできそうだ」


 ほんの少し王子の表情に光がさした。


「王子はハンサムだから食べるのにも困らないと思いますよ」

「顔と食べることに何か関係が?」

「女達がほっておかないでしょうから」


 ユリキュースにはピンときていないようだった。


「あなたの銀の髪を見て協力する者も現れるでしょう」


 明るく話すシュナウトにユリキュースの表情も明るくなる。


「そなたの話を聞いていると生きることが容易く思える」


 シュナウトが笑顔を向ける。


「王子がその気になれば私は手助けします。どこまでもお供しますよ」


 ユリキュースが儚げに微笑んだ。


「二流魔法使い一人では心許ないですが、仲間が見つけられそうに気がします」


 シュナウトの心が続けて言った。


(標とその魔法使いが手を貸してくれたなら打開策を見つけられるかもしれない)


「え? わたし?」


 テレビの前で亜結は困った顔でシュナウトを見つめていた。




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