第59話 「血塗れのナイフ」を装備しています。▼
【魔王城】
ゴルゴタの座っている魔王の椅子の横に簡易的な机が作られ、そこで蓮花は書き物をしていた。
魔王城の書庫から、死者の蘇生に関連のありそうな本を片端からそこへ運び、難しい表情をして蓮花はペンを紙に走らせている。
周りに積まれている本はざっと数えて50冊以上はある。どれもこれも分厚い本で、その本の海の中に蓮花は埋もれていた。
そこは書き物をするには少々騒がしく、集中して事を進めるには適さない場所だった。
「いつまで俺様を待たせンだよ!?」
グシャッ……!
もうこれで、今日は2度目だ。
ゴルゴタは報告に来た魔族が思わしくない報告をすると、ほぼ決まって半殺しにしている。回復魔法で回復可能な程度にとどめているが、即死ような暴力を振るうこともあった。
例えば、頭蓋骨を握りつぶしたり。例えば、心臓を抉り出したり。例えば、背骨を引きずり出したり。
そうなると、もはや回復魔法ではどうにもすることができない。
ゴルゴタによってそこら中に死体が投げ捨てられ、そこかしこで血の海が広がっていた。腐臭を放っている者もいる。
蓮花はまだ息のある魔族に回復魔法をかけて治療をした。
死の淵から生還した魔族は息を詰まらせながら、ゴルゴタに対して必死に頭を下げつつ逃げるように去って行った。
「…………」
蓮花は蘇生が済むと、黙って再び机に向かった。少し手についた血を、乱暴に自分の服で拭う。
――手、洗いたい……
そう思いながらも、蓮花が席を外す際にはいちいちゴルゴタに声をかける必要があり、機嫌が良くないゴルゴタに声をかけるのは得策ではないと蓮花は学習していた。
「ちっ……イライラしやがる……」
ゴルゴタがぼそりと独り言を言うと、蓮花はそれに対して何か反応をするべきかどうか少し考えた後、苛立っているゴルゴタに声をかけた。
「落ち着く薬を作りましょうか?」
「いらねぇよ。黙ってろ」
ゴルゴタは自分の腕をガリガリと引っ掻き、血を流した。
その自傷行為の様子を見ても蓮花はそれ以上何も言わなかった。「やめたほうがいいですよ」などと言っても、ゴルゴタは素直にその意見を取り入れないだろう。
ゴルゴタの服は血まみれだ。他の魔族の血と、自分の血が混じり合っている。それに、ゴルゴタが身体を引っ掻くせいで破れてしまっている箇所も多くあった。何度服を着替えても、その結果は変わらない。
そのうち、城から服がなくなるのではないかと、蓮花はどうでもいいことを考える。
他に数々の魔族が報告に来ては半殺しになっていくのを、蓮花は視界の端に捕らえながらもそう気にしなかった。何度も繰り返される暴力に、断末魔の叫び声にも耳が慣れてきた。
確実に放置したら死ぬような者だけ見極めて回復魔法を時々使って治療をしている。
ただ黙々と、魔族それぞれの身体の構造をよく見極めながら、それぞれに合った回復魔法を展開する。
「交渉は……難しいというのが現状です……」
「お前……本当に馬鹿だなぁ……? 俺様の手、なんでこんなに血まみれなのか分かってねぇのかぁ……?」
「は、はい……もちろん、あの手この手で説得をしているのですが……」
「お前が説得できなけりゃあ……他の奴に変えるまでだぜぇ……? なぁ……?」
蓮花はゴルゴタ側の詳しい話はよく分かっていないものの、高位の魔法の使い手を魔族から募っているところ、中々思うように魔族が集まらない様子だった。
悪魔族は協力的な態度を最初は取っていたらしいが、天使族にも協力を求めていることを知るや否や非協力的になったということらしい。
一方天使族は悪魔族の血が流れているゴルゴタに対して全く協力的ではなく、交渉は難航している。
鬼族はアギエラの件に関しては沈黙を守っており、交渉にならないと。龍族も人間の事はどうでもいいという主張のようだった。
いずれも、武力行使をしようにも中途半端な者では各種族に歯が立たないらしい。
端から聞いていて、全く話が進んで行っているように聞こえない。
「あー……もうやってらんねぇ……でもなぁ……俺様が行くとぶち殺しちまいそうだしなぁ……キヒヒヒ……」
ガリッ……ガリッ……
指を嚙み千切っているが、ゴルゴタの傷はすぐに塞がった。
しばらくゴルゴタはそうしていたが、気が済んだ頃に蓮花の方を向く。
「おい、人殺し」
「なんですか?」
そのぞんざいな呼び方にも蓮花は普通に返事をした。
「さっき薬が作れるって言ったよなぁ?」
「作れますよ。悩みなんてなーんにも感じなくなっちゃうような“ぶっ飛べるやつ”も作れます」
冗談のつもりでそう言ったものの、ゴルゴタは大して興味はなさそうだった。
そもそも、その“ぶっ飛べるやつ”を使わなくてもゴルゴタは既に常軌を逸している。
「へぇ……? じゃあ、どこまでも苦しむ毒も作れんのかぁ? キヒヒヒ……」
「あー……毒のある植物や生き物の見分けはできますから、作れると思います」
「切り刻むのも飽きてきたからよぉ……そういうやり方も良いよなぁ……? ヒャハハハハッ」
苦しむと一口に言っても色々な毒の種類がある。
激痛に苛まれるものもあれば、身体が壊死していくものもあるし、身体が溶けていくものもある。後は中毒症状として幻覚や幻聴、妄想に苦しむものまで様々だ。
「うーん。解毒はちょっと難しいんですよね……苦しめたいなら寄生虫とかどうですか?」
「寄生虫?」
「あー……でも、魔族の身体の仕組みは詳しくないので、人間に住む寄生虫が魔族に住むとも限らないし……即効性もないし……」
それに、
「どうですかって、てめぇも残虐的なのが好きなクチだなぁ? キヒヒヒ……」
「拷問方法はそれなりに心得がありますよ。別に、好んでる訳じゃないです。心の底から憎い相手をできるだけ長く苦しめてやろうと、最高で最悪の拷問方法を考えていただけです」
蓮花はずっと動かしていたペンを止め、どこを見るでもなく前を見つめた。
“そのとき”のことを思い出すと、今でも怒りで表情が歪む。
「ふぅん? で、その心の底から憎い相手はどうやって痛めつけたんだよ? さぞや残酷な方法で殺ったんだろうなぁ……ヒャハハハッ」
「…………生まれてきたことを後悔するほどの苦痛に沈めてやろうと、あれこれ考えていたんですけど……いざ本人を目の前にしたら、一瞬で殺してしまいました……」
目を若干泳がせながら、蓮花はゴルゴタに視線を移す。そしてまた、視線を外して机の上に置いてあるナイフを見つめた。
「なんというか……目の前にした瞬間に感情の抑えが利きませんでした。何度も何度も……もう死んでいるって頭では分かっていたのに、ナイフを振り下ろしていました。そこら中血まみれで、肉もぐちゃぐちゃで、もはやそれが元々なんだったのか分からなくなるまで、一心不乱にナイフで刺し潰しました」
蓮花はその相手を“刺し殺した”でも“切り刻んだ”でもなく、“刺し潰した”という表現でしか表せないような殺し方をした。
「それがてめぇの持ってるそのナイフかぁ?」
「そうですよ。このナイフで殺しました」
少し刃こぼれしているナイフを蓮花はゴルゴタに見せる。何の変哲もない、普通のナイフだ。
どの町でも売っているような当たり障りのない造形の、刃長が20cm程度のナイフ。誰のものなのか最早分からないが、血がついている。
「それを後生大事に持ち歩いてるってわけか。ヒャハハッ! 良い感じに狂ってやがるなぁ? レンちゃんよぉ……」
先ほどまで不機嫌そうだったゴルゴタは、少しは機嫌が良くなったのか笑っていた。
「これがないと、不安なんです……まだ、“あいつ”が生きているような気がして……このナイフで殺したんだって、見るたびに思い出して安心するんです」
「へぇ? そういうのも悪くねぇなぁ……俺様もなんか愛用の武器でも持とうかなぁ……? つっても、普通の剣じゃ面白くねぇし……」
その話を聞いていて、蓮花はふと面白い武器が作れそうな生き物を思い出した。
「あ、なら、こういうのはどうですか?
「いや、知らねぇ。なんだそれ?」
「身体に鋭い刃を持っている蛭なんですけど、血を吸って、その血の鉄分で刃をどんどん大きくしていくんですよ。要するに、血を吸わせれば吸わせるだけ鋭く、強くなっていく成長する武器を作るんです。成長する武器って洒落てません?」
その「血を吸わせると成長していく武器」というものにゴルゴタは興味を示す。
「そりゃ面白そうだなぁ? てめぇが作れんのか?」
「……あー……提案してみたものの、あれを触るのは気持ち悪いですね……」
刀蛭の姿を思い出すと、蓮花はそのおぞましい姿にゾッとして生理的嫌悪感を示した。大きさは大きい者で15cm程度。
血を吸われた者は小型動物であったら死んでしまうということもまぁまぁあるらしい。
「はぁ? てめぇが言い出したんだろ。訳の分かんねぇ女だな……キヒヒヒ……その刀蛭ってのはどの辺に生息してんだよ? こんなとこいても暇だからなぁ……ひと暴れしに行ってくっか……報告聞くために座って待ってんのもつまんねぇし」
ゴルゴタは椅子から立ち上がって首や手首、指などの骨をバキバキッと鳴らしていた。
「多分、その辺の森の水辺に生息していると思います。水辺に来た生き物の血を吸ってるので」
「そう言えば、ジジイが手先が器用だったな……武器はジジイに作らせるか」
「ジジイ?」
「あぁ。どうせ暇してるだろうからなぁ……キヒヒヒヒ……丁度いい暇つぶしになんだろ」
「……?」
「おい、人殺し。ついてこい」
歩き出したゴルゴタの後を蓮花はナイフを持ってついて行った。
だが、蓮花は急にナイフを持っている手を横から捻りあげられた上に膝を内側から蹴られて、その場に前のめりに倒れ込む。
「ッ……!」
「お待ちください。ゴルゴタ様」
蓮花を取り押さえたのはダチュラだった。
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