第37話 魔族の楽園の話を聞きました。▼




【タカシ】


「ならば、私の為に命を払ってもらおうか」


 はっきりと、メギドは謝罪しているミューリンに対してそう言った。

 聞き間違いではなく、確かに「命を払え」と言っているのを聞いて、俺は驚いてメギドを問い正す。


「は!? なんでだよ! 仕方ない理由があったじゃないか!」

「もう決めた事だ」


 メギドは自身の鋭い爪の先をミューリンに向けて、言葉を続けようとする。ミューリンを見ると震えていた。小さな肩と羽を震わせ、手をギュッと握りしめて覚悟を決めた顔をしている。

 それを見て、納得できない俺はメギドに抗議した。


「そんなこと絶対駄目だ――――」

「お前は今から私の家来だ。異論は認めない。死ぬまで仕えてもらうぞ」

「…………は?」


 思っていた展開とは違うメギドの言葉に、俺は間抜けな声を出してメギドの方を見た。


「家来……?」

「そうだ。ミューリンもミザルデも私の家来にする」

「なんだよ……てっきり殺すとかいう話かと思ったじゃん。命を支払うとか言うから。焦らせるなよな! ははははは……」


 恥ずかしさから、俺は早口でそうまくし立ててなんとか誤魔化そうとする。

 誤魔化そうとするものの、メギドの俺への視線が痛い。その視線に耐え切れずに俺は目を泳がせるしかなかった。


「勝手に勘違いをしたのはお前だろう。何がどう絶対駄目なのか聞かせてもらおうか?」

「お前が紛らわしい言い方をして――――がはっ!」


 バシャン。


 毎回恒例、水かけタイムだ。俺の顔に魔法で生成された水がクリティカルヒットする。


「私のせいにするな。最後まで話を聞いてから発言しろ」

「はい……すいません……」


 メギドは一先ず俺に水をかければいいと思っている。

 その考えを是正しなければならないが、あまりうるさく言うとただ単に水をかけるだけではなくて、水圧が高くなって痛くなってくるのであまり言及できない自分がいる。

 一先ずは俺は水をかけられたら黙らなければいけないということを学習していた。


「私と娘を家来……ですか?」

「そうだ。妖精族は花の管理が得意だろう? 私の城の庭の手入れをしてもらいたい。それがお前たちの仕事内容だ」


 その提案を受けて、ミューリンは暗い表情をしたままうつむいた。


「…………そんなことでいいんですか? 私を許して下さるんですか?」

「お前たちはゴルゴタの汚いやり方の犠牲になった被害者だと思っている。それに、花の手入れは“そんなこと”ではない。母の祖父の代から続く薔薇の世話は栄誉ある仕事なのだ」

「……っ……ありがとうございますっ……! メギド様……!」


 ミューリンは震えた声で、涙を堪えながら頭を再びメギドに下げた。

 泣くのを必死に堪えているようで、先ほどよりも強く自身の手を握っているようだった。


「『嫉妬の籠』のことはどの程度知っている?」

「……大切なものを差し出さなければ出られないということは……知っています」

「どの程度他の妖精から聞いているか分からないが、ミザルデへの要求は背中の羽だ」

「…………そうですか。私の命を要求されたなら、喜んで差し出したのですが、残念です」


 不安げな表情をしながらもミューリンは本気でそう言っているようだ。余程子供のことを大切に思っている様子が窺える。

 俺は、俺を愛してくれていた親の愛情というものをふと思い出し、胸が痛んだ。


「それで、どうする? 私たちは籠に入っていてもミザルデを移動させることができるが、お前の力では容易には運ぶことは出来ないだろう。籠に入れたまま育てるか、羽を代償にすぐに籠から出して保護するか、現状はその二択だ」


 どちらに転んだとしても過酷な二択をメギドはミューリンに提示した。


「私は……このまま育てようと思っています。それで、ミザルデがもう少し大きくなって、自分で選べるようになるのを待つことにします。私があの子の未来を決めたくないんです。羽は妖精族の命ですから。それに、この籠から出せる他の方法も見つかるかもしれませんし……」

「分かっているとは思うが、それは容易ではないぞ。籠は中の者の大きさに合わせて伸び縮みするから成長するにつれて圧死することはないが、外に出られないストレスで精神的な問題を引き起こす可能性もある」

「……できることはします」


 俺は気の利いたことの一つや二つくらい言ってやりたいと思ったが、何も気の利いた言葉が出てこなかった。

 子供の命がかかっているこの状況で、俺は妖精族の事を全然詳しくないし、根性論の話はできるがメギドのように冷静に客観的に何か言ってやることは出来なかった。

 こんな状況で「大丈夫だ」「なんとかなる」と言うのも無責任な気もした。


「それから、簡単に自分の命を差し出すなどと言うな。お前が犠牲になってお前の子供が喜ぶと思うのか?」

「………………」


 メギドの言葉に、ミューリンは何と返事をしていいか分からないようで、必死に言葉を探しながら目を泳がせている。


「羽を失うよりもお前を失う方がミザルデにとってはつらいことになるはずだ。まして、自分のせいで母親が死んだという事実を知れば、我が身を呪う事さえあるだろう」

「はい……」

「短絡的に答えに飛びつくな。自分が犠牲になれば、相手が必ず救われるというのは幻想だ。残される者のことを考えろ」

「はい…………ご……ごめんなさい……分かり……っました……メギド様……あり……がとうございます……っ」


 ミューリンはついに涙が堪え切れなくなったのか、泣きながら何度も深々とメギドに頭を下げていた。

 なんという魔「王」らしい意見だろうと、俺はメギドの言葉に感動した。ミューリンが泣いている姿を見て、俺ももらい泣きしそうになるのを必死に堪える。


「ごめんなさい……私……娘が生きていてくれることが嬉しくて……っ……自分よりずっと大切ですから……つい……」

「気持ちは分かるがな。大体、そういう行為はろくなことにならないものだ」

「メギドって、たまになんでそう良い奴なんだろうな。生きてる年数が違うだけあ――――がはぁっ!」


 バシャッ!


 今度は正面から強めに水をかけられた。口の中に入った水が変なところに入り、俺は盛大にむせる。


「げほっげほっ……がはっ……おい……今のは水かけるところじゃ……げほっ……ごほっ……!」

「年齢は関係ないだろう。私は幼少の頃から物分かりのいい聡明で美しい魔王なのだ。お前が私の年齢になったとしても、お前はその辺の草をかじっているような虫なのだ。よく覚えておけ」

「げほっ……がはっ……俺はその辺の草……げほっげほっ……齧ったことないぞ。あと、忘れているかもしれないから念を押して言っておくが、俺は虫じゃなくて人間だ……ごほっ……ごほっ……!」


 納得できない。なぜ俺はメギドを褒めたのに水をかけられたのか。しかも強めに。

 少し感動して泣きそうになっていた俺は、盛大にむせたのでそのせいで涙が出てきてよもや泣いていると言っても過言ではなかった。


「あ……あの……あなたが私にあの時応急処置してくれた方ですか……?」


 俺が咳き込んでいる中、ミューリンは恐る恐る俺にそう尋ねてきた。


「あぁ……そうだよ。適切かどうかは分かんなかったけど……止血はした」

「ありがとうございました。あの時は朦朧もうろうとしていて……よく覚えていなくて……人間の方が声をかけてきたことは憶えているのですが……」

「……そうなのか……まぁ、生きてて良かったよ。傷の調子はどう?」

「まだ痛いですし、前のようには動けないですけど……大丈夫です」


 涙を拭いながらもミューリンはやっとわずかに笑顔を見せてくれた。

 笑っていると綺麗な顔をしていることが分かる。俺もひとしきりむせた後、ミューリンにできる限りの笑顔を返した。


「私たちに同行すれば必然的に危険に巻き込まれるだろう。お前は安全な場所で私がゴルゴタを制圧するまで待機しているがいい」

「……もう安全な場所なんてありません。勇者と魔族が争いを始めてしまった今、勇者に見つかれば私は有無を言わさず殺されるでしょう……」

「勇者除けの結界をこの一帯の森に張って行く。お前たちはもうここでは生活できないのか?」

「妖精王様……ガレット様が処分すると言ったのなら、ここには私たちの居場所はないでしょう」


 俺は再度妖精王に対しての憤りを感じた。『嫉妬の籠』が傲慢な者の傲慢さを牽制するものであるのなら、『嫉妬の籠』に入れられるべきなのはあの妖精王の方だと俺は考える。


「他の妖精族の住む地はないのか?」

「そうですね……イオタの町の近くの森に、魔族の楽園があると聞きました。そこへ行こうかと考えています。安全かどうかは分からないですけど、他に行く宛てもありませんので……」

「魔族の楽園? そう言えばそんな場所があったな。確か、様々な魔族が共同で暮らしているとか。追放された者たちの集まりだと聞いたことがあるが」

「そうです。各種族から迫害を受け、居場所を失くした者たちが天使の加護を得て暮らしているらしいのです」


 メギドは「天使」という単語を聞いた瞬間、険しい表情をした。


「ほう。天使か……あのろくでなし共のやりそうなことだ。イオタの町はデルタの町と近かったな? あの辺りは天使の息がかかっているのか。大天使の住処もあの辺りだったような気がするが……」


 カリッ……カリッ……


 苛立っているのか、メギドは自分の長い爪を引っ掻いて眉間にしわを寄せている。

 昨日も言っていたが、余程メギドは天使族が嫌いらしい。勇者の話をしているときですらこんなに嫌そうな顔はしていなかったのに、今にもこの世を滅ぼしそうな顔をしている。……いや、メギドからしたらこの世界は滅ぼすほどの価値もないのだろうが。


「昨日も言ってたけど、メギドはそんな天使が嫌いなのか? 良い事してるじゃん? 話聞いてるとめちゃくちゃ良い奴らそうなのに」

「お前は天使族を知らないから呑気なことを言っているのだ。やめろ、私は天使アレルギーだ。奴らの種族名を口に出すだけで寒気と吐き気と嫌悪感が出てくる」


 カリッ……カリッ……


 落ち着かない様子で爪と爪を弾いている。


 ――天使アレルギーって……そんな蛇蝎だかつのごとく嫌う要素がどこにあるんだ?


「でも、デルタの町は行くんだろ? だったら、その辺に住んでるっていう天使とも会うことになるんじゃないか?」

「……魔道具の『時繰りのタクト』を天使族が持っているらしいからな。それは絶対に手に入れたい。それには、あの連中とも接触しなければならない……想像するだけで具合が悪くなってくる……」

「具合の悪くなったお前を担ぐのは俺だぞ。しっかりしてくれよ」

「やかましい。せいぜいお前も覚悟しておくのだな」

「え? 何を?」


 聞き返したが、メギドはそれ以上は天使の話をしようとはしなかった。


「話が逸れたが、ミューリンとミザルデはそこまで共に同行させよう。道中、色々あるとは思うが、お前たちが魔王城で働けるようになったら迎えに行く。それでいいな?」

「はい……ご迷惑をおかけいたします。メギド様」

「傷が癒えるまで、極力は安静にしていろ。必要な薬などがあれば身支度を整えてこい。すぐにここから南の永氷の湖に向かう」

「かしこまりました。支度をしてまいります」


 ミューリンはまだ身体が痛むのだろうが、懸命に羽ばたいて再び妖精族の住まう場所へと飛んで行った。やはりまだフラフラしている。


「それで、お前は私に不愉快な思いをさせておいて、まだ食事の準備ができていないのか」

「話してたんだから仕方ないだろ。ていうか俺、メギドになんかしたっけ?」

「私に天使のことを質問をしたではないか。ストレスで私の胃に潰瘍かいようができたかも知れん。どうしてくれる?」

「そんなに!?」


 なんという難癖だ。カツアゲしてくる勇者かの如き難癖のつけ方だった。


「今後、私に天使のことで意見したり、奴らのことを聞いてきたりするな。分かったな? 思い出したくもない」

「あ……あぁ……そこまで言うなら……」

「今度天使の話をしたら、お前が虫になる呪いをかけるからな。お前をカマキリにしてハリガネムシを寄生させてやる」

「わかったって! 詳細は分かんないけどそのなんかエグそうなのやめて!」


 腑に落ちない部分も多くあったが、俺は食事の準備を始めた。


 ――なんか、怒ってるっていうか、本当にイライラしてるみたいだから、天使の話題はメギドにしないでおこう……本当に虫にされかねない……


 ミューリンが帰ってくるまで、俺たちは食事を済ませて出発する準備を進めた。



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