第71話 イベント:コイントスで勝利してください。▼




【アザレア一行 シータの町】


「ただし、イザヤは5回中5回当てなければ行かせないからね」


 全員がその提案に、強弱の程度はあれど緊張した。一番緊張感を示したのはイザヤだ。

 ミアの理不尽とも言える提案に、イザヤは怒りを露わにしながら抗議する。

 そうするのも無理はない。5回連続で当てられる確率は32分の1の確率だ。そう確率は高くないからだ。


「はぁ? なんでそんな俺が圧倒的に不利な条件なんだよ」

「コイントスで勝つにしても、5回中3回当たるなんてただのまぐれだ。本当になら、5回連続で当てるくらい訳ないさ。倍の10回でも私は良いんだよ? 5回は良心的な方さ」


 5回投げて半数以上当てれば勝ちというルールを想定していたイザヤは歯を食いしばってミアを睨んだが、少し考えた後にその条件を飲み込んだ。


「確率としては32分の1の確率……」

「……あぁ、いいぜ。分かったよ。32分の1ってのがどうにもピンとこねぇが、俺は5回全部当てて見せる」

「例えるなら、32回魔王に挑んで1回しか勝てないってこと。ホールのケーキを切るならたったこれくらいしかもらえない」


 エレモフィラは手で小さな三角形を作ってイザヤに説明するが、どうにもケーキの例えはイザヤにはよく分からない様子だった。ウツギもその話は良く解っていなさそうな表情をしている。


「コイントスのルールは知っていますね? コインが落ちた際の上面を当てるゲームです」

「そのくらい知ってる。馬鹿にするな」

「では、イザヤさんに光と音を奪う魔法をかけます。目で耳でコインの動きを追えると“運”が試されなくなりますからね。不正のないよう、我々4人とミアさんがそれぞれコインを投げます。合否の結果は終わってから伝えますので、それまではずっと光と音を遮断します。表裏の回答を求める際には、肩を軽く叩きます。いいですね?」

「あぁ。それで構わない」

「以上になりますが、ミアさん、何かルールに異論はないですか?」

「ないよ。目も耳も塞ぐなら不正のしようもないだろ」


 イザヤに向かってイベリスは音と光を失う魔法をかけた。

 直後にイザヤは何度か瞬きして当たりを見渡した後に手を3度叩いて音が聞こえないことを確認していた。


「なんも聞こえ……自分の声も……なんか、この状態ってすげー不安。いいぜ、見えないし、自分の声すら聞こえない。喋れてるかも不明。それじゃ、始めてくれ。肩叩かれたら裏か表か答える」

「はい。では始めます。1回目」


 キィイイン……


 親指でコインは弾かれて空中を回転しながら舞った。

 そしてイベリスの手の甲にコインは収まる。それを確認したアザレアがイザヤの肩に軽く触れて合図した。


「表」


 ミアや全員に見えるようにイベリスは手の甲に乗っている銅貨を見せた。


「確認しましたね。はい、どんどん行きますよ」


 そう言ったイベリスはアザレアにコインを渡し、ウツギ、エレモフィラ、最後にミアがコイントスをした。その度に、イザヤは裏か表は答える。

 簡単な作業だ。10分もかかっていない。

 必ず全員でコインの裏表を確認し、結果を紙にユリが丸印を書いていく。「ここに丸を書いて」とユリに紙に書いてもらった。ユリは歪な形の丸を紙に書いている。


「はい。全員が結果を確認しましたね」


 そして、5回分が終わってユリが結果に丸を書き終わった後にイザヤにかけている魔法を解いた。


「はい、5回全て終了いたしました。結果は……ミアさんからお伝えください」


 イザヤさんは視覚と聴覚を取り戻して安心したように辺りを見渡したり、自分の耳を触ってみたり「あー」と声を出したりして確認していた。


「……で? 俺の結果どうだった?」


 結果を聞くべく、イザヤはミアに尋ねた。ミアはユリが書いた表を見るまでもなく結果は頭の中に入っている。

 抱えていた頭から手を放して、イザヤに向き直ってミアは結果を口にした。


「あんた、よっぽどついてないね。全部外れだよ」

「え? ……マジ?」

「マジだよ」


 イザヤはアザレアたちの方を見るが、アザレアたちは黙ったままイザヤの方を見つめ返した。


「これであんたは家に残るってこと。敗者に権利はないってこと」

「…………マジかよ……」


 拳を握りしめ、しかしその拳を向ける先がなく、ゆっくりとその握り込んだ手を開いて近場にあったテーブルに手を置いた。

 悔しさが顔から滲み、イザヤはうつむいて下唇を軽く噛む。


「あー……大変言いづらいのですが……」

「なにさ。全部外れてたから逆についてるとでも言いたいのかい?」


 警戒心を持ってミアがそうイベリスに尋ねると、


「いえ、イザヤさんに聞きたいのですが、この銅貨、どちらが表だと認識されていましたか?」

「え? こっちだけど」


 イザヤはコインの数字の書いてある方を表と言って指さした。


「それは裏だよ」

「え? こっちが表じゃないのか!? こっちが表だと思って答えてた……」

「なら、すべて当たりでございますね」


 少しばかり伸び始めている無精髭ぶしょうひげを触りながら、イベリスはそう告げた。その言葉にミアは眉間にしわを寄せて険しい表情をする。


「……は? 何言ってんだい、数字が書いてる方が裏だって教えなかったかい?」

「そんなの1回たりとも気にしたことない。数字が書いてる方が重要なんだから、表だと思うだろ?」

「呆れた……まさか、そんなこじ付けで勝ったなんて言い出すんじゃないでしょうね?」

「いやいや、ミアさん。これは簡単な理屈ですよ。これは平坦な円形のコインです。その表と裏なんてどっちでもいい。しかし、本人が想像していた面を言い当てたという事になります。それは実際の表裏とは関係ありません」

「それがこじつけだって言ってんだろ?」


 ミアは今まで以上の剣幕でイベリスを睨みつけた。それには少しばかりウツギは物怖じして一歩程後ろに下がる。


「どちらが表なのか裏なのか、勝負をする際に確認しませんでしたね? つまり、このコインの表裏というのはどちらでも構わなかったんです。そして、イザヤさんは表だと思っていた方を表と言って、裏だと思っていた方を裏だと言った。それは事実です。見事に彼は5回連続で当てたのですよ」

「心拍、発汗、目の動き……イザヤさんが嘘を言っている様子はない」


 エレモフィラはイベリスの首に触れたり、瞼を指で押し広げて眼球の動きを確認する。「近いって……」と言いながらイザヤはエレモフィラの肩を押して押し戻そうとする。


「そ、そんな……! コインの裏表を知らなかったイザヤの負けだよ。単純な事じゃないか!」

「ふむ……ご納得いただけませんか。私はコイントスのルールを説明する際にこう言いました。“コインが落ちた際の上面を当てるゲームです”と。イザヤさんはコインの上面を確かに言い当てていました。ルールはミアさんにも確認したはずです。ご納得された上で勝負は開始された。そうですよね?」

「……そうだけどさ…………」


 イベリスとミアは睨み合いが続いた。と、言ってもイベリスは余裕のある表情で笑顔を作っていたのだが、ずっとそれを見ているうちにミアは先にイベリスから視線を逸らした。


「………………分かったよ。私の負けだ」


 そう言った瞬間、イザヤはジャンプしながら「よっしゃぁ!」と喜びの声を上げた。それを見たミアは更に複雑そうな顔でイザヤを見つめる。


「私がいくら止めたところで、結局出て行くんだろう? イザヤとあんたらの顔を見てれば分かるよ。止めたって無駄だってさ」

「はっはっは、子供の好奇心や夢を親が摘み取ることはできませんからな」

「魔王退治が夢なもんかい。それに、大人がムキになって子供に勝負で勝ったって言い張るのはみっともないもんさ」


 ミアは精一杯強がって言っているように見えた。

 1人の母として、子供を心配する気持ちと、子供には子供の考えがあると分かっている気持ちが入り混じる。


「だから条件がある。1つ、帰ってきたら私の仕事を手伝う事。2つ、絶対に生きて帰ってくること。分かったね? ユリって妹ができたんだ。あんたもいつまでも格闘技ばっかやってないで私の手伝いをしな」


 イザヤは格闘技ばかりに励んでいた為、ミアの彫り師の仕事を手伝ったことは殆どなかった。

 彫り師はずっと代々続いている家業らしいが、イザヤにとっては格闘技の方が楽しく、趣味に没頭するばかりになってしまっていた。


「…………分かったよ。帰ってきたらそうする」

「それでは、出発の準備をしてください。私たちは外で待っていますからキチンと御二人で話をしてくださいね」

「どっか行くのか?」


 様子が分かっていないユリはアザレアたちを見上げて不思議そうな表情をしていた。そんなユリに目線の高さを合わせてアザレアは優しく語りかける。


「あぁ、俺たちは行かなければならないところがあるんだ。ユリ、ミアさんの言うことをよく聞いて、いい子にしているんだぞ」

「帰ってきたら、私が本を読んであげる」

「俺らはちょっと悪い奴をやっつけてくるんだ。待ってろよ。すぐに美味いもんいっぱい食えるようになるからな」

「私たちは少しばかり出てくる。なに、ほんの数日で戻ってくる。ミアさん、ユリをお願いしますね」

「あぁ、分かったよ」


 アザレアたちは一度二階に上がり、自分たちの所持品を持ってからイザヤを残して外へ出た。

 荷物をベレトカーン号に乗せてイザヤが来るのを待つ。

 外は曇りで天気はあまり良くないようだった。シータの町は相変わらず静まり返っており、誰も外を歩いていない。


「しかし、5回連続で当てるとはな。なかなかの強運の持ち主だな」


 アザレアが荷物を積み終わってからそう言うと、エレモフィラとイベリスは目を配せてからアザレアの方を見た。


「アザレアは気づかなかったんだね」

「ん? 何のことだ?」

「ウツギも気づいてないか。イザヤさんは“運”で当てたわけじゃない。魔法を使ったんだ」

「えっ、それってイカサマじゃん!」

「声が大きいよ。静かにして」


 ウツギは驚いて大声を出してしまったが、幸いにもイザヤとミアの家まではそれなりの距離がある為、聞こえたということはないだろう。


「はっはっは、気づかれなければイカサマじゃないという理論だな。それに、イザヤさんが使った魔法はお前さんの使う肉体強化の魔法だ。コインの向きを覗き見る魔法ではない」

「コインの微妙な凹凸によって生まれる空気の振動の違いを、肌の感覚で読んで当てたんだと思う。そこまでの腕前、凄いよね」

「マジかよ…………でも、それじゃいーさんが言ってた“運”は試されてねぇじゃん」


 ウツギが真剣な表情でイベリスにそう聞くと、イベリスは頭を軽く抱えて苦笑いをした。


「お前さんよ……コイントスを5回連続当てられたからと言って連れて行くわけがないだろう。私は言った通り魔法学者だ。“運”なんてものを信用していない。私が測ったのは運ではなく、実力だ」

「えぇっ? そうなのか?」

「運なんて馬鹿げてる。例えるなら、適当に石投げたらその影響で風が吹いて、その風の影響で竜巻が起きて魔王城が吹き飛んで、その巻き上げられた瓦礫がれきで偶然魔王が死ぬって感じ」

「…………全然わかんねぇ」


 頭を傾げてウツギは懸命に頭を悩ませる。そして、実際に足元の適当な石を拾って投げてみて「これで魔王が死ぬのか?」とエレモフィラに聞いてみている。

 答えは一蹴いっしゅう。「そんなわけないでしょ」とエレモフィラは呆れて頭を左右に振った。


「私はイザヤさんが窮地に追い詰められた時にどう切り抜けようとするか、その実力があるか試したんだ。実力のない足手まといを連れていく訳にはいかないからな。ヒントは出しただろう。“全ての物質のエネルギー量と動きの法則性から導けば運などない”とな。それにイザヤさんは気づいた……の、かもしれない」

「えーっと……つまり……どういうこと? ん? でも5回連続で本当に当ててたらどうするつもりだったんだ?」


 純粋なそのウツギの疑問に対して、イベリスはにこやかな表情で返事をする。


「そのときはいくらでも後付けの理由はある。コインの表裏の認識が合っていても“コインの裏表が違う”と話を通すことができたし、“コインの裏表を間違えるなど話にならない”などと言って切り捨てることもできた」

「確かに……コインの裏表というのは、あの場でどちらが確実に表で裏なのか証明できる材料がない……丸め込むことはできたということか」


 イベリスの説明に、アザレアも納得する。ウツギは相変わらずそれを難しい表情で、頭の上部に疑問符を浮かべていた。


「その通り。5回と提案したのは、5回程度の確率なら“運”で片付けられるギリギリのラインだからだ。10回連続で初めから当てるなんて、何かイカサマがあったとミアさんが疑ってしまうかもしれないからな」

「300回くらい投げれば、その中の途中で10回連続で当てるのは不自然じゃないけど、最初の10回で当てるのはどう考えても不自然に思われる」

「でも、俺らさ、イザヤがついてくるかもしれないから家で1日待ってたんだろ? 連れて行かないかもしれない相手に1日はかけすぎじゃないか?」

「確かにそう思う節はあるが、大きな戦力になるかもしれない者を事を急いで逃すのは得策ではない。話し合いが煮詰まった状態だったから、勝負などと言って丸め込むことができたのだ」

「勝負で負けても、話し合いが不十分だと食い下がることになって勝負自体の意味がない」


 エレモフィラの補足もあり、なんとかその説明でウツギは納得して首を縦に振った。そして感心したようにイベリスを見つめ、彼なりの言葉で畏敬いけいの念を表明する。


「はーっ……いーさんって腹黒いんだな。俺も気をつけよーっと……でも、イカサマで勝つってのはいい気分じゃねぇなぁ……」

「正々堂々と魔王に挑むのがかっこいいのかもしれないけど、相手もそうしてくれるとは限らない。邪道な方法でも勝ち取らなければ意味がないからな」

「勝った方が正義になる。だからイカサマでも勝てばいい」

「なんか、腑に落ちない考え方だなぁ……」


 やはりその考えに納得できないのか、ウツギは顎に手を添えて考え込んだ。

 他3人も、できることなら正面から堂々と倒しに入りたいものだが、戦いとなればそう簡単にはいかない。


「戦略を立てるのは戦いの基本。ウツギは正面から特攻して殺されるタイプ。私が補助しなかったら、記憶にない分も含めると多分1憶回くらい死んでると思う」

「縁起でもねぇこと言うな!」


アザレアたちがそう話をしている中、イザヤが荷物を持ってやって手を振りながらやってきた。


「おーい、待たせたな。行こうぜ」

「話はつきましたか?」

「あぁ……まぁ、一応はな」

「じゃあ、行こうか」


 イザヤも合流したところで、再びアザレア一行は魔王城目指しベレトカーン号を発進させた。


 本来であればユリとミアも見送りに来たかったが、どうしても引き留めたくなってしまうためにミアは見送りには行かないという決断をした。ただ、玄関から背を向けて出て行くイザヤを見送るしかできなかった。


「なぁ、それ、俺知ってるぞ。ナミダって言うんだろ? カナシイときに目から出るんだ」

「…………あぁ、そうだよ。ユリは……賢いね……っ……」


 ミアはイザヤに涙を見せないようにしていた。

 息子に決して涙は見せまいとずっと堪えていたが、それはついにミアの目からこぼれた。


 静かに、ミアは泣き続けた。

 息子の無事の帰還を祈りながら。



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