第73話 蓮花の罪状について聞きますか?▼




【メギド ミューの町 宿の個室】


「特級咎人だと……?」

「はい」


 人間の間にあった出来事はそれほど詳細に知らないが、カノンの言った罪状を聞けば人間としてはろくでもないたぐいであるということだけは理解できる。


「死刑を待つ身として、タウの町の拘置所にいたはずです。しかし、タウの町の状態がわかりません。今は死刑執行なんてしている場合ではないでしょうから、生き残っているとすればそこにいるとは思うんですが……」

「それだけ性格が破綻しているであろう者が素直に協力するとは思えないな」


 死神の呪い除けの研究に、実験、そして大量殺人ともすれば到底人間らしい感覚を持っているようには感じない。

 逆に考えれば、魔族を容赦なく殺す人間の凶暴さが内側に向いただけという考え方もできる。人間は自分たちの発展の為なら動物実験も平然と行う。その習性をかんがみればそう不自然な事にも思わない。

 ただ、人間は同族殺しを極端に嫌う傾向がある。その考えに基づけばそれは人間としては唾棄だきすべき異端者なのだろう。


「そうですね……人を懸命に救っていた人なのに、何があったらあぁなってしまうのかと物議をかもしたものですよ」

「どういう人間なのか、もう少し詳しい情報はないのか?」

「僕は彼女のことを上位の実力のある回復魔法士として尊敬していました。数えきれない程の命を救っていたと聞いています。少し変わっている人だったらしくて、派閥はばつに属さずに、自分の道を行くって感じの人でした。回復魔法も、解呪魔法も腕は確かです」


 確かにルールや型に嵌まるような人間だったら、そんな破天荒はてんこうな行動はしないだろう。

 優れているという時点で非凡な存在だ。一体感を重視する人間としては「変わっている」という評価になるのかもしれない。


「回復魔法士には派閥があるのか?」

「ええ。大項目としては“死者の蘇生を追求する派”と、“死者の蘇生を禁忌とする派”があるんです。もっと細かく色々あるんですけどね、大きく分けるとその2つです」

「派閥に入らずに死者の蘇生の研究をしていたのか」

「はい。殺人事件後に研究をしていたと明らかになっています。呪われた町に入って研究資料を持ち出したとか。かなりその研究は進んでいたらしいですが、その研究資料は特別機密事項として厳重にどこかに封印されたと聞きました」


 呪われた町に入れるのは魔族だけだと思っていたので、人間が入ったという話はにわかには信じがたい。

 あれは死者を生き返らせようとするような、貪欲で強欲で傲慢な人間という存在を牽制する為の死神の怒りだと言われている。

 あの町は以前、死者を生き返らせようとしていた者たちが拠点にしていたらしい。詳しいことは分からないが、ある日町は誰がやったとも分からない強大な力で呪われた。こぞってそれを「死神の呪い」と呼び、誰も寄り付かなくなった町だ。

 私は死神などというものが出てくる『三神伝説』自体信じていないが、そう信じている者は多い。


「あの呪われた町に入って無事でいられる人間がいるとは驚きだな」

「そうですよね。僕も信じられません……優秀な解呪魔法の使い手だから町に入れたんだと思います。そして、彼女がしていた研究結果を……一部の回復魔法士は喉から手が出るほど欲しがりました。でも、彼女は特級咎人として死刑判決、資料は国が押収して行方知れず……あのときは一部の過激派の回復魔法士たちが暴動を起こす寸前でしたよ。死者を生き返らせられたら困ることが国にあるからだと非難が殺到しました」

「ほう……確かに死者が生き返ることが普通になったら、国にとっても不都合がありそうだな。死人に口なしという訳ではなくなるわけだ」


 国に汚いやり方で殺された人間も少なからずいるはずだ。

 それを生き返らせて話などをされたら不都合が生じる場合がある。「死人に口なし」というが、死人が生き返って口をきかれたら困ることが国にあるのかもしれない。

 あるいは死者が生き返るということで発生する混乱を逃れる為に、国がそれを封じたとも考えられるし、その研究をあの国王が独り占めする為か……概ねそんな理由だろう。


「彼女の死刑を伸ばす、あるいは取り消すために、死者の蘇生を追求する派の権力のある回復魔法士がこぞって国に抗議しました。人類の新たな進歩として、彼女は重要人物だと言われていたんです」

「死者を生き返らせる核心に近づいていたならそうだろうな」

「それに、呪われた町に入ろうなんて命知らずな人は普通いませんからね。町に入れる手段があると判明してそれに対して期待もありました。その様々な情報の開示もなく死刑で殺すなど論外だって大騒ぎしてましたよ。国も権威のある回復魔法士が名乗りを上げている以上、簡単に彼女を死刑にはできないようでした」


 余程、国としては死者が生き返ってしまうとマズイことがあると見える。

 回復魔法士らもなんとか死刑にしないように必死の様子だ。それだけ人類に大きな変革をもたらす存在なのだろう。


「国としてはその死者の蘇生させようとする一派に対して何の規制もしなかったのか?」

「そうですね……あまり国は回復魔法士の研究に関して口出しすることはなかったんですよ。死者を生き返らせる研究はそんなに表向きにしていなかったというのもありますが……国は関知してなかったんでしょうね。この一件から明るみになったことで、規制しようという圧力がかかったりしましたよ」

「その圧力はどうなったのだ?」

「医師会や回復魔法士協会は国と並んでかなりの権力がありますから、彼女の死刑については議論が尽くされる途中という段階でしたね。勿論、蘇生を禁忌としている派も黙ってませんでしたし、話し合いは平行だったという印象です」


 母上もセンジュも『死の法』を犯してはならないと口をそろえて言っていた。

 センジュにそのことを色々質問しても、当たり障りのない答えが返ってくるばかりで明確に答えようとしなかったし、強く牽制されたことは憶えている。やはり『死の法』を犯すということはろくでもない事になりかねないように思う。

 それを好奇心だけで突破しようとする人間という生き物は傲慢が過ぎる。


「そんな中、今回の魔王交代騒動があったので……正直、分かりません。彼女が生きているかどうか……生きていたとしても、協力してくれるかどうかは不明です」

「その事件を起こした動機にもよるな。どういう経緯があったのか少しも知らないのか?」

「……彼女は捕まってからは動機など一切口にしていません。裁判でもただ自分がやったことを述べるだけだったようです。裁判と言っても形だけで死刑は免れなかったでしょうけど……裁判も大荒れだったと聞きました」


 裁判というと魔族にはそれほど馴染みのないものなので仕組みは詳しくは知らないものの、人間は罪を犯すと有罪か無罪か、あるいは量刑を決める為に裁判というものを開くらしい。

 咎人の処罰を決める為の儀式のようなものだ。


「少し話は逸れるのだが、勇者という無職は町民から略奪の限りを尽くしても罪には問われないのか?」

「あぁ……勇者は“魔王を倒す為に必要”と判断される行為は咎められないことになっているんです。物を取ったり、情報を得たりする行為は有罪にならないんですよ」

「どうしようもない法律だな」

「『勇者免責』って言うんですけど……あまり人のことを悪く言いたくないですが、現国王がよく考えもせずに制定されたので……それで大混乱ですよ。勇者ブームがおきて、町民から略奪する勇者が溢れかえるようになったんです」


 一度会った印象で言うと、確かに愚かな王であった。そのような愚かな法を作ったとしてもなんら不思議ではない。


「……馬鹿馬鹿しすぎて言葉もないな。それで? 特級咎人の女の方はどうなったのだ?」

「回復魔法士協会が彼女につけた弁護士は彼女の犯行の供述を妄言、虚言という事にしようとしました。加えて事件当時は『幻夢草』使用による錯乱状態だった為に責任能力はなかったと、何が何でも無罪に持ち込もうとしました」

「どう考えても無罪はないだろう。実際に殺害している証拠もあるのにどう無罪になる余地がある?」

「あー……人間の法律としては、責任能力っていうもので争うことがあるんですよ。犯行時に正気だったか否かってことです。計画性とか、善悪の判断の可否とか、行動制限能力の有無、病歴などから総合的に判断するんです。脳疾患がある人は行動を制御できないケースがあるのでそれは裁けないっていう思想ですね」

「ほう……興味深いな」

「最近できた法律なんですけど……医師や回復魔法士が咎人を裁判の前に鑑定するんです。今までは咎人の処遇は全て国が決めていたんですが、回復魔法士や医師が司法に介入するようになったんです」

「回復魔法士らに利点があるのか?」

「無罪になれば病院で隔離しながら集中治療を行うために国の管轄から外れるんですよ。まぁ……僕の考えでは、医師や回復魔法士が自由にできる呈の良い人間の実験材料を手に入れる為の法律って感じだと思うんですけど……」


 いくら制御ができないとはいえ、それで無罪にするという考え方は私にはあまり理解できない。理屈は分からないわけではないが、その概念を理解するのは難しい。

 魔族の中にも脳疾患のある者もたまには見かけるが、実際には殆ど見かけない。それらは自然に淘汰されていくため、そういった問題に直面しないので考える機会はなかったというのが正直なところだ。


 ――何にしても実験、実験と……人間の好奇心には呆れるばかりだな


「一応……建前上はそういう法律なんですけどね……無罪になるケースは殆どありません。それは解釈の違いでしかないですから、なんだかんだ理由をつけて有罪にするケースが殆どなんですよ。建前はそれとして殺処分にしたり、強制労働者にしたいっていうのが国側の本音ですから。それに、法律が最近変わったので対応しきれていないという感じです」

「新しいことにすぐに対応していくのは難しいからな。詳しくは知らなかったが、人間の間でもいさかいは絶えないようだ……」

「はい……一応、人権っていう建前がありますから、表立っては悪いことはしてませんけど……咎人はほぼ人権は剥奪されますね」


 ――一度咎人のレッテルを貼って人権を剥奪して好き勝手するということか。話を聞いていると冤罪もかなりありそうだが……


 懲らしめて更生させるというよりは、使い捨てる為の人間を製造する為のものなのだろう。


「それで、その特級咎人の女の人権も剥奪されたという訳か」

「そうですね。どちらに転んでも彼女に自由はありません」

「分かった上での犯行か……冷静に考えればあまりにもデメリットの方が大きいように思うが……実際、正気だったのか?」

「一説によると彼女は『幻夢草』をバイヤーから取引していて、それを使用した『幻夢草』による狂気で犯行に及んだのではないかと推測されていました。しかし、彼女の身体からは『幻夢草』に含まれる成分は検出されなかったらしいです。弁護側としてはそれは検査をした時点で成分が抜けきっていただけで、その暴挙を起こすような動機は彼女にはないと主張しました。動機を彼女が語らない以上、弁護側も国側も推測で言いたい放題だったようですよ」

「真相が分からないのに推測だけで裁判を進めていいのか?」

「そういった声も上がっていました。でも、絶対に彼女は動機を口にしませんでした。終始裁判中は挑発的な態度だったらしいです。“死刑になるのは分かってる”、“こんな建前の茶番は必要ない”とか……」

「…………カノンは随分詳しく知っているな?」

「そうですね……僕は真実を追求したい派ですから、彼女が何も語らないまま国に隠蔽されるのは反対です。回復魔法士としても大事件だったので、結構調べたんですよ」


 私はそこまでカノンが言ったところで、もしその蓮花という特級咎人が生きていたとしたら、それはまた別のベクトルで問題が発生するように感じた。

 どういう思想を持っているかによってはかなり危険な存在になりうる。なにせ死刑判決が出るほどの人間としてかなり問題がある者だ。それを上手く使役する者が現れたら脅威となるだろう。


 ――その特級咎人の価値を知っている者が恣意的しいてきにその者を使おうとすれば……別の脅威にもなりかねないな


 願わくば、本人には悪いが死んでいてくれた方が話が簡単でいい。

 それにその特級咎人の命を狙う者は国王側には沢山いるはずだ。この混乱に乗じて殺すということも容易に想像がつく。


 ――生きている可能性の方が圧倒的に低いか……うまく説得することができれば私の呪いも解けるなら……


 色々考えは巡るものの、不確定要素が多すぎる。何よりも特級咎人ということが一番引っかかる要素だ。


「動機が分からないというのは理解した。罪状の方は具体的にはどんな内容だ?」

「罪状はですね……彼女が捕まった原因は殺人でしたが、彼女が自分からすべての犯行内容を口にしたことで明らかになったんです。人格が破壊されて廃人になった人と、後は脳が破壊されて亡くなった方が何十人もいたと彼女は言っていました。彼女の自白がなければ明るみにならなかった事件です」

「元々疑われていたから自白することになったのか?」

「いえ……そういうわけではなさそうです。元々が脳疾患がある方ばかりが対象になっていたので、それほどその犯行は目立つものではなかったんです。元々異常行動があった人が更に異常になっても気にする人はいませんでした。亡くなった方も脳疾患者の異常行動の末の変死という感じで、誰も気に留めなかった。脳疾患者が隔離されている場所はかなり閉鎖的な空間でしたし、実力のある回復魔法士である彼女を疑う人は誰もいませんでした」

「わざと脳を破壊するような殺し方をして、自分の犯行を隠したということか?」

「でも……それまでずっと隠していたのに、急に彼女は脳疾患者隔離病院の職員を虐殺したんです。職員の食事に毒を盛ったんですよ。毒に関する知識もあったようで、食べた人全員が亡くなりました。というよりも……職員全員の食事に毒を盛ったんです。無味無臭の遅効性の毒で、気づいたときには全員手遅れでした。職員の方の大半が亡くなりましたね」

「……随分殺し方が変わったな。突然雑になった印象を受ける」


 元から快楽的な殺害であったなら、それを続ける為にも明るみにならない殺し方を続けるはずだ。目立たないようにしていたのに、急に方向転換をして殺し方を変えたのもひっかかる。

 異常者の行動は予測がつかないという理屈で片付けるにしても、やはり不自然に感じる。


「それに……1人はナイフで刺殺したんです」

「ナイフ? 随分原始的な方法になったな」

「はい……刺殺という表現では言い表せないような、ナイフ1本でこんなに人間がぐちゃぐちゃになるのかって驚くくらい、その1人だけ滅茶苦茶になっていたんですよ。彼女はその人を一心不乱に刺して挽き肉にしている最中に拘束されたんです」

「…………それは正気とは思えないが……」


 初めの巧妙なやり方よりも、殺し方が明らかに単調になっていっている。『幻夢草』による狂気によって引き起こされたと言われても納得できる内容だ。


「殺された元の人を判別するのはかなり大変だったみたいようですよ。その刺し殺した人との関係性は彼女は黙秘しているんです。彼女とその人との関係性を知っているであろう職員はほぼ亡くなったので、それは彼女が黙秘していることで謎のままなんですよ」

「何か隠したい理由があるのだろうな。自分の立場を悪くしてでも言いたくないような理由か……あるいは、動機を言う事で更に立場が悪くなるから言えないのか、どちらかだ」

「ええ……沢山の人を救っていた彼女がどうしてそんなことをしたのか、分からないんです……本当に実力のある凄い回復魔法士だったんですよ? それに、必死になって人を救っている姿も見たことがありますし……」

「明らかにしないまま死刑なのか?」

「ええ。知識を悪用して人を弄んだ、稀に見る極悪人だと断定されて弁護側の主張も虚しく、早い段階で死刑が確定しました」


 いくつも疑問が残る。

 仮に『幻夢草』を使った狂気による犯行なのであれば、自分の立場が悪くなるような隠し通せていた脳破壊の事件を何故自白したのか。それも狂気によるものということで片付けられるのか?

 突然職員ほぼ全員毒殺という殺し方を行い、明るみになるような真似を何故したのか。

 最後の殺人は何故ナイフを使ったのか。


 確かに不審な点が多い。人間の間の問題だと放っておくこともできないように思う。魔族の存在を脅かす存在を蘇生されたりしたら困る話だ。

 もし、仮に死神の呪いを防ぐことができるという実力があるのなら、それは明確に脅威になりえる。


「実際にその資料があれば死者の蘇生は成しえるのか?」

「うーん……見る人が見れば……ですかね。研究は未完成の状態だったようでしたから、そこから結論に繋げられる人がいれば。僕も見たことがないので、なんとも言えないですね。でも、正式に発表するような書面じゃなかったと思いますから、彼女以外の誰が見ても分からない暗号文書のようになっているかもしれないですけど」

「とどのつまり、やはり特級咎人の頭の中に完成している論理が入っている可能性があると」

「ええ。そうですね」


 こちらも放置していい問題ではないように思う。何にしても、情報が不足している以上どうしようもない状態だ。

 カノン個人の見解も入っているだろうから、全面的にそれを信じ切るわけにもいかない。


「話を聞いただけでは人物像は定かではないが、この人物を勧められない理由も納得だな」

「はい……そうですよね……勧められはしないですけど……僕は不幸中の幸いに思ってるところもあるんですよ」

「何がだ?」

「……こんな状況になったからこそ、彼女が何故そんな犯行を行ったのかということを明らかにしたいって思うんです。国の管轄下になった彼女とは混乱が起きる前は話もできない状況でしたが今はこんな状況ですし、会う事さえできれば彼女と話もできると思うんです。こんなことになった理由が絶対何かあるはずなんです。理由もなくあんなこと、するわけないじゃないですか」

「……狂った者の考えなど、狂ってない者が理解できるわけがないと思うがな」

「話し合えばわかり合えると思うんです。狂ってるっていうのは、各々の尺度によるものなので……狂っていると言うと聞こえは悪いですけど、彼女は脳疾患がある訳ではなくて、倫理観の問題だと思うんですよね。結局『幻夢草』の作用だったのかどうかも明確にしたいですし」


 半ば必死にそう主張するカノンに対して、私は違和感を覚える。やけにカノンはその件に関して熱心だ。いくら回復魔法士や人間にとって大事件だったにしても、いくら何でも執着が過ぎるように思う。

 何事に対しても真面目に取り組む性格なのは理解できるが、それ以上に何か理由があるように私は感じた。


「そんなにカノンは知りたいことなのか? お前と深く関わりもないのだろう?」

「ないですけど……上手く説明できませんが…………この話を聞いて、いくつも違和感を覚えませんか? 殺しが楽しいとか、そういう理由じゃないと思うんです。混乱に乗じて闇に葬り去られたら、本当に何も分からなくなってしまいますから。それは違うと思うんです。本当はこの件は回復魔法士たちも闇に葬りたい人が多いんですけど、僕は明らかにしたいんですよ。もう同じことが繰り返されないようにしなければならないじゃないですか」

「……各々の差で発生する事故や災害のようなものに理由を求めるのは大変だぞ」

「何にでも理由はあるはずなんです。それを解明していくことに貪欲どんよくなのが人間の良いところですから」


 そう言ってカノンは微笑んだ。その笑顔を見て私は少しばかり呆れる。


 ――それが短所でもあるのだがな


 その好奇心のせいで自らを窮地きゅうちに追いやっているという節もある。それでも人間という生き物は好奇心を抑えられないらしい。

 私はカノンのその知的好奇心に少しばかり乗って返事をした。


「推測に過ぎないが、ナイフで刺し殺した相手とは何か怨恨があったのだろうな。回復魔法士という職業を考えると、他の殺し方はいくらでも考え付いただろう。それをあえてナイフで執拗しつように刺して殺しているなら、その者が鍵だな。もう死んでいて手掛かりもないのだろうが」

「本当に、死人に口なし状態ですよ」


 関係性を知っている者を皆殺しにして関係性を隠したと考えれば、かなり用意周到な犯行だ。動機も黙秘しているところを考えれば、余程隠したい「何か」があったと考えるのが自然だろう。


「まぁ……興味深い話だが、その特級咎人の女を頼りにすることはできない。クシーの町の『天照の錫杖』を回収した後に近くのタウの町に寄ってもいいが……暴動が起きてかなり時間が経っている。そこにいたとしても生きている望みは薄いと思うが」

「はい……我儘わがままを言ってすみません。頭の片隅にでも置いておいてください。魔王様が再び王座に戻った後も、人の課題や問題は沢山あるんですよ。はははは……」


 カノンはから笑いをしているが、かなりそれに関して深刻に考えている様子が窺えた。旅の疲れもあって尚更暗い表情をしているようにも思える。


「疲れているところ悪かったな。興味深い話が聞けた。お前は夕食まで少し休め。再度言っておくが、私の呪印のことは黙っておけ」

「分かりました」


 一礼してカノンは私の部屋から出て行った。


 ――やはりこの呪印を消すことはできなかったか……町長が『雨呼びの匙』を渡すとも考えにくい。強引に奪い取ってその間にもしものことがあれば全面的に私の責任になり、軋轢あつれきが更に深まると……しかし時間をかけるわけにもいかない


 どうしたものかと私は部屋のベッドに横になり、低い天井を見つめた。


 ――特級咎人の回復魔法士か……あまり軽く考えていると大事になってしまいそうだが……私だけでタウの町の状態を確認しに行ってもいいが……


 空間転移魔法を使う負荷を考えれば、今すぐ確認しに行って一晩休み、体力を回復してからこの町を出るという方法もあるが、魔王城からそれほど離れていないタウの町ではゴルゴタの息のかかった魔族がいても不思議はない。空間転移後の戦闘は避けたいところだ。


 ――タカシらはこの町に置いて、空間転移を使用して私だけで魔道具を回収するというのも手だが……空間転移後の負荷と呪印の存在を考えるとやはり1人で動くのは得策ではないか……レインやクロを同行させるか? それも手段の1つではあるな


 そこまで考えたところで私も眠ることにした。

 一先ずは自身の体調を整えておくことも大切だ。休める時に休まなければいざという時に力が発揮できない。流石に私も徹夜明けは疲労している。


 私はゆっくりと目を閉じると、すぐに眠りについた。



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