第70話 運のステータスを証明してください。▼
【アザレア一行 シータの町】
壊滅したニューの町の生き残りの少女――――ユリをシータの町のタトゥー彫り師のミアに保護してもらったまでは良かった。
だが、ミアの息子のイザヤは、ミアの反対を押し切ってこの魔族が暴れている惨状を打破しに魔王城に行きたいと主張するのを、やはりミアは良しとはしなかった。
初めは怒鳴り合いの口喧嘩だったが、ユリの心的外傷を考慮して冷静な話し合いが続いた。けれど、それでは話は平行線をたどっていくばかりで何の進展もしていない。
キチンと話し合いがつくまでは町を出ないと約束したものの、これではイザヤを連れて町を出ることは難しい。
2人が話し合いをしている中、アザレア一行は二階でユリに色々と常識的な部分を教えていた。
ユリは初めて見る色々なものに興味を示してアザレア一行を質問攻めにしている。
「これはなんだ?」
「これはペンだ。紙にこうして書くことができる」
イベリスがペンを持って紙にサラサラと意味のないインクの
「あー、そうじゃない。持ち方はこうだ」
ペンをユリの手に持たせ直し、そのまま手を誘導して紙に丸や三角を描かせてみる。
「何のためにこんなことをするんだ?」
「そうだな、何か記録しておいたり、他の者に何か伝えたいときなどに使う」
「口で伝えればいいだろ。大体、こんなのでどうやって伝えるんだ?」
「私たちは文字を使って気持ちを伝えたりするの。文字を教えてあげる。絶対に必要になるから」
「モジ? モジを使うと殴られないのか?」
ユリはことあるごとに「そうすれば殴られないのか?」「こうすれば切りつけられないのか?」と聞いてくる。それをアザレア一行は暗い表情をして何度も
「ユリ、もう殴られたりしない。殴ってくるような奴はゴミクズ野郎だ。どんな理由があっても、お前を殴ったり切りつけたりしてくる奴はろくでなしだ」
声が震えるほどの怒りをウツギは必死に抑えていた。抑えてはいるものの、表情にはしっかりと出ており眉間に
「こらこら、品性に欠ける言葉を使うんじゃない。ウツギも言葉遣いの教育が必要なようだな?」
「仕方ねぇだろ。ユリの親のやったことは到底許せることじゃねぇ。攻撃的な言葉になるのも無理ねぇだろ」
イベリスは弱くため息をつきながら首を横に振る。黙ってユリはイベリスの方を見つめていた。怒っている表情をしているウツギを、若干ユリは怖がっていたので、ウツギはそれに気づいて下手な笑顔をユリに見せる。
「ユリの前ではそういう言葉を使うな。いいか、ユリ。この世には人前では使ってはいけない言葉があるんだ。その言葉を使うと、相手は酷く傷ついたり、嫌な気持ちになったりする。言葉というのは使い方次第で相手を心の底から感動させたり、一生癒えない傷を心に負わせることもできる。だから、言葉を使うときは気を付けなければいけないんだ」
「なら、なんでそんな言葉があるんだ?」
「そうだな……どうしても、悪い言葉というものを使う者はいる。悪意を持つ者だ。まぁ、悪意がなくても人を傷つける者はいるがな」
「じゃあこいつは悪い奴なのか?」
小さな指でウツギを指さしながらユリはそう言う。それを見てウツギ以外は全員笑った。ユリは何故ウツギ以外が笑っているのか解らなかった。
「はっはっはっは……まぁ、こやつは口は悪いが性根は悪くない。ちょっと、気性が荒いだけだ」
「キショウがアライ?」
「心配しなくても、ウツギは良い奴だ。悪い奴じゃないよ。ユリを傷つけたりしない」
「そうそう、見た目は悪いけど中身はそう悪くないの。例えるならシュガースポットだらけになったバナナって感じ」
「おい! 見た目も悪くないだろ! そんなに……」
そう言ってユリ以外は笑っていた。キョトンとした表情でアザレアたちを見つめている。ウツギは少し怒っているようなのに最終的には笑顔を見せ、アザレアたちも笑っている。
それが何故なのかユリには分からない。
「そういえば、会話が聞こえてこなくなったな」
「確かに。トイレでも行ってんじゃね?」
「私は違うと思うがな」
「話が煮詰まったんでしょ」
下の階からは会話が一切聞こえてこないところを見ると、話は平行線の行きつくところまでいったらしい。
平行線の最終的な行きつく先は沈黙だ。
恐らく2人とも黙って互いにそっぽを向いているはずだとイベリスとエレモフィラは考える。
「さて……そろそろあの2人の間に入ってやらねばな」
「俺らが入っていっても解決しないと思うけどな」
「ふふふ、大人の駆け引きというものがあるのだよ。ウツギ、よく見ておきなさい。いくぞ。ユリもついてきなさい」
「私はイベリスに一任する。皆もそれでいいでしょ?」
「あぁ、異論はない。交渉ならイベリスが得意だからな」
アザレアたちが階段を下りると、険しい表情で苛立っているミアとイザヤがいた。足や指をしきりにトントントントントントン……と小刻みに動かしている。
降りてきたアザレアたちを一瞥した後に気まずそうに視線を逸らす。案の定、話し合いは行きつくところまで行って沈黙にたどり着いたようだ。
「御二方、話はつきましたかな?」
「ついたように見えるか?」
「はっはっは……いいえ。見えませんね。話は平行線のまま、時間だけが過ぎて行っているように見えます」
少しばかり意地悪な言い方をイベリスがすると、ミアは背を預けていた棚から背を離してゆっくりアザレアたちの前へと出る。
「あんたたちも長い間待たせちまったね。これ以上待たせるわけにはいかない。イザヤは行かない。ユリの面倒を私が見るって言ったのに、ずっと面倒見させちまって悪かったね」
「俺は行くって言ってんだろ!?」
「行かない」
「まぁまぁまぁ……子供の前ですから、言い争いはやめましょう」
その様子を見ていたイベリスは笑顔で2人の間に割って入る。ミアとイザヤはこめかみが痙攣するほど激しく睨み合ったまま険しい表情をしていた。
「うーん、そうですね……」
イベリスは辺りを見渡して、おもむろに近場にあった銅貨を手に取る。
「話が平行線にある時は勝負をするに限ります。勝負の敗者はいつだって発言権を失う。なに、別に暴力に訴える勝負をするわけじゃないですよ。簡単です。コイントスなどいかがですか。ご存じでしょう?」
「生死を分ける選択をコイントスなんかで決められないよ」
ミアは即座にイベリスの申し出を軽く手を振って却下する。
「別に勝負の内容は何でもいいんです。こういうのは実力に偏りの出ない運が物を言うものが良い。私はミアさんもイザヤさんも両方が正しいと思います。魔王に向かうのは命がけですから、愛する家族を向かわせたくない気持ちも解ります。一方で、誰かが立ち上がらなければならないという勇敢なイザヤさんの気持ちも解ります」
「…………」
「そして我々は命がけで魔王に挑むのですから、遺恨を残したまま向かってほしくないのですよ。本当に、文字通り命がけなのですからお互いに納得した上で臨んでほしいのです。分かりますね?」
「あぁ……」
首肯しながらイザヤは腕を組みながらアザレアたちとユリ、ミアを順番に見ていく。ミアもイザヤの方を見つめていた。怒っているが、同時に不安そうにも見える表情だ。話し合いを始めた時からずっとそうだった。
心配している母の愛をイザヤも分からないわけでもない。
「そして、ここぞという時の大勝負、実力が
「運だって……?」
少しばかり険しい表情を解いて、ミアとイザヤは目を見開いてイベリスの方を見つめる。
「はっはっは、魔法学者として“運”などという学問的ではないことを言うのは気が引けるのですがね、全ての物質のエネルギー量と動きの法則性から導けば“運”などないのです。しかし、それを知るのは不可能。ですから、全てを出し切った後に最後に左右するのは“運”です。どうですかな? この銅貨の着地時の表裏、自らの運を試してみては?」
「…………俺はその勝負、乗った。運がなけりゃ実力があっても勝てねぇ。ここで負けるようじゃ、俺はもってねぇ男ってことだ」
話に乗ったイザヤをミアは呆れた表情で見て、強めの口調でそれを否定する。
「運だけじゃ、魔王には勝てないよ」
「俺はこの町の格闘大会で1位になったこともある! 実力も十分ある」
「それが過信だって私は言って――――」
「まぁまぁまぁまぁ……お二方、落ち着いて。勝負方法は簡単なコイントスで良いですか? これが一番簡単なのですよ。5回勝負でいかがでしょう?」
「俺はそれでいい」
全員がミアの返事を待ち、彼女を見つめた。全員に見つめられたミアは「正気じゃないよ」とでも言いたげに視線を泳がせたが、数秒の沈黙の後に再びテーブルの場所の椅子に腰かけ、深いため息をついた。
テーブルに書かれている絵の線を指でなぞりながら、返事をする。
「はぁ……いいよ。私も乗った。ただし、イザヤは5回中5回当てなければ行かせないからね」
トン……と、ミアはテーブルの表面を指先で一度、軽く叩きながらそう言った。
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