第16話 降りかかる火の粉を払ってください。▼




【佐藤】


 俺は、緊張感のない魔王メギドとその従者数人を見て、本当にこの調子で大丈夫なのだろうかと考えていた。


 家族を魔族に襲われ急に失くし、仇を取ることだけを考えて魔王メギドを憎み、そしてたどり着いて憎しみと力の限りをぶつけたが、本当の仇は違う魔族だった。

 魔王に自分の命をして戦いを挑んだが、メギド本人には傷一つつけることができないという現実に、俺は落胆していた。刺し違える覚悟はできていたが、刺し違えるどころか剣先すらも届くことはなかった。

 賢いのか鈍いのか器が大きいのか解らないが、命を狙いに来た俺のことを同行することに何も感じていないようだ。


 ――ゴルゴタという男……相手に俺たちが本当に太刀打ちできるのか……?


 ちらりと魔王の方を見ると、長い金色の髪をなびかせながら日傘をさして仁王立ちで馬に乗っている。いつ見てもおかしな馬の乗り方だが、それで乗れていることに初めは驚いた。

 というよりも、この魔王を知っていくたびに驚くことばかりだ。

 俺の視線を感じ取ったのか、メギドは俺の方を横目で見る。


「なんだ?」

「いえ……」


 俺がドキリとしてしどろもどろに返事をすると、魔王は面白くなさそうに浅くため息をついた。


「私を殺しに来たときの威勢はどこへ行った? あれくらい猛り狂っていないと魔法の短期上達は見込めないぞ」

「…………怒っていないんですか? 命を狙った俺のこと……」

「自惚れるな。私は生まれてからずっと勇者とかいう無職に命を狙われ続けているのだぞ」


 日傘をくるくると長い爪で弄びながら興味なさそうにそう言った。


 ――ふざけているように見えるけど……実力は確かだ……


「俺は降りかかった火の粉ですらないということですか……」

「私の服を焦がしただろう」

「……そういう意味で言ったわけではないんですけど……」

「私に勝てるわけがない。だから落ち込む必要などない」

「…………」


 なんだか、イマイチ会話がかみ合わない。


 ――魔族だから……魔王だから会話が成立しないのだろうか?


 とはいえ、本人が気にしていない様子だったので、俺もそれ以上考えるのは辞めた。

 俺はゴルゴタを討つことだけに専念すればいい。

 メギドに向かう時は頭に血が上っていたせいで、冷静な判断が全くできず刺し違えてでもと考えていたが、それではただ自分が死にに行くだけだということがメギドと対峙して解った。


 ――絶対に仇を取る


 俺がそう考えている間に、やっとベータの町が見えてきた。

 ベータの町はそう栄えている町でもないのに、近づくにつれて多くの人がいることが解る。

 簡易的な関所のようなものがつくられており、その周りを兵士が警備している様だった。国王が避難しているだけはある。警備が厳重だ。


「おい、お前たち止まれ!」


 関所の入口の兵士の呼びかけに、俺たちは馬を止めた。

 その場にいた兵士は全員魔王の方へ視線を送り、すぐに顔をこわばらせ、持っていた武器を構えた。


「ま……魔王メギド!?」

「おい、勇者を呼べ! 魔王が攻めてきた!」

「違うって! 俺たちはただ国王と接見したく――――」

「国王を殺しに来たのか!? 絶対にそうはさせない!」


 タカシが兵士に向かって説得しようとするが、更に誤解を招く結果となってしまった。


「あたしたちはあのゴルゴタって魔族をたおすために、王様と話しに来ただけです! ほんとです!」

「そんなこと信じられるか!」


 メルもそう言って説得しようとするが、兵士は一切話に耳を貸さなかった。

 俺も勇者という立場として戦意がないことを宣言する。


「本当です。俺は勇者佐藤と申します。現在の戦況確認と、ゴルゴタと戦うための魔道具について国王に伺いに来ただけです。争うつもりはありません」


 馬を降り、両手をあげて敵意がないことを証明する。兵士は武器を構えたままだったが顔を見合わせ少し警戒の手を緩めた。


 ヒュンッ……!


 俺の顔の真横を弓矢が勢いよく通り過ぎて行く。

 矢の軌道上には魔王がいた。俺は矢の通り過ぎて行った方を振り返ると、魔王は額ギリギリのところでその矢を素手で受け止めていた。

 文字通り目にも留まらぬ速さであったにも関わらず、しっかりと魔王はその矢を寸分狂わず掴んでいる。


「狙いは正確だな」


 その矢の後、間髪入れずに次々と矢の雨が降ってきた。


 ――俺たちごと魔王を殺すつもりか……!


 俺は咄嗟にしゃがみ、頭を抱える。しかし目の前に氷の壁ができ、その矢は全てその氷の壁に突き刺さって止まった。

 俺が恐る恐る頭を上げると、透明な氷に沢山の矢が刺さっていた。矢じりが目の前まで来ているものもあった。

 タカシはメルの前で両手を広げて彼女を守っている。


「人間って、やっぱり話を聞かないよね」


 メルの鞄の中から顔をのぞかせていたレインは、心底落胆したようにそう言う。


「ほう。なかなかやるなレイン」


 どうやらこの氷の壁は魔王のものではなく、レインの作ったものらしい。

 氷の壁が倒れ、視界が開けた先には勇者5人が駆け付けているのが見えた。全員がそれぞれの武器を構えて攻撃を仕掛けようとしている。

 剣士型、格闘型、魔法型2人、弓型。

 格闘型以外はそれぞれ重苦しい鎧やローブを纏っていて顔は良く見えない。


「やめろよ、戦いに来たんじゃないって!」

「のたまえ! 国王を殺しに来たんだろう!?」

「人間を滅ぼすなんて随分大胆な行動に出ましたね! そうはさせませんよ!」

「ここでお前を討つ!」


 剣士型勇者と、格闘型勇者が魔王に対して容赦なく襲い掛かった。全く話を聞くつもりはないらしい。

 町をいくつも滅ぼされている恐怖感が先手での決着を急がせるのか、会話をする余裕がない。

 しかし、魔王はその剣と拳を軽い身のこなしで避ける。後ろからの攻撃も魔王はまるで見えているかのように軽快に避け続けていた。

 普段すぐに「疲れた」と言ってタカシの肩の上に乗っている者の身のこなしとは思えない。

 そこに弓矢と氷の魔法が飛んでくるが、レインが魔法でそれを無効化する。四方八方からの攻撃に対して魔王とレインは的確に対処していた。

 事前に擦り合わせたわけではないのに、絶妙なコンビネーションで攻撃を回避している。


「これ以上続けると、怪我をするぞ」


 魔王は剣を指先でつまみ、刃を折った。


「くっ……」


 剣先が折れるのと同時に魔王の足元は勇者の魔法によって凍り付き、動きを封じられた。身動きができなくなった魔王に向かって武闘家勇者は拳を振り下ろそうとする。


 ガッ!


「やめろって! そいつは人間の味方だって!」


 タカシが後ろから羽交い絞めにするように動きを止めようとしていた。この激しい戦闘の中入っていくタカシの勇気に感服せざるを得ない。


「魔王にくみする反逆者が……!」


 その屈強な肘は容赦なくタカシに叩き込まれた。腹部に思い切り肘が入ったタカシは動きを止めていた手を放してしまう。


「がはっ……」


 タカシが膝をついたのと同時に、発動したのが解らないほど早く魔王は魔法で近接2人の勇者を水の中に閉じ込めた。

 勇者たちはどんなにもがいても、その水の中からは抜け出すことができないようだった。

 かろうじて息ができるように頭だけ空中に出している状態だ。

 飛んでくる魔法も矢も、今までいなしていた魔法とは比べ物にならないほどの威力で爆炎が上がり、無効化された。


「くっ……なんて威力だ……」


 それを見た遠方にいる魔法と弓矢の使い手の勇者たちも恐怖を感じたのか、動きが止まってしまう。

 爆炎が空気を焼き、熱風が吹き荒れる中、冷たい声で魔王は言った。


「いい加減にしろ」


 その圧倒的な実力の差に、多くの兵士が逃げ出した。

 5人の勇者たちも「ここまでか……」という悔しさを表情に滲ませる。


「自らの絶滅の危機に小競り合いをしている場合では無かろう。私は人間の王に話を聞きに来ただけだ」

「油断させて、他の町のように壊滅させるつもりだろう!」

「げほっ……げほっ……本当だって……俺たちは戦いに来たんじゃない」

「油断などさせずとも、壊滅させようと思えば簡単だ。そんな回りくどいことをどうして私がする必要がある?」


 そのセリフを聞いて、勇者たちは恐怖に顔を引き攣らせた。敵に回してはいけないという恐怖感がその場の空気に漂う。

 メルがタカシに駆け寄って背中に抱き着いた。その小さい身体は震えている。


「お兄ちゃん、大丈夫……?」

「あぁ……なんとかな」


 魔王は自分の足の氷を溶かし、水の中に閉じ込められている勇者2人に近寄った。「服が濡れた」と文句を言いながら、その服の水を分離させて一気に乾かす。


「先日、ゴルゴタという狂った男が人類を滅ぼすと言っていただろう。私が指示したと思っている節があるようだが、町を襲わせているのは私ではなくあの男だ。本人がそう言っていただろう」


 魔王がそう言うと、勇者たちは思い当たる節があるらしく、アイコンタクトを取っていた。


「あれを阻止するために魔道具の情報などを人間の王に聞きに来てやったのだ。そこから出してやるから、もう私に攻撃してくるな。時間の無駄だ。解ったな?」


 バシャンッ


 水の檻から勇者二人を解放する。2人はびしょ濡れの状態で警戒しながら魔王を見つめる。


「本当に敵意はないのか……?」

「くどいぞ。この私の優美な時間が惜しまれるのだ。お前たちが許可せずとも、私は押し通る。おい、キヨシ、いつまでうずくまっている。立て」

「かなり効いたぜ……それから、タカシな……」


 腹部を押さえながらタカシは立ち上がると、魔王はどこからともなく日傘をとりだし、容赦なくタカシの肩の上に飛び乗って傘をさした。


「お前ぇ……鬼か……俺が負傷してんのに……」

「いかにも。私は鬼族と悪魔族の混血だ」

「そういうことを言ってるんじゃねぇよ……」


 文句は言いながらもタカシはおとなしく魔王の乗り物に甘んじていた。


「お、おい……あれはなんなんだ?」


 格闘を勇者の一人が俺に対して訪ねてきた。確かに初めて見る場合はかなりの違和感を覚えることだろう。


「えっと……彼はタカシという名前で、魔王の乗り物なんです……」

「は?」

「おい佐藤、聞こえてるぞ……俺は乗り物じゃねぇ……」


 タカシにはダメージがまだ残っているのか、ツッコミにはキレがなかった。


「そんなことより勇者さんたち……俺たちを国王のところに案内してくれ。本当に話しにきただけなんだ。時間が惜しい。頼むよ」

「……確認させてくれ。今回の凶行は本当にお前の仕業じゃないんだな?」


 格闘型勇者は着衣から水が滴るのも気にせず、鋭い眼光で魔王を見据えた。

 と言っても、魔王の方が高い位置にいるので、勇者は魔王を見上げながらそう言う。


「しつこい。お前、女から文の返事がないと10通でも100通でも文を出すタイプだろう」

「はぁ!?」


 突然の無礼な言い分に、勇者は顔を紅潮させながら目を白黒させた。


「なんだこの失礼なやつは!?」


 勇者は魔王を指さして憤慨している。


「まぁまぁ……こういうやつだから、落ち着いてくれ……」

「俺は女から文などもらったことはない!」

「あ……なんかごめんなさい」

「謝るな!」


 こうして、ひと悶着はあったが俺たちは勇者に連れられて国王の元へと向かうことになった。



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