第38話 イベント:大蛇を討伐してください。▼




【アザレア一行 オメガの町】


「なーんか、誰もいないのな。ていうか、オメガの町ってこんな町だったっけ? それも忘れちまってるのか、来たことないのか分かんないけどさ」


 ウツギが町の中を見渡しながらそう言うと、他の者も同様の疑問を持っていた。


「何とは言えないが何か違和感を覚えるな。これだけの家がありながらも町の人間はどこへ行ってしまったのやら」

「先に宿を取ってそこで風呂に入ろう。それから、宿屋の人に話を聞いてみよう」

「お腹もすいてるし、ご飯にしましょう」


 アザレア一行が宿屋を見つけるまで町を歩いていても、誰も町民とは出くわさなかった。

 オメガの町はそれなりに発展していて家も多いし出店も出ているのに、誰もその店先にいない。出店には食べ物などは並んでおらず、空の木箱などが置いてあるだけだ。

 海に続く川に沿って色とりどりの花と木が植えられていて、川の上にはボートも浮いている。


「なぁ、服屋見てかねぇ? こんなダッサい服いつまでも着てるの嫌なんだけど」

「少し我慢してくれ。風呂と食事が先決だ」

「はぁ……分かったよ」


 宿屋に付き、扉を開けると宿の受付には誰もいなかった。


「すみませーん。泊まりたいんですけど、誰かいますか?」


 アザレアがそう宿の奥に声をかけるも、返事はない。


「?」


 互いに顔を見合わせながらもアザレアは声をかけ続けた。すると、二階から宿の主と思われる人物が下りてきた。

 やっと見る人間の顔にアザレア一行は不安を少し払拭されたが、それはほんの一瞬の出来事だった。


「あの、泊まりたいんですけど――――」

「あ、あんたら、何言ってるんだよ!? 静かにしろって!」


 安堵していたつかの間、慌てたように喋るその声に、再びアザレア一行は事が怪しげな雲行きになり不安が広がる。


「どういうことだ?」


 宿屋の主人らしき人物は辺りを見渡しながら、ゆっくりとアザレアたちに近づいて小声で話を続けた。


「あんたら……その装備……勇者か? 勇者なら早くアイツを倒してくれよ。ここに来る途中で見なかったのか? こんなときしか役に立たないんだから頼むよ!」

「勇者……?」


 アザレア一行はなにやら聞き覚えがあるような気がしたが、何のことなのかさっぱり分からなかった。


「アイツってなんだ? 別に来る途中なーんにも、誰にも会わなかったぜ?」

「蛇の魔物だよ! 人間を丸のみするほど大きい蛇がこの町にいるんだ。本当にあんたら何も知らないのか?」

「あぁ……色々あったらしいけど、どういう訳か俺たち全員記憶がなくてな。さっき起きたばかりで、それで困っているんだ」

「なんだ……勇者の応援が来てくれたわけじゃないのか……」


 宿屋の主人はガクリと肩を落とした。

 それを見たアザレアはイベリス、ウツギ、エレモフィラたちと顔を合わせる。なんと言葉を交わさずとも、彼らの考えは同じだった。


「それ、俺たちが何とかできそうな気がするんだ。蛇の魔物はどこにいるか教えてくれないか?」

「は……? だってあんたら記憶喪失で何が何だか分かってないんだろ? 行き当たりばったりじゃ無理だって」


 宿屋の主人は首を横に振るが、イベリスは柔らかく笑いながら主人に返事をした。


「上手く説明はできないが、私たちならできる気がする。そう肩を落としなさるな」

「いーさんの言う通りだぜ。俺ら、そういうのできる気がするんだよな。不思議と」

「私も賛成。私たち、協力すればなんとかできると思う。その代わり、退治したら無料で泊まらせてね。実はお金をあまり持ってないの」


 したたかにそう言うエレモフィラに対して一行は苦笑いをする。宿屋の主人はわらにもすがる想いでそれを了承した。


「アイツはどこにいるかは分からない……かなりでかいからすぐに見つかると思うが……本当に行くのか?」

「あぁ、帰ったら風呂に入りたいんだが、湯を沸かしておいてくれないか?」

「無事に帰ったらな……今は水の調達も大変なんだ。悪いが希望にかけることはできない」

「分かった。なら行こう、皆」


 宿屋から出たアザレア一行は、宿屋に着く前よりも注意深く辺りを警戒しながら町を歩いた。注意をして辺りを見るものの、大蛇がいるような雰囲気はない。

 ただただ町は静まり返っていて、時折家の中からアザレア一行を見ている視線を感じるだけだ。


「でかいってどのくらいだろうな? 人間を丸のみできるほどでかいのがいるって言う割には別に町は普通だな。壊れてるわけでもないし」

「家を壊して中の人間を食べようというほどの知性はないようだな」

「それにしても……俺たち、なんでできる気がするんだろう? 何も覚えてないのに……」


 辺りの美しい景色を見ながら、アザレアはそうつぶやいた。これから何人もの人を食べたという大蛇に向かうというのに、誰も不安な表情をしてはいない。


「目の前のことを一つずつしていこう。そうしたらきっと徐々に思い出すはず」

「そうだな。たわいない話で徐々に思い出すかもしれないな」

「そっかぁ。じゃあ、えーちゃん、この中だったら誰と付き合う? やっぱり俺?」


 ウツギは無邪気な笑顔でエレモフィラに問うた。それを聞いてエレモフィラは心底嫌そうな表情をした。

 言うなれば、下衆を見るような目でウツギの方を見ている。


「……そういうの、気持ち悪いからやめて」

「えー……なんか、前もこうやってフラれてた気がする……」

「はっはっは、一つ思い出せてよかったではないか」


 イベリスはウツギがぐったりとうなだれているのを見て笑った。ウツギは「笑うなよ!」とイベリスに文句を言う。


「お前たち、ふざけてないでもう少し真面目に魔物を探してくれよ。近くにいるかもしれないんだぞ」

「そう言うなら、アザレアもウツギにそういう事を言わないように言ってよ。私を軽く見てるところがムカつくんだよね」


 そう言われたアザレアは少し困ったが、エレモフィラの意見を尊重することにした。


「えーと……ウツギ、エレモフィラが嫌がってるんだから、そういうことを言ったら駄目だぞ」

「へーい。そんな怒んなくてもいいのにさ。別にそう深い意味はないっての」

「怒ってない。不愉快だっただけ。例えるなら、泥遊びした後に手を洗わないままおにぎりを握ってそれを食べろって言われてる感じ」

「例えが分かりずれぇよ!」


 ズルズル……ズルズルズルズル……


 アザレア一行はその音を聞いた瞬間、ふざけていた空気は一瞬で払拭され、各々が臨戦態勢に入った。

 音が近づくにつれてその音からおおよその大きさは推測できる。30mほどの大蛇が町の角から顔を覗かせるまでにそれほど時間はかからなかった。

 それも1匹ではない、町角から現れたのは3匹だ。

 アザレア一行を見て大蛇は警戒態勢を取り、首をもたげて口を大きく開け、威嚇してきた。


「町は壊さないようにしなければな」

「派手にやっちゃったら駄目なのか?」

「死人が出たらまずいだろう」

「じゃあ俺から行っちゃうよ!」


 ウツギは自らに強化の魔法をかけた。目にも留まらぬ速さで1匹の大蛇の懐に潜り込み、そのまま大蛇の頭頂部に軽々と乗って見せると、そのまま身体を空中で回転しながら、かかと落としを食らわせた。

 その大蛇は脳が破壊されたのかビクリビクリと身体を痙攣させるが、やがて微動だにもしなくなった。

 他の大蛇がウツギを丸のみにしようと、口を開いてウツギに襲い掛かる。


「よっと!」


 蛇の鼻先を片手で掴み、身軽な動きで再び蛇の頭に乗った。頭の付け根まで移動し、そのまま首を引きちぎった。大蛇の首は落ち、辺りに血が飛び散る。

 最後の1匹はアザレア達に襲い掛かったが、イベリスが炎の魔法を発動させると、一瞬で大気すらも焼き払われ、大蛇は骨も残らず塵と化した。その際に少々ウツギに炎の魔法がかする。


「あっち! 加減しろよいーさん! 俺まで焼き払うつもりか!」

「お前さんなら避けられるだろう」


 大蛇は3匹とも動かなくなっていた。

 正確に言うと、1匹は焼き払われてこの世から完全にいなくなり、1匹は首が千切れた状態、1匹は頭部が激しく損傷し倒れた状態だ。


「俺1人でも全然平気だったな」


 ウツギがそうぼやいた直後、頭だけの大蛇がウツギを背後から襲撃した。

 大蛇の牙がウツギに刺さる直前、アザレアがウツギを横に突き飛ばし、剣に魔法を纏わせて振りぬき、大蛇の頭部を真っ二つに切断して破壊した。


「油断するなウツギ。危なかったぞ」

「……ふっふっふ……お前さんなら助けてくれただろう……」

「それ、イベリスの真似? 全然似てないし、誤魔化してるだけって誰が見ても分るよ」

「うっ……」


 エレモフィラに指摘されたウツギは気まずそうに顔を逸らした。


「これで全部なのか?」

「何匹いるかはおっちゃんには聞いてなかったけど、もう気配なくね?」

「そうやって油断しているから、先ほどは危なかったのではないのか? お前さんはいつもそそっかしいな」


 ウツギに襲い掛かった大蛇の切断された頭を見て、エレモフィラは肉の状態を確認し始める。


「この蛇、食べられるかな?」

「げぇっ……えーちゃん、こんなの食おうとしてんの? 絶対不味いだろ……」

「食べてみないと分からないでしょ」

「そういうのなんていうんだっけ? えーと……悪癖あくへき……じゃなくて……」

悪食あくじきと言いたいのか?」

「そう! それ!」

「ウツギはバカ舌だから珍味の味なんてわからないでしょうね」


 ウツギたちが話をしていると「コツ……コツ……」という音が町の角から聞こえてきた。

 再び4人は臨戦態勢に入って警戒する。じりじりと町角にむかってアザレアとウツギが近寄ってその音の正体を確認した。


「誰か……そこにいるのかい……?」


 家の角から現れたのは1人の老女であった。杖をつきながらよろよろと現れる。「コツ……コツ……」という音はどうやら杖の音らしい。随分ボロボロの白い服を着ていて、杖を持っていない手で空を触るように一歩一歩前へ歩いている状態だった。

 それを見てウツギはその老女に駆け寄った。


「なんだよ、こんなところにいたら危ねぇぞ婆ちゃん」

「目が悪くてね……何か大きな音がしたから来てみたんだよ」

「でっかい蛇の魔物いたんだ。それを俺らでやっつけてたんだよ。まだいるかも知れねぇから家に帰んな? 家どこ? 送ってってやるよ」


 ウツギがその老婆の背中を支えて歩いてアザレア達の元へと歩いている中、急にウツギは胸に物凄い熱量を感じた。


「が……ぁ……っ」


 頭部を破壊したと思われた大蛇が瞬時に動き、ウツギの胸に牙を突き立てて噛みついていた。


「ウツギ!」

「なんだい!? 何が起きたんだい!?」


 老婆は狼狽うろたえて辺りを見渡すような仕草を見せ、混乱している。

アザレアはウツギに噛みついてきた大蛇の首を切断し、その牙からウツギを解放した。エレモフィラが駆け寄ってウツギの状態を確認すると、蛇の強い毒で内臓が溶解し始めていて、心臓が止まってしまっていた。


「マズイ……」


 エレモフィラはすぐさま回復魔法を展開し、ウツギの身体から毒を分離し、主要な血管や内臓を即座に修復、止まってしまっている心臓を動かし、血流を循環させて脳に酸素を送った。

 それを見ていた老婆は驚いたように、よたよたとエレモフィラに近づく。


「……お嬢ちゃん、回復魔法士なんだね……私の目も治せるかい?」


 老婆は回復魔法に専念するエレモフィラに対してそう尋ねた。その老婆の肩を掴み、アザレアは歩みを止めさせた。


「…………貴女、何者ですか?」

「なんのことだい……?」

「貴女からは何か悪意を感じる。偶然居合わせたわけではなさそうですね」

「……あんまり、年寄りをいじめないでおくれ……か弱い老人さ……」


 そう言って、アザレアの手を取ろうとする刹那、炎が巻き起こった。イベリスがその老婆の身体を炎の魔法で焼いたのだ。


「あぁあああぁあああぁっ!! なんてことをぉおおおぉおっ!!?」


 老婆はすぐさま魔法を展開し、自分の身体を治癒させ、炎を鎮火した。

 それは回復魔法だった。


「か弱い老人が、服の中に毒蛇を飼っているのはおかしいと思いませんかな? マドモアゼル」


 老婆の衣服の中は、蛇がうごめいて炎に焼かれて苦しんでいた。

 しかしそれもすぐに回復魔法で鱗は回復した。老婆の服は殆どが焼けてしまったが、老婆の皮膚が見えないほどの蛇が身体中にまとわりついている。


「黙って食われてりゃ苦しまずに済んだものを……」


 老婆が回復魔法を大蛇にかけると切り落とされた大蛇の頭と体が繋がり、再び動き出した。明確な敵意と殺意と、歪んだ笑顔を老婆はアザレアたちに向けた。


「貴女は何者ですか? 何のためにこんなことを?」

「あんたたち勇者が邪魔なのさ……これから死ぬってのに、そんなこと気にしてどうするんだい!?」


 老婆は召喚魔法を発動させた。

 すると、大小さまざまな大きさの蛇がそこから溢れ出て、アザレア達に襲い掛かった。



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