第86話 ティナの力

 俺はティナに向かって走り出す。


「(旦那!姉御は大丈夫かいな!?)」


 俺はティナの手をとり、脈を確認する。

 その間に魔力を補給してやることも忘れない。


「すぅーすぅー」


 ……寝てるだけ?


「(なんや、寝てるだけかいな……)」


 ひとまず命に別状はなさそうだ。

 ルビーがふーと長い息を吐く。


「しかし、あの状態であんな戦い方して、よく無事だったな」


 いや、その前にこの女冒険者の魔法でこっぴどくやられてたから、ひどい有様ではあるんだが。

 正直、本当にもうダメなんじゃないかと思った。


「(ホンマやな。ワイもあれ見た時は肝が冷やしたやんか)」


 俺とルビーは一息つく。

 まだ、下層エリアには冒険者が残っているし、目の前に横たわるこの女冒険者の扱いは考えなくてはならないが、ひとまず、今回も乗り切ったとみていいだろう。


「(いや~しかし最後のティナの姉御のラッシュ、ハンパなかったわ。いつのまにあんな技身につけさせたん?)」


「えへへ、すごいでしょー」


 いつのまにか、ティナは起きていたようだ。

 だが、いつもの元気はまるでなく、目は開けているものの微動だにしない。


「言うまでもないと思うが、絶対安静だぞ」


「わかってるよー。というより、動きたくても動けないもん」


 だろうな。


「ねぇねぇカイン兄、見てた?アタシすごかった?」


「あぁ、すごかったな。まさか俺の作戦をガン無視して、ガチで戦闘を始めたときにはどうしようかと思ったな」


「うっ……」


 ティナが顔を背け……ようとして動けず、目線だけ俺から外す。


 そもそも女冒険者相手にティナが1対1で勝つ必要なんてなかったのだ。

 Aランクのティナより上のSランクがいるのだから。


 本来の予定では、ティナが女冒険者を足止めしている間にシルフが包囲。

 魔法を連発することで、探知の魔道具をまともに使えないようにしたところで、俺が《転移》を使って、急接近。急襲をかけ、終わりにする予定だったのだ。

 俺は《転移》を使えば、ダンジョンエリア内を自由に一瞬で移動できる。ただ、俺がまだ慣れてないこともあるのかもしれないが、《転移》を使った後は隙が生じる。たとえ視覚外に転移しても、この女レベルの相手だと、その一瞬の隙でも魔道具で接近を探知して対応される恐れがあった。

 だから、俺は離れたところに待機して、シルフ達に魔法の弾幕を張らせたのだ。


 つまり、ティナはシルフ達が配置について準備ができるまで女を足止めしてくれれば、それだけでよかったのだ。


「だって~やられっぱなしで終わるなんてシャクじゃない。カイン兄に教わった魔道具の技もあったし、いけるかな~って」


「だから、あれはまだ練習が必要だって言ったろうが!」


「うぅ……」


 まさにこの女にやられたが、まず、接近戦になると弱い。魔道具を使うためのタメがいるのに接近戦だとその余裕がなくなるからだ。

 あとは動きの単調さ。連発ができないから、どうしても動きが直線的になる。しかも、動き始めは「魔道具の力」+「自分の力」だが、止まるのは「自分の力」だけになる。つまりなかなか止まれない。

 極めつけは使ってるのがあくまで攻撃魔法だってことだ。自分に使えば、いくら魔族の中でも特に体が頑丈な獣人とはいえ、当然ダメージを受ける。


「(でも、旦那、最後のラッシュの時、姉御そのへんの弱点克服してなかったっすか?)」


「……俺にもそう見えた。死んだかと思ったのに、こうして無事にしてるしな。なんでだ?」


 そう言って、俺とルビーがティナを見る。


「え?アタシ?」


 いや、おまえの話だろうが。


「ん~とね」


 すると、ティナは小首をかしげ……られずに、ごまかすように目だけ笑って言う。


「わかんない」


 ……あぁん?


「てことはなにか?おまえはあの技を使って、女冒険者を倒せる算段もなく、自分が無事でいられる確証もなく、ただただ本能のままに突っ込んでったのか?あ?」


「痛い痛い!カイン兄!アタシ、重傷者!トドメささないで!!!!」


 俺はティナの頭をガシッとつかまえ、問い詰める。

 何を言うか。《アースニードル》に比べたら全然大したことないだろうが。


「たぶんだけど、話すから離してぇーー!!」


 あんまり痛がるし、一応説明しようとするようなので、頭は離してやる。


「ふぅ、いやホントにアタシ今やばいんだから」


「いいから話せ」


「昔、カイン兄が言ってたでしょ?アタシのスキル《無音の探索者》は『アタシの行動による、アタシが意図しない物理的影響をなしにできる』って」


「そうだな。お前は音がしなくなるだけだと思っていたようだが、それだけじゃなさそうだって話をしたな。あぁ、たしかに突っ込んでく前にスキル使ってたな」


「だからさ、その効果じゃない?」


「ん?」


「魔法使ったのはアタシの行動でしょ?アタシ、あの時、『もう死にそうだから、痛いのは絶対イヤ!』って思ってたし」


「……」


 それは……なにか?《アースニードル》で体を押すって効果はそのままに、体へのダメージだけなしにしたってことか?なんだその無茶苦茶な効果は。押すって効果ごとなくなるとか、押す力が弱まるってんなら分かるが、1つの事象による影響を分離して片方だけなかったことにするとか……どんなけ常識外れだ?


「いや、待て。それもまだ納得はできんが、あのときは魔道具連発してなかったか?ありゃなんだ?」


「なんかできた」


「あぁん?」


「痛いっ!痛いよ!ホントダメだから!デーモンの握力で死にかけの猫ちゃんの頭つかんだら、ダメなの!!」


 結局、自分でも理由分かってねーじゃねーか。火事場の馬鹿力ってことか?まぁ魔道具使ってダメージがなかったことは一応理由ついたか。


「いや、待て。ティナ自身分かってなかったってことは、やっぱり勝てる見込みなく、ただ突っ込んだってことじゃないか?」


「ギクッ」


 ティナが気まずそうにして、決して俺を見ようとしない。


「(まぁまぁ、無事済んだんだからえぇやんか)」


「そうよそうよ」


 ……ったく。これが片付いたら、改めて説教だな。


「まぁいい。で、この女だが……ん?」


「カイン兄……」


「あぁ」


 誰かがこっちに向かってくるな。


「悪いが、イルミアは引き取らせてもらえないかね?」


 草むらをかきわけ、ゆっくりと歩いて出てきたその男は、身綺麗な山賊のような風貌で、静かにこちらへ声をかけてきた。

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