第56話 回復魔法士が仲間になりたいようです。▼
【メギド ラムダの町】
私はラムダの町に戻ってからすぐに、町全体に聞こえるように音を反響させる魔法を構築し、話をした。
「数時間後にエルフの長が来る。魔王である私が呼んだ。くれぐれも危害を加えようなどという愚行は働かないことだな。そうなれば容疑者全員首が確実に落ちることになる」
と。
この町へエルフの長がくるまでの時間は、あの保護したエルフの女の尋問時間を鑑みても1時間から2時間程度だろう。
クロのいる場所に降り立ち、クロに「エルフの長がお前を目印にくる。来たら空へ向かって青い炎を上げて合図しろ」と言った。不満そうにしていたが、クロはそれを渋々と了承する。
翼で長時間飛行し続け、私は疲労していた。こんなときに乗り物のタカシはいない。疲れているので歩きたくないが、仕方なく私は歩いて国王軍指揮官のいるテントへと向かった。
「お、帰ってきたのかメギド。早かったな」
テントの中に入るとそこには私が言付けた通り、タカシとレインと数名の回復魔法士が待機していた。何故その者たちが回復魔法士と分かったかと言うと、専用の制服があるらしく一目で分かるように白い法衣を纏っている。
「気安いぞ。主が帰ってきたら“おかえりなさいませ、ご主人様。お茶をご用意しております”だろう」
「言わねぇよ! 茶も入れねぇよ!」
「ちょっと、僕の下でうるさいんだけど。静かにしてよ。まったく」
レインはタカシの頭の上で、タカシの頭を「うるさい」と何度も叩く。
「爪が痛いって……!」
「はぁ……あの絵を描いている女の子の方が静かでいいなぁ。なんでこんなうるさい奴の上に乗っちゃったんだろ」
「メルは留守番だから仕方ないだろ。っていうか、嫌なら自分で移動しろよ!」
「僕が人間に
「お前に手を出した人間の方が何されるか分かったもんじゃないっての」
私は言い争いをしているタカシらを無視して回復魔法士らを1人ずつ見た。
年配の者もいれば、若年の者もいる。実力は未知数だ。誰を連れていくか
「回復魔法士を1人、旅に同行させるという話は聞いているな?」
「はい。聞いています」
「私は回復魔法というもの自体、良い印象を持っていない。だが、事は緊急を要する。そうも言っていられない。だから、腕のいい者を同行させたいと思っている。この中で一番回復魔法の腕がいい者は誰だ?」
そう言うと、回復魔法士たちは顔を見合わせた。誰が一番かということを聞かれると、答えづらいのかなかなか口を開こうとしない。
「…………あの……魔王様、よろしいですか?」
「なんだ?」
小柄な若い男が私に対しておずおずと自信なさげに話しかけてきた。まだ年端も行かない子供のように見える。メルよりは大人びているが、タカシよりは幼い。人間の年齢で言うと、17、18程度だろうか。
「僕、そんなに上位の回復魔法士じゃないんですけど……僕じゃ駄目ですか?」
「話を聞いていなかったのか? 腕のいい者でなければ同行させられない。下手な者にやらせると逆に命を縮めることになるからな」
「えっと……回復魔法士全体の序列でいうと上位じゃないんですけど……自信はあります!」
必死に私に対してそう主張してくる。何らかの理由がなければそう食い下がっては来ない。何か理由があるのだろう。
「…………では、怪我人の回復をして見せろ。その自信がどれほどの実力なのか証明しろ」
「解りました」
他の回復魔法士はどうにも旅に同行するというのは気乗りしていない様子だった。気乗りしていない者を無理に連れていっても、思うような成果は期待できない。
やる気がある者の方がいいが、やる気があっても腕が伴っていなければ話にならない。
まして、こんな若年の者に使いこなせるほど、回復魔法は簡単なものではないと感じていた。
「ついてこい。おい、お前たちもいつまでくだらない言い争いをしているつもりだ。行くぞ」
「お? おう。話はまとまったのか?」
テントから出て、私はタカシの肩の上に乗った。疲れていたので全く歩く気にならない。それを見た回復魔法士は驚いていたが、別段なにか言うことはなかった。余計なことを口走らない辺りは賢いと感じる。
「ちょっと、魔王。魔王が上にいると、僕、なんか狭いしムカつくんだけど」
「仕方ないだろう。私は疲れているのだから歩きたくない」
「あのさ、2人とも自分で歩くっていう選択肢を放棄しないでくれない……? 喧嘩の内容にどっちにもまったく賛同できないんだけど」
「やかましい。せっかく脚が治ったのだから歩け」
不満はあるようだったが、タカシは歩き出した。辺りを見渡すと、回復魔法士の働きによって、路上に寝かされている怪我人は随分少なくなっているようだった。
「あの……僕が治療した人の傷の状態を確認してもらえたら、分かりやすいと思うんですけど……いかがですか?」
回復魔法士の少年は私を見上げてそう言ってきた。
「顔を覚えているのか?」
「覚えています。例えばあそこに座っているおばあさん……左脚に固定具をつけていますよね?」
椅子に座って
「彼女は左脚は骨が粉砕されて、医師の判断では下肢切断も視野に入っていました。ですが、粉砕された骨の欠片を取り除き、人工骨を形成し直して移植しました。骨の他に神経も切れていましたが全て繋ぎましたし、筋肉と皮膚もできるだけ回復させました」
「固定具をつけているところを見ると、魔法が十分ではなかったのではないか?」
老女は脚をさすって痛みに耐えているように苦しそうな表情をしている。
「いえ、彼女はもうかなりの年齢ですから、回復魔法で身体の機能を酷使しすぎると命を縮めてしまいます。ですから、緊急措置をして、あとは経過観察をしながら自身の回復力に任せるという治療法を選んだんです。回復魔法を使うにしても、徐々にですね」
「老人は回復能力が落ちているからな」
「痛み止めの薬が間に合っていないので、まだ回復していない箇所の痛みは感じるでしょうけど……先に神経を繋げないといけなかったので、それについては我慢させてしまって申し訳なく思っています……」
「ほう。回復魔法も万能という訳ではないということか」
「はい。本当に才能がある回復魔法士は老化現象をも食い止められるらしいですが……僕はまだそこまではできません。とはいえ、希少な存在ですから、僕は見た事ないですけど……」
それを使える回復魔法士がいるとしたら、自然の摂理などというものを度外視しすぎていると言える。
だが、老いないというのはかなり魅力的だ。老いれば身体の機能も衰える上に、内臓疾患も現れたり、様々な弊害がある。見目も麗しくなくなり、肉も弾性を失い
まぁ……私は老いても美しいままだろうが。
「へぇ、不死身ってことか? すげーじゃん。あ、俺、タカシ。で、この白い子供の龍がレイン、それから、知ってると思うけど、魔王のメギド。名前は?」
「僕は……カノンです。よろしくお願いします」
「カノンか。よろしくな」
「よろしくするかどうかは腕次第だ」
「メルの時は“伸び代がある”って言って仲間にしたのに、カノンには冷たいな」
「回復魔法士の伸び代に期待しているわけじゃない。“今”使えなければ必要ない」
カノンは難しい表情をしていたが、その後も治療をした患者を説明し続けた。
元々の傷の状態を説明され、どのように治療したかを聞いたうえで、傷の状態を確認するとそれなりの腕前であることが確認できる。患者ひとりひとりに合わせた治療法を確実に行っている様で、傷痕もかなり目立たないように再生されていた。
「どうですか、魔王様。僕……どうしても魔王城に行きたいんです。同行させてください」
「何故だ?」
「僕の兄が……魔王城に連れていかれてしまったんです。兄を助け出したくて……」
「…………」
回復魔法士であるカノンの兄と聞いて、ゴルゴタが「回復魔法士を捕まえた」と言っていたのを思い出す。
「その兄は回復魔法士か?」
「えっ、あっ、そうです。どうして分かったんですか?」
「ゴルゴタが回復魔法士を捕まえたと言っていたからな。あの男が人間をわざわざ魔王城に連れていく理由としては、利用価値がある以外には思いつかない」
「あの男と会ったんですか!? 兄は! 兄は無事なんですか!?」
カノンは私の下のタカシにしがみつきながら、上にいる私に質問を投げかけてくる。タカシはカノンにしがみつかれて驚いてよろけていた。
「落ち着け。お前の兄の安否については分からないが、利用価値があればそう簡単には殺されないだろう」
「…………僕、やっぱり決めました。もし、魔王様が僕を同行させる選択をしなくても、僕は勝手についていきます」
信念を灯した目で私に対してそう訴えかけてくる。私たちに勝手についてくるということは、余程の覚悟があると見える。
「そうまでして確固たる決意があるなら、1人で行けばいいだろう」
「それは無謀です……僕は回復魔法は使えますけど、戦闘向きじゃないですし……1人で特攻しても、たどり着けないと思います。他の勇者の人はなんというか……言い方は悪いですけど、臆病で魔王城に行こうという人はいないんです」
自らの法衣を強く握りしめながら、自分の無力さに打ちひしがれている様だった。
「魔王城にたどり着く可能性が高い魔王様に同行したいんです」
「………………」
何も考えていない愚か者ではないようだ。
物事も冷静に判断ができている。咄嗟の時に激情に駆られて物事を判断しない聡明さがある。
「なぁ、メギド……連れていってやろうぜ。別のやつを連れていくにしても、回復魔法士が1人より、2人の方がいいだろ?」
「戦闘になった際に、お前がこいつを守れるのか? 守れるだけの力がお前にないのに、無責任なことを言うな」
「僕なら、自衛くらいはできます。多少怪我をしても、回復魔法を使えますし。僕が守る側になれますよ。足手まといにはなりません」
「ほう。それは心強い限りだな」
カノンを見ている限り、嘘も言っていないし
――他の回復魔法士の腕も見たいが、それを全部見ていると時間がかかりすぎるか……
私がそう考えている間に、空に向かって青い炎が大きく立ち上ったのが見えた。クロの青い炎だ。
「エルフの長が来たらしいな。クロの元へ行くぞ。先に言っておくが、タタミ、エルフの長に食って掛かるなよ。死刑を辞めさせたいのなら逆効果だぞ」
「タ・カ・シ! もう渋い顔してないだろ! はぁ…………分かったよ。できるだけ冷静に話できるようにしてみるよ」
「そうしろ。カノンもついてくるなら余計なことは言うなよ」
「はい……」
如何なる決断を出したところで、負傷者や死者の数からして遺恨が残ることは間違いない。
――このアホが感情的にならなければいいが……それも難しいか
レイン、タカシ、カノンを連れた状態で私はクロのいる広間へと向かった。
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