第21話 ルガイの企み

 静かなテレビから低く太い男の声が聞こえてきた。


「ルガイ様、こんな時間に何をなさっているんですか?」


 ユリキュースを苛めていたあの席に立ち会っていた男の一人。年の頃は50代か。


(シュナウトさんが魔法使いって言ってた人だ)


 赤毛で体格のいいその男は、魔法使いというより指揮官の方が似合って見える姿をしていた。

 ルガイは自分の魔法使いをちろりと見ただけで、相変わらず爪を噛んだまま。


「何か悩み事でも?」


 魔法使いの声は退屈そうで、またか・・・という空気をまとっていた。


「・・・私は殺される」

「誰が貴方を?」


 小さく溜め息をもらして魔法使いの男が聞いた。


「父上に」

「それは・・・恐ろしい事ですね」


 本気になどしていない。男の声はそう言っていた。


「ばれたら殺される!」


 唐突にルガイが大声を上げて立ち上がった。まるで癇癪かんしゃくを起こした子供のようだ。


「ユリキュースが悪いんだ! あいつが首をへし折るって言うから!」


 魔法使いの男は呆気にとられて首を傾げた。


「ユリキュース王子と何があったのですか? ・・・・・・狩りの時に?」


 ルガイは落ちつきなく椅子とベッドの間を歩き回りながら「そうだ!」と言った。

 狩りに行った後から様子が少し変だと男も感じてはいた。


「私を置いて一人になった時ですか?」


 一瞬、立ち止まったルガイの表情に恥ずかしさと悔しさがにじむ。


「ああ、そうだ。あいつの母親は捕らえられていないと言った。言わされた!」


 そう言ったルガイはまた椅子の上で丸まった。

 年のころはユリキュースと変わらないように見えるのに、その姿は子供のように見える。


「あいつが逃げたら・・・・・・私は父上に殺される・・・」


 抱き抱えた両膝に顔を埋めて、ルガイは小さな声でそう言った。


「心配する事はありません」


 魔法使いは気に止めていない様子。


「王とバルディス王子それぞれの魔法使いと、そして私の3人の力で王宮に結界を張っています。一歩でも王宮から出ればすぐにわかりますから」


 ルガイは少し顔を上げて目だけを魔法使いに向けた。


「あいつが自殺でもしたら?」


 魔法使いの目がぴくりと動く。


「何故こうなったか調べられたら?」


 ルガイはぼそぼそと言い、魔法使いが唸る。


赤髪せきはつの種族なら自殺など考えはしないだろう・・・しかし・・・)


 魔法使いの心の声が、ナレーションの様に黙るふたりに被って亜結に聞こえてきた。


(戦で死ぬことを美しいと思い、自殺を逃げとして恥じと思う我々とは違う)


 青髪せいはつの種族は精神性を尊ぶ。愛する者のために生き、心清くあろうとする。


(自分の行いで母に害が及ぶと思うからこそ、青の王子は今まで耐えてきたに違いない)


 魔法使いの心がくっきりと伝わってくる。そしてルガイが言った。


「私が犯した娘はその夜のうちに死んだ」


 ルガイの思い返した映像が画面に大写しになる。亜結は眉をひそめた。

 長い青髪の美しい娘の死体。足が折れ頭の周囲を血が赤く染めて、地面に張り付く様に倒れている姿が痛ましかった。


「赤の者なら恨みこそすれ自殺などしないのに・・・」


 不服そうな顔のルガイ。その声には相手を責める気配が濃厚で、亜結は思わず手を握りしめる。


「勝手に死にやがって・・・、生きていれば何度でも抱けたのに」


 美しい娘とその体を思い出して舌なめずりをするルガイから、亜結は目を背けた。


あらがうのがゾクゾクして面白かったのに、残念だよ。まったく・・・」


 ルガイのその目が見ているのは抵抗し泣き叫ぶ娘の姿。亜結は両手で耳を塞ぐ。

 のし掛かったルガイが彼女の髪を引っ張り服を引き剥がす。殴り組伏せる。その異常な狂喜の顔はおぞましかった。


 ルガイは爪を噛み、暗い部屋の中でチラチラと目を光らせて薄ら笑いを浮かべる。


(気持ち悪いッ!)


 見ていられなくなった亜結は小箱の蓋を閉じようとした。

 その瞬間、ルガイの言葉が耳に入って手を止める。


「自殺などさせるな・・・・・・殺せ」


 ぼそりと言ったルガイの目が見開かれる。


「そうだ、殺せばいい」


 ルガイが囁く。

 暗い部屋の中で薄ら笑いを浮かべ、目の奥に妙な光が宿る。

 亜結はぞっとして体を抱きしめた。


「何を・・・おっしゃってるんですか」


 冗談にしようと魔法使いが半笑いする。


「確か・・・前に何かを食べて体調を崩していなかったか?」


 謎解きゲームをするようにルガイの顔が嬉々としてくる。


「ユリキュースは何かアレルギーがあった。そうだ、そう聞いた覚えがある」

「王子」

「聞き出せ!」


 自分よりも背の高い魔法使いの胸ぐらを掴んで睨み上げる。


「1度で殺さなくていい。少しずつ毒になる物を食べさせればいい」


 ルガイが大笑いする。


「食べ物だ、毒などみつからない。名案だろう?」


 高笑いするルガイに魔法使いが戸惑う。


「それは・・・戦士のすることでは・・・」

「うるさい!!」


 先程までの子供のように小さくなっていた人間とは思えない迫力があった。


「あいつをその場で殺せばいいものを、生かして連れ帰った父上が悪いんだ」


 何かと言えば長男バルディスに声をかける王の姿。ルガイ目線の幾つもの場面が浮かび、幼いユリキュースの姿が重なる。


(あいつをチヤホヤしやがって! 私を戦場に連れて行ったこともない父上が、あいつは戦場に連れて行く。どこかから帰ればユリキュースをと自室に招く!!)


 嫉妬だ。愛情を欲しがる大きな子供。


「あいつの召し使い、青髪の者達のリーダーは赤髪の者だったな?」


 気持ちの盛り上がるルガイの横で、魔法使いの表情にも影がさす。


「ただ食べさせるのでは気づかれます」


 ルガイがじろりと睨む。


「戦死を美とする我らと違い、青の者は人を生かす医療に長けています」


 ふんと鼻を鳴らしてルガイが黙った。


「アレルギーなどというものも彼らから聞き知った事。潰して混ぜるとしても下の召し使いですら気づくでしょう」


「じゃあ、どうすればいいのだ!」


 ふてくされたルガイが椅子を蹴る。


「我らの故郷の食物なら・・・気づかれにくいかと」


 うやうやしく言った魔法使いへ、ルガイがにやりと笑って見せる。


「ハジル、お前使えるな」


 笑顔を返し、魔法使いハジルがこうべを垂れた。



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