第2節 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼

第14話 壺師が魔道具を装備しました。▼




【メギド】


 私は人間の王がいるというベータの町へと向かうべく準備をしていた。


 結局、タカシたちにはいつかは話さなければならなかったが、こういう形で知られるのは納得いかなかった。

 どうせならもっと派手に、華麗に、美しく発表するべきだっただろうか。

 鏡鳥を使ってゴルゴタは派手にこの世に存在を知らしめた。

 ならばもっと、更に私は派手に「魔王はこの私、メギドだ」ということを知らしめるにはどうしたらいいかということを、新しい服を仕立てさせながら考えていた。


「魔王様、とてもお似合いです」

「メギド……まだ終わらないのか? いくらなんでもお前、悠長すぎないか? 人類が滅びるかどうかっていう瀬戸際で俺は焦ってるのに……」


 荷物持ちをさせているタカシはぐったりと椅子にもたれて「まだか?」と何度目か解らない催促を私にしてくる。


「馬鹿め。王座に座るときにみすぼらしい服を着ていられないだろう。優雅に勝つためにはまず形から入る。当然のことだ」

「その当然のことが長いんだよ……あんまり長いと俺が爺さんになっちまうぜ?」

「安心しろ。死ぬまでお前は髪飾りを作り続けるのだ。永久就職だ。良かったな。わらわらと出てくる無職の浮浪者共とは大違いだ」

「それはそれで不穏なんですけど!?」


 メルとレイン、佐藤は宿で出発の準備と、佐藤の分の馬の手配をさせている。

 佐藤はろくでもない勇者網で情報を得させるために、勇者をやめさせていなかった。ろくでもないなりに、この状況下ではそれなりに役に立つ。


「ふむ……まぁ、予備の服もかねてこの程度でいいだろう」

「やっと終わったのか? もう2時間はここにいるぞ。よく飽きないな」

「虫は服を着ないから、気楽でいいな。それは殻の一種か?」

「服着てるし! 虫じゃないし!」

「どうでもいい。服を持て」


 魔鉱石や宝石を売った多額の金をポンと支払う。


「ありがとうございましたー」


 これ以上ないほどの笑顔で服屋の店主は私たちを送り出した。


「こ、これを持ち歩くのか? ちょっと多すぎないか?」

「本来であれば10部屋に及ぶクローゼットを所持しているのに……1時間に一度は着替えたいくらいだ」

「どんな生活してたんだよ!?」


 私は店を出たら、タカシの上に飛び乗った。宿から店まで歩くのも、店から宿まで歩くのも私はごめんこうむる。

 馬に乗るほどの距離ではなかった為、私はタカシに乗ることにした。タカシの上に立ち、私は日傘をさした。


「うっ……お前……歩こうっていう気持ちすらないのかよ」

「ない」


 ブレーキは頭を一度踏みつける。

 アクセルは後頭部を蹴る。

 それがこのタカシの乗り方だ。


 私は後頭部を軽く蹴ってタカシを歩かせる。「だから蹴るな!」と文句を言いながらもタカシは宿の方に向かって歩く。私が持たせた両手に大量の紙袋を抱えている。それでこそ連れている意味があるというものだ。

 家来がふえれば荷物持ちが増える。つまり、外に出ていても私が常に美しく、優美でいられる幅が増えるということだ。

 服を持たせることはもちろんのこと、髪を整える道具も、爪、角、翼、尾の手入れをする道具も、沢山持たせることができる。


 ここのところ、全然手入れができていない。

 しっかりと薔薇をちりばめた風呂に入りながら、ゆっくりと自分の美しい姿を眺めていたい。


 ――早く前の生活に戻らなければなるまい


 私たちが宿まで戻ると、宿の周りには人だかりができていた。町長と思われる人間がおろおろとしながら私たちの元へとやってくる。

 酷く怯え、震え、青ざめた顔で私を仰ぐ。


「お、おおお、魔王様……私たちはどうしていいのか……」


 町の人間がものすごく不安そうに私たちに対して何度も何度も同じような質問をしてくるが、私はすべての説明をタカシにさせた。

「魔王様は交代されたんですか?」

「人間に救いはあるんですか?」

「あれは何かの間違いですよね?」

 と、好き勝手なことを言ってくる。


 そのたびにタカシが

「魔王はメギドです」

「大丈夫です。任せてください」

「俺たちで何とかしますから」

 と町の人間たちをなだめていた。


 誰もがおろおろと不安げに天に祈るように手を胸の前に組み、私に対して祈っている。


「安心しろ。人間がいなくなると、この世から美しいものを作り出す者が消えることになるからな。それは私としても困る。あの狂喜乱舞な男を倒したあとの祝杯の準備でもしていろ」


 そう言い放ち、私はタカシから降りて宿に入る。

 階段を上った先の宿泊している部屋に入ると、佐藤と他の大工が抜けた床の修繕をしていた。

 鎧を脱いだ佐藤は貧相な体をしていた。これで私に拳で挑もうとしていたことはハッキリ言って無謀としか言いようがない。

 かといって鍛えていれば傷一つでもつけることができたかというと、まったくもってそんなことはない。

 魔法を使って私の服を焦がしたことは褒めてやってもいいくらいだ。


 このままではゴルゴタには勝てない。


 手短にできる訓練や修行を何かしなければならないだろう。

 私が幼いころにした訓練をやらせてみるのもいいかと考える。が、なぜ私がそんなことをしなければならないのかという葛藤も同時に起こる。

 そういう事は、全て歴代の魔王直属の執事がやっていたことだ。


 ――だが、ここまで事態が大きくなってしまったからには、私が手を下さないとならない場面もあるだろう


 そう考えて私は軽くため息を吐き出し、髪を軽く、美しく払いながら無邪気にレインと遊んでいるメルを見つめた。


「タカシお兄ちゃん、まおうさま、おかえりなさい」


 メルはレインに餌をやっている最中だった。生肉をレインはついばんで食べている。

 なかなか千切れないのか懸命に足で肉を押さえて引っ張っていた。


「メルにも新しい服買ってきてやったぞ」

「わーい!」

「僕には?」

「お前は服着ないだろ」


 3人が和気あいあいと話しているさ中、佐藤は大工2人にこき使われながら木材を必死に運んでいる。


「おい勇者! しっかりしろ! キビキビ動け!」

「お前が壊したんだろ!」

「すみません」


 謝りながら懸命に床と天井の穴をふさぐ作業をする。それをみて私はその大工に近づいてこの高貴なる声で声をかけた。


「壊したのは私だ」


 そう言うと、大工はビクリと身体を震わせる。佐藤も私の方を見て治す作業の手を止めた。


「お前も軽率に謝るな。仮にお前が壊したとしても、家来の不祥事は私の不祥事だ。私の家来に文句があるなら私に言え」

「は……はい」


 佐藤と大工はビクリと委縮する。しかし、同時に大工はニヤッと笑った。


「なんだ、魔王っていうからとんでもねぇやつかと思ったけどよ。いい奴じゃねぇか」

「おうよ。上司に欲しいくらいだぜ」

「馬鹿野郎。俺が悪い上司みてぇじゃねぇかよ」


「はっはっは」と笑いながら大工は作業に戻る。


「そいつは私と戦って満身創痍だ。キビキビ動けなくても仕方がない。私にやられてそんな元気なわけがないだろう」

「なるほどな。魔王さんと一戦交えたわけだ。それを弱音も吐かずにやってたのか。そう考えると大したもんだな」

「いえ……完膚なきまでに負けましたし……手加減されてましたから」

「当たり前だ。私が本気を出したらお前は愚か、この世が残らないぞ」

「この世が消えるってどういうこと!?」

「さすがまおうさま! すごいです! これなら人類は安泰ですね」

「メル、色々間違ってるぞ」


 タカシが私の服を一先ずベッドの上におろした。その中からメルに買ってきた服をタカシは見せている。


「まだ佐藤が修繕が途中のようだが、私たちはベータの町へ行く」

「おぉ、そうかい。まぁ、いてもいなくてもどっちでもいい腕前だからな! はっはっは! じゃあ頼んだぜ、魔王さんよ」

「町長らしき者にも言ったが、私が事態を収束させたときの為に、祝杯の準備でもしておけ。私が着替えたらさっさと行くぞ。馬の準備はできているのだろうな」

「はい。俺の分の馬は手配しました」


 紙袋の中から一着を取り出し、私は隣の誰も使っていない部屋で着替えることにした。

 隣の部屋に移動し、誰もいないことを確認すると、私は服を脱いで姿見で自分の身体の呪印を確認する。

 試しに魔法を発動させてみた。魔力を一点に集め、狭い面積で強力な魔法を発動させてみるも、力が上手く集中しない。

 以前は容易にできていたことが、この呪印のせいでできなくなっている。


「……人間の王が『解呪の水』を持っていればいいんだが……」


 呪印を解かなければ本来の力が出せない。

 一抹の不安が私の顔を曇らせた。


 その曇らせた私の表情のなんたる優美なことか。


「ふむ……憂いている私も美しいな」


 新しい服を着て、私はその姿見の前から離れる。

 姿見の前から離れるのは名残惜しかった。




 ◆◆◆




 馬に乗って出発する間際、一人の男が私たちの前に現れた。前髪が目にかかっていて顔が良く見えない男だ。


「あの……」


 自身なさげに目を泳がせながら私に向かってくる。


「あ……壺師の人」

「…………――タです」

「…………もしかして、わざとやってるのはお前の方か?」


 タカシは何のことやら解らない話をその壺師の男に向かってしていた。


「何の用だ? 壺師の家来はほしいところだが、今はそれどころではない」

「世界が滅びるって……町の人たちが騒いでるのを聞きました……」

「語弊があるが、まぁそれほど遠くもないな」

「あなたが魔王様ですか」

「そうだ。唯一無二の魔王、メギドだ」

「……僕に、手伝えることはありますか……?」


 壺師の男はおずおずと私に対してそう質問してくる。

 自信はなさそうだが、それでも町の人間たちの中では前向きに状況を打開しようという気概を感じて私は感心した。


「殊勝な心掛けだな。ではお前はこの町を守っていろ」

「僕に……できますか……?」

「気合いでなんとかしろ。と、言いたいがそれは到底無理だな。これを渡しておく」


 私は自分のアクセサリーの一つを外し、その男に持たせた。指におおいかぶさるようにつくアーマーリングだ。

 そのアーマーリングの中央には白い本物の爪が加工されて埋め込まれている。


「それは魔道具の『炎帝の爪』だ。その名の通り、炎を纏った爪を具現化することが可能。それなら中位魔族程度なら対応できる。結界は張っておいたがお前がそれで町の人間を安心させてやれ」


 壺師が指にはめてよくそのアーマーリングを見て、再び私を見る。


「ど……どうやって発動させるんですか?」

「その爪の先で自分の皮膚を傷つけ、血を吸わせる。白い爪の部分に全て血を行き渡らせたら発動する。発動した後は指に『炎帝の爪』が突き刺さり、血を吸われ続ける。止めたい時は水につけて鎮火させ、血を洗い流せばいい」

「なんだか……物騒な品物ですね……」

「当然だ。大きな力にはそれなりの対価が付きまとう」

「……わかりました。練習して使いこなしてみます」

「下手をしたら死ぬぞ。慎重に使え」


 私は馬の上に立ち、日傘をさした。

 ベータの町の方向は佐藤が知っているようで、先頭を走ることになっている。


「行くぞ。ベータの町へ」

「おう、じゃあな壺師。今度来るときは名前聞き取れるように言ってくれよな」

「ですから! ……――タです……」


 相変わらず、その男の名前は聞き取れないまま、私たちは王がいるというベータの町へと向かった。



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