第22話 想い思う心
ふつりと画面が暗くなり、眉間にしわを寄せ目を吊り上げた自分の顔が写る。亜結はじっと画面を見つめていた。
「人の命をなんだと思ってるの・・・?」
声に出して言わずにはいられない。布団をにぎりしめて亜結は奥歯を噛む。
(人をおもちゃみたいに!)
青髪の娘の姿がよぎり思わずぎゅっと目を閉じた。
「外人ってさ付き合ったらすぐさせてくれるのかなぁ」
高校時代のなにげない男子の会話が浮かぶ。
「キスもエッチも初デートでゲット出来んじゃね?」
亜結は両耳をふさいだ。
(人をおもちゃかゲーム見たいに・・・!)
腹立たしくてしかたない。にぎった手で床を叩く。
「ルガイの思い通りにはさせない」
今、この事を知っているのは亜結だけ。亜結は口を一文字に目をくっと見開いた。
「知らせなきゃ・・・」
しかし、どうすればいいのかと思案する。
床に転がった小箱を拾い上げて見つめた。開いたままの蓋を閉じ、祈るようにゆっくりと蓋を開けてみる。
テレビは暗いまま変化はない。
「・・・そうよね。前もそうだった」
怪我をしたユリキュースが部屋から姿を消したあと同じことをした。あの時と同じだ。
「いつも勝手に写して気まぐれに消えちゃう」
こちらの意思とは関係なく点いては消える。
「見せたいものを見せて、こっちのタイミングなんてお構いなしなんだから・・・」
そう、何となく意図を感じた。
初めて見たのはユリキュースがいじめを受ける場面が含まれていた。2度目は狩りの計画。そして今度はルガイの
「でも・・・」
まるで先を読んでいる様な見せ方。
「私に・・・知らせたがってるの?」
亜結はテレビに目を向けた。
「私に知らせてどうするの? 私に何が出来るっていうのよ・・・」
テレビとペンダントの関連だけはわかっている。しかし、それ以外なにも知らない。何も思い通りにできない自分にどうしろというのか。
5分、10分と待ってもう一度小箱の蓋を開けてみる。が、変わりはなかった。
初めてテレビが点いた時を思い起こしてペンダントを撫でてみたりもした。それでもテレビは点かず、亜結は溜め息をもらした。
(大丈夫、まだ時間はあるわ)
あちらの世界もまだ夜が明けていないはず。夜に召し使いを叩き起こしたとしても準備が整うのには時間がかかるに違いない。
「ルガイは少しずつでもいいと言ってた」
彼らの故郷はどれほど離れているのか亜結にはわからない。城の中しか見たことがなく、彼らの移動手段が何かも知らなかった。
「剣をさげているようだったから、乗り物は馬車かも・・・」
何にしてもユリキュースへ伝える手段を見つけないことには動きようがない。
じりじりと時間だけが経ち、カーテンの向こうに明るい気配がし始める。
バイクが走っては止まり、止まっては走り過ぎる。新聞配達か・・・。
「じっとしてても仕方ないな・・・。授業は受けないといけないし・・・」
大学の事を考えて秋守の顔が浮かんんだ。
「先輩は・・・、きっと大丈夫よね?」
スマホに手を伸ばしてやめる。まだ寝ているかもしれない時間だ。
その後も、目が覚めた頃か朝食を食べている頃かとスマホに手にしては指を止めた。
いつもより早く朝食を済ませてスマホに目をやる。
「そろそろ、いいかな・・・」
手にした瞬間にスマホが音をたてて亜結はびくりと肩を震わせた。
画面を見ると秋守からのラインメッセージ。「おはよう」と文字付きのキャラが動いている。亜結はスタンプを返そうとしてすぐにやめ電話をかけた。
スタンプや文字じゃなく、秋守の声が聞きたかった。
「先輩お早うございます」
「おはよう」
秋守の声はかわりなく穏やかだ。
「はぁ・・・・・・良かった」
亜結の口から思わず言葉がついて出た。その声は小さく息を吐くようだった。
「・・・どうかした?」
秋守の気遣う声がする。
「えっと、あの・・・。嫌な夢を見て・・・少し心配だったから」
亜結は慌てて声のトーンを上げる。
笑う秋守の明るい声が亜結の心を引き上げてくれた。
「笑わないでください。すごく不安で嫌な気分だったんですよ」
自然と笑顔になっていた。
話す相手が秋守だから、ほんの少し甘えた声になる。
「わかった。こんど嫌な夢を見たら電話して、夜中でもすぐ駆けつけるから」
秋守の声と言葉が心強かった。
「うん」
「寝付くまでずっとそばにいるよ。手を出したりしないから心配しないで」
そう言って秋守が笑う。
(秋守先輩・・・)
急に胸がつまって鼻の奥がジンとする。
秋守ならきっとそうしてくれるだろう。ベッドサイドで手を握ったまま見守っていてくれるに違いない。
その姿がなんなく想像できた。
「今日は1時限目から?」
「はい」
「じゃ、一緒に行こうか」
「一緒に行きたいです!」
飛び付くような亜結の声に、一瞬黙った秋守が笑う。
「なんだか今、抱きしめられた気がした」
おどける秋守に亜結が言った。
「数分後には現実になるかも」
秋守のはにかむ気配が伝わる。亜結も少し頬を染めて黙った。
ユリキュースのために出来ることは今はない。したくを終えた亜結がテレビへちらちと目を向ける。そして、ペンダントの入った小箱を鞄に忍ばせた。
(持っていて何になるってわけじゃないけど)
何となく落ち着くような気がした。
(私が傷を治せるなら・・・。本当にそんな力が私にあるなら、他にも何か出来ることがあるかもしれない)
異世界に繋がるテレビがあってペンダントが手元にある。これは何の偶然だろう。
沢山ある遺品の中からなんとなく選んだ物だったはず。
引かれたのか、引き寄せられたのか・・・・・・。
亜結は坂道の途中で待つ秋守に駆け寄って飛び付く。
「危ないよ」
笑いながらきゅっと抱きしめる秋守の胸に頬を寄せた。
「先輩の心臓の音が聞きたかった」
少し早い鼓動にほっとする。
「生きてるよ」
「うん、生きてる」
秋守が亜結の後頭部を優しく撫でる。
「困ったなぁ・・・」
亜結が見上げると秋守が眉を寄せていた。
「どうしたんですか?」
「大学、ズルしたくなる」
そう言って秋守が亜結の額を指で弾いた。
「痛ッ」
額に手を当てる亜結のもう片方の手を取って秋守が引っ張る。彼に手を引かれて大学へ向かった。
ごく普通の日常が始まる。
ユリキュースも朝食を終えた頃だろうか。
(きっと大丈夫)
何の変わりもない一日が彼にも始まっている。まだ大丈夫と亜結は自分に言い聞かせた。
(秋守先輩はすぐ会えて顔も見れるのに)
ユリキュースはそれが出来ない。
(会いたいんじゃない、伝えたいだけ。伝えなきゃ)
亜結だけが知っている命に関わる情報を伝えたい。
テレビを自由に操作する方法はないか、見たい映像を写すにはどうすればいいのか。どうしたらあちらに行けるのか、声だけでもどうにかならないか・・・。
同じところをぐるぐる思考が巡る。
(こんなこと、相談できる人なんていないし・・・・・・)
浮かない表情で亜結は車窓を眺めていた。
窓ガラスに写り込む亜結の顔を、心配げな表情の秋守が見つめていた。
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