第58話 咎人を引き渡してください。▼
【タカシ ラムダの町】
咎人の尋問の次の日、俺とカノンとレインはメギドに同行して、回復魔法士の選定に向かった。
メル、クロ、佐藤、ミューリン、ミザルデは食料の買い出しに行き、別行動をとった。
俺たちは回復魔法士の選定が本来の目的だったが、メギドの新たな服を買う目的も兼ねている。俺とカノンはメギドの買った服の荷物持ちだ。レインは「ノエルをまだ探す」と言って俺の頭に乗ってついてきた。
なにせ、メギドの気に入っていた服を裂いて俺の脚の止血に使ってしまったし、ずっと服を見定めているメギドに対して「早くしてくれ」と、そう強くは言えない。
「まだ?」
レインは何度も何度も催促していたが、結局服を買うのに1時間はかかっていた。俺はもうメギドの長い買い物には慣れていたが、レインはメギドの買い物に付き合うのは億劫な様子で、俺の頭を何度も鋭い爪の手でパンチをされた。
俺に暴力を振るわれても、メギドの買い物が早く済むわけではないのに。
待っている間に俺はカノンと世間話をしていた。俺たちの旅の目的、それぞれがどんな事情で今メギドに同行しているのかなど。
カノンは俺たちの境遇について相槌を打ちながら聞いていた。
そうしている間にやっとメギドの買い物が終わり、俺とカノンは大量の服を両手に店を出て、一度荷物を置きに宿に戻った。
再度町に出て、怪我人の回復をしている回復魔法士の様子をメギドはよく観察していたが、俺には回復魔法士の技量については見分けがつかない。
「うむ……実力としては問題ないが、光るものがない」
それぞれの魔法を見てよく品定めをしていたようだが、結局メギドのお眼鏡に適う「この人」という人はいなかったようだ。
カノンの腕に敵う回復魔法士はこの町にはいないと結論付け、カノンに対して正式についてくることを許可した。俺としてはカノンは人辺りも良いし、少しの時間だけだが一緒にいて多少打ち解けたので、仲間になってくれたのは嬉しかった。
「カノン、お前を旅に同行させることにする」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「だが、いいか。兄がどうなっていたとしても、激情に駆られて私たちの足を引っ張るようなことにするなよ」
「はい。分かりました」
カノンは俺と違って常に冷静だった。頭も良いし、状況の把握能力も高い。一時の感情に身を任せるようなこともないはずだ。
――カノンは年下なのに、しっかりしてるな。俺もしっかりしないとな……いざってときに判断が遅れたら下手したら死ぬかもしれない
そうしている間にもう夕方になり、俺は徐々に落ち着かない気持ちになって行った。
夜になればエルフ族が咎人の引き取りにやってくる。
俺たちは、宿に戻って買ったものを確認し、鞄にそれらを詰めた。食料、衣類、調理器具など、旅に必要なものはすべて揃った。
これで後は咎人の引き渡しを見届けてこの町を出るのみ。
「メギド、そろそろエルフたちが来るんじゃないか?」
「エルフらが来たらこの宿に報告が来ることになっているからな。まだ時間はある」
「1日中お前の脚になってると流石に疲れたぜ……」
俺は首を手で押さえて首の凝りをほぐすように首を動かした。ミシミシ……と首を
「お前は休む間はない。トレーニングだ。永氷の湖で私が言った内容を覚えているな?」
「え……マジかよ…………うっ……脚の傷が痛む……!」
「あからさまな嘘をついても無駄だ。やれ」
「……はい」
メギドに嘘をついても無駄なことは分かっていたが、もしかしたら誤魔化されてくれるかもしれないと言ってみるものの、やはり無駄だった。
――マジであれやるの……? 朝までかかるんじゃないか……?
そう思いながらも俺は諦めて腕立て伏せを始めた。
「佐藤、お前も雷魔法の練習だ」
「はい。あの……前にお手本を見せてもらったと思うんですが、感覚的なものがどうにも掴めなかったんですけど、もう一回聞いても良いですか?」
「そうだな……まずは少し隙間を開けて両手を合わせるようにし、その両手の間を雷が行き来している様子を想像しながらやってみろ」
魔法を発動させるとメギドの両手の間をバチバチと雷が行き来し、微弱に発光していた。
「こう……ですかね……?」
佐藤が両手を合わせて魔法を構築して集中すると、メギドほどではないがパチパチと静電気のようなものが発生する。徐々にそれは大きくなり、メギドが発動させたものと同程度の大きさになった。
「そうだ。宿の中だから、力の使い方には気をつけることだな。加減して使わないと火事になるぞ」
「はい……」
言われたとおりに佐藤は力を加減しながら雷魔法の練習をしていた。
俺もメギドが見ている手前、トレーニングの手を休めることができずに、懸命に腕立て伏せした回数を頭の中で数える。
俺が腕立て伏せ100回、腹筋を63回した辺りで俺たちの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「魔王様、こちらにいらっしゃいますか? 私は国王軍の者です」
「あぁ。エルフらが来たのか?」
「はい。来ていただけますか?」
「すぐにいく」
メギドは、このとき1人で行くものかと思った。
俺がついて行ったらややこしい問題を起こしかねない。目の前で泣き叫んでいる子供を見て、咎人の引き渡しを冷静に見守っていられる自信もなかった俺は、そのままメギドに言われたトレーニングメニューをひたすらこなしていた。
「おい、タクシー、行くぞ」
そう言われるとは思わず、俺は腹筋をやめて少し荒い息を整えながらメギドに返事をした。
「……俺も行って良いのか?」
「お前が行かないと私が歩かなければならないだろう。それに、事の
そう言ってメギドは出て行ったので、俺はそれを追いかける。
「ちょっと行ってくるわ」
全員に目配せして俺は軽く手を振って部屋を出た。もう宿の階段を下りているメギドを見失わないように俺は追いかける。
「メギド、あのさ」
「なんだ?」
「俺さ、メギドに黙ってたことがあるんだけど」
「…………」
「もしかしたらさ、メギドも薄々気づいてるかもしれないんだけど……でも今どうしても言いたいから言っても良いか?」
「鬱陶しい。早く言え」
俺は言う前にわざとらしく呼吸を整えてから、言った。
「俺はタクシーじゃなくて、タカシな」
◆◆◆
【ラムダの町の郊外】
町に到着したエルフの人数は60人程度だった。咎人1人につき、1人で連行するために相応の人数を連れてきたのだろう。
それに対して町民も動ける者はほぼ全員がそのエルフたちに対峙していた。
そこに国王軍が紐で厳重に縛られている咎人を連れてきていたが、その家族や恋人らが縋るように叫んで、エルフへの受け渡しを阻止しようとしていた。
「お父さん! お父さん!!」
「やめてぇええええ!!」
国王軍が咎人と縋りつく家族の間に入り、それを止める。
咎人の方も泣いている者や、途中で座り込んでしまって歩けなくなってしまう者もいた。
俺は、やっぱりその光景を見ると「やめてくれ」と止めに入ってしまいそうな衝動に駆られる。
それを懸命に抑えて、拳をギュッと握りしめた。メギドがエルフの長の前まで歩いて行ったので、俺もメギドの後をついて行く。
「結論は出たか?」
「はい。十分に
「そうか」
国王軍指揮官が先頭の咎人の紐をエルフ長に手渡した。
「咎人を引き渡します。これで、この町を襲わないという条件ですから、それを違えないようにお願いしますよ」
「あなた方こそ、我々ともう二度と関わらないようにしてください。新たな争いが生まれるだけです」
エルフの長はメギドに対して頭を下げ、咎人を引いて森の方へと歩き出した。
そのときだ。
「やめろぉおおおおっ!」
俺がその方向を見た時は、すでに少年は弓を引いて構えていた。狙っているのはエルフの長だが、冷静さを欠いた照準ではどこに向かって当たるのか分からない。
ただ、方向からしてエルフの誰かには当たる角度だった。
俺はそれをどうしたらいいか解らなかった。だが、身体が自然に動き、エルフの長と少年の間に俺は走り込むと両腕を広げた。
ヒュンッ……
一瞬だったが、確実に少年の放った矢は俺の右目の前まで来た。
俺がそれに気づいたのは、全ての事が終わった後だった。
「やめな!」
少年を母親が取り押さえて、弓矢を奪い取る。
――あれ……?
矢は、少年の足元に刺さっていた。射った方向と反対方向なのに、確かに矢は少年の足元に斜めに突き刺さっていた。
――なんで……? 俺に向かって飛んできていたのに……
何が起こったかは定かではなかったが、もしかしたら死んでいたかもしれないという緊張感で、俺は冷や汗が出て身体を強直させたまま何度も息を吸って吐きだした。
こんなことができるのはメギドだけだ。俺がメギドの方を見ると「やれやれ」というような態度で首を左右に軽く振っていた。
「父さんを返せよ! 返せ!」
「お父さぁああん!」
弓を射った少年1人ではない。咎人の子供と思われる子供たちが何人も大人たちを押しのけて咎人の父親にしがみついた。
「やだぁああ! お父さん! 行かないで!」
「お父さん! お父さん……!」
母親が駆け寄って懸命に子供を引きはがそうとしても、子供はしっかりと父親にしがみついて離れない。
「やだ! 連れていかないで! やだぁあああっ!」
「仕方ないんだよ! 父さんは悪いことをしたんだ!」
そう子供を
――あぁ……もう……どうしたらいいんだよ……
右を向こうが、左を向こうが、目に映るのは泣き叫んでいる子供と、それを引きはがそうとする親、国王軍でその場は騒然としていた。
まるでこの世の終わりのようだった。
いや、実際にこの世はゴルゴタの手によって終わらせようとさせられているという意味ではこの世の終わりなのだろうが。
「早く連れて行け。長引けば乱闘になってもおかしくない」
メギドは冷静にエルフの長にそう言った。
「ええ……」
国王軍と母親が子供たちを咎人から引きはがした後、エルフらが全員を繋げている紐を引っ張ると、咎人の何人かはその場に塞ぎ込んで泣き出し、エルフらに懇願した。
「俺が悪かったよ! いや、俺たちが悪かった! 許してくれ! 助けてくれ……! 死にたくない! 家族と離れたくない! 償いはするから、殺さないでくれ!」
他の咎人たちもそれに呼応するように、全員がその場で額を地面にこすりつけながらエルフに向かって謝罪をしていた。
それを見ていた母親たちも泣きながら同じようにエルフに頭を下げる。
「…………それは、虫のよすぎる話だとは思わないですか? 自分が行った行為を考えれば、罰せられるのが普通です」
「償うから……償う機会をくれ……頼む……」
そう必死に頼み込む彼らを見て、メギドはエルフの長に目配せした。
「今度は嘘は言っていないようだぞ」
「………………」
メギドの言葉を聞いて、エルフの長は他のエルフたちを見渡した。この世の終わりのようなこの状況に、非情に険しい表情をしている。
「……この者たちの処分はもう随分話し合ったが、もう一度話し合うというのはどうだ? その間、少し保留にして拘束しておこう。殺すのはいつでもできるからな……」
エルフの長がそう言うと、他のエルフたちは俯いて考えるようなそぶりを見せた。だが、何人かはその提案に反発し始める。
「謝罪されたところで非道な行いを許すことは出来ません。話し合った通りにしましょう」
「私も許すつもりはない。だが……メギド様の言ったことの意味が、
泣き崩れる咎人たちを見て、エルフの長は険しい表情をしたまま話を続ける。
「この咎人らを殺すことで、その子供たちは私たちに明確な敵意を向けることになるだろう。そうしてまた争いが生まれるんだと……償いはさせるが、死刑にするというのは最善の選択ではないと感じる」
「ですが、私の娘は暴徒に凌辱され、それ以来ずっと心を閉ざしているんです! 一生それを背負っていくんですよ!?」
「私の息子も同じです。今でも男性が近づくだけで
女性のエルフの1人が背負っていた弓矢を咎人たちに向けた。泣きながら、歯を食いしばりながら、渾身の力で弓の弦を引く。
「やめろ!」
エルフの長がそう言ったときには既に矢はまっすぐに飛んでいた。
目にも留まらぬ速さだったが、その矢も飛んでいた方向とは反対方向の、弓を射った女性エルフの足元に矢が突き刺さった。
これも少年の矢のように飛んで行くべき方向と反対方向だったので、メギドが何かしらの魔法を使っているのは間違いない。
「やめろ。私の前で見苦しく争うな。場合によっては全員拘束するぞ」
メギドがそう牽制すると、弓を構えていた女性エルフは悔しさを滲ませ、涙を流しながら弓を降ろした。
「連れ帰ってよく考えろ。殺すのは一瞬だ。加害者にも家族がいることを踏まえてよく考えるがいい」
「はい。全員立ってください。行きますよ」
まだ子供たちは泣き叫んでいたが、エルフたちは咎人1人につき1人ついて、腕を掴んで全員を連れて森の中へと帰って行った。
エルフの長は最後にメギドに一礼し、去った。
エルフたちが去った後、町民は泣き崩れている者も多くいたが、それぞれが散って家へと戻って行った。俺とメギドも宿に戻ることにする。
「戻るぞ」
「……あぁ。あいつら、大丈夫かな……?」
メギドはまた俺の肩の上に乗った。メギドの重み以外に、俺は色々な重みを肩の上に感じた。
「お前は私が助けなかったら大丈夫ではなかったぞ」
「やっぱ、メギドが助けてくれたんだな。下手したら死んでたかも……」
「“かも”ではなく、概ね死んでいた。矢の速度と当たる位置からして、目から脳へと貫通していただろうな。仮に助かったところで何らかの障害が残っていただろう」
「…………そっか……ありがとな。俺、やっぱり目の前にすると後先考えられなくなっちまって」
「文字通り、致命的な欠点だな」
重い足取りで俺は宿の方向へと歩いて行く。
「もうこの町での用事は全て済んだ。明日の朝には出る」
「あぁ。これの結果は見届けられないんだな……」
「この町とエルフの行く末を見ていたら、お前の一生を費やしても足りないぞ。心配しなくとも、魔族が入れないように結界は張って行く」
俺の耳には泣き叫んでいる子供の声がまだ聞こえていた。家の中からその声は響いてくる。
「なんか、色々気になって今日は眠れそうにない」
「それはないだろうな」
「なんでお前にそんなこと分かるんだよ」
やけに自信ありげにメギドが言うので、俺は顔を上げてメギドの方を見上げた。
「お前、忘れているのか?」
「何を?」
「お前はトレーニングが終わっていないだろう。それが終われば疲れてすぐに何も考えずに眠れるようになる」
――は?
俺は「冗談だろ」と思わず足を止めた。
「え……マジ? 続きすんの……?」
「当たり前だ」
「忘れてると思ってたのに……」
「何か言ったか?」
「分かったよ。やるよ」
そうでもしなければ、俺は色々考えてしまって眠れないような気がした。トレーニング内容がめちゃくちゃ過酷なので、それ自体に気乗りしないが、もうそこまでしないと眠れなさそうだ。
その後、俺は「やるよ」などと言ったことを後悔するほど、延々とトレーニングをさせられた。
これを毎日やったら、俺は死んでしまうかもしれない。
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