第58話 【ジェイムズ】魔族はいらない

 今日は王都からやってきたという、ダンジョンの研究者と話をする予定となっている。なんでも長くなるようだとのことなので、会議室にて行うこととなった。


「はじめまして。私、ダンジョンについての研究を行っております、カルロと申します。ダンジョンに関して、バーナード子爵にお教えするように仰せつかっております。少し長くなるかと思いますが、これからダンジョンの開発をされるバーナード子爵及びその側近の方々にはよく知っていただきたく、お時間を頂戴した次第です」


 ふむ。研究者というから、暗くて、偏屈で痩せこけた男をイメージしていたが、そうでもないな。至って普通の男だ。むしろ礼儀をわきまえた態度には好感が持てる。


「うむ。ワシもダンジョンが我々にもたらす利益の大きさについては知っておるが、どうやって開発すればよいのかは知らん。頼むぞ」


 ワシは隣に座った怪物じみた男へ目をやる。


「私も試行錯誤しておるところです。ぜひとも開発に向けた良案があるのであればお聞かせいただきたいですな」


 今回の会議には、ワシの側近達の他、ヴェールの町の町長であるルーベンにも参加してもらっている。どうせ、聞いた話を実行するのはこの男なのだ。ならば、最初から聞いてもらった方がよかろうと、わざわざこのために呼び寄せたのだ。


「もちろんでございます。では、さっそく話をしたいと思いますが……、皆様はダンジョンがどいういったものかご存知でしょうか?」


「ん?どういう意味だ?」


「そのままの意味でございます」


 カルロはニコニコとした笑顔で、ワシに返事をする。……返事になってないが。


「ダンジョンは魔族が住みつき、魔獣を生み出すところ。中心部にはダンジョンコアと呼ばれる、巨大な魔石がある。不勉強で申し訳ないが、私が知っているのはそれくらいだな」


 ルーベンが答えるが、ワシが知っているのもそのくらいだ。


「……少し質問の仕方が悪かったですかね?聞き方を変えます。その魔族はなぜダンジョンを作るのか、ご存知ですか?」


 知るか、そんなこと。というか、そんなことはどうでもよい。どうやってダンジョンから魔石や魔獣の素材を効率よく採るか、それを教えてくれ。

 怪訝な顔をしているであろうワシをよそにルーベンが話し始める。


「そういえば、どうなんでしょうな。私も冒険者時代はいくつものダンジョンに入ってきましたが、そんなことを考えたことはありませんでしたな」


 カルロがワシを見てくる。


 いや、ワシも知らんわ。というか、この部屋の誰も知らんだろ。

 カルロが一通り、この場にいる人間の顔を見回した後で露骨に残念そうな顔をする。


「そうなんですよね。みなさん、そこのところをご存じない……。まぁ知っていようがいまいが、やることは同じでしょうが、中には後で知って動揺される心優しい方もいらっしゃるようなので、念の為、ご承知おきください」


 そう言って、カルロは姿勢を正し、まさに講義という雰囲気で話し始める。


「この世界は魔力と呼ばれる不思議な力で満たされています。人間以外のすべてのもの、植物も動物も魔獣もみな生きていくのに魔力が必要です」


 そんなことは知っている。貴族なら誰でも知っている有名な話だ。魔道具もその魔力を使って動くものだし、魔石はその魔力を使うのに必要になるものだ。ちょっとした教養のある人間なら知っとるじゃろ。

 こっちの理解を確かめるように見てくるカルロを、ワシがアゴで先を促す。


「魔力は世界を巡っています。ですが、その巡りが何かの拍子で悪くなり、『魔力溜まり』と呼ばれる状態になることがございます。魔獣が出てくる場所はこの魔力溜まりのある場所ですね。この魔力溜まりはそのうち解消することもあるようですが、ドンドン悪化してしまう場合があります。ひどくなると魔獣はより強力に、より数が増え、最後にはとても人間が近づけないような場所になってしまうようです」


 これも知っておる。常識じゃろ。ワシの側近連中もだからどうした、という顔をしている。

 じゃが、隣に座っているルーベンにとってはそうではなかったらしい。


「そうなのですか……では、私が冒険者時代に狩りを行っていた場所もその魔力溜まりというところだったのですね。そのうち、そのようなひどい場所になってしまうのでしょうか?」


 ……そういえばそうだな。歴史上、魔力溜まりが悪化し、天変地異のような災害が起きたということは何度かあったらしい。だが、その程度だ。魔力溜まりというものは大抵は自然と治るのだろうか?


「そこで出てくるのが魔族とダンジョンでございます」


「は?」


 ワシが変な声を出したのを見て、カルロが妙に嬉しそうな顔をする。


「ご存じないのもまぁ無理はありません。あまり積極的に開示している話ではございませんので」


「なぜだ?」


「いらぬ情にほだされる面倒なのが出てくるからですよ」


 まったく困ったものだ、そういう顔をして、カルロが話を続ける。


「放置できないほどの魔力溜まりを魔族はダンジョンを作ることで封じ込めているのです。正確には、魔族がダンジョンコアを創り、そのダンジョンコアが地脈から魔力が溢れ出てくるのを抑えるのですが」


「……魔族のおかげで、その土地が魔力溜まりに侵されることを免れている、というように聞こえましたが?」


 ルーベンがなにやら不安げな様子でカルロに確認している。


「まったくもってそういうことですな。魔族がいるおかげで魔力溜まりによる災害が防がれているのです」


 うんうんうとカルロが頷く。しかし、魔族はそんなことをしていたのか。

 ということは、魔獣を生み出してくれるから魔族を殺してはならんと思っていたが、災害を起こさないためにも魔族は殺せないのか。


「ということは、ワシの領地で災害を起こさないためにも魔族は殺してはならんということか?」


「いえ、それはそういうわけではございませんね。ダンジョンコアさえあれば、災害は起こりません。あふれる魔力を自動的に魔獣へと換えると言われておりますので」


 なに!?


「ちょっと待て!魔族を殺しても魔獣は生まれてくるのか?」


「さようです。まぁ諸説ありますが、魔族を生かしておいた方が良質な魔石が採れるという話もありますがね。ダンジョンコアを採ってしまわない限り、災害は起こりませんし、魔獣も生まれます」


 ということはなんだ?魔族はいない方がよいのではないか?

 ルーベンの報告でも深緑のダンジョンの魔族は猫型の獣人でかなりの脅威であると聞いている。

 魔族がいないと魔石が採れなくなると思っておったが、そうでないなら、魔族なんぞさっさと排除した方が良いではないか。


「ひとまず、ダンジョンに関する基本的な話はこんなところですね。こういった話をご存じないと適切な判断ができない場合もありますので、お伝えにまいった次第です」


「いや、よく伝えてくれた。非常に有益な情報であった。なぁルーベンよ」


「……」


「ルーベン?」


「……はっ!は、はい。左様で」


 ……聞いておったか?なんだか上の空のようじゃったが。

 まぁいい。やることは決まったな。


「よし、エリック、獣人を相手にしても勝てる冒険者をヴェールの町へ派遣しろ」


「承知いたしました。Aランクの冒険者がまだ領都にいたはずですので、そちらを派遣させましょう」


「えっバーナード様、それはどのような……」


 なんだ?やはりルーベンは話を聞いてなかったのか?


「当然、深緑のダンジョンの魔族の排除だ。おまえも魔族が脅威だと言っておっただろう。そいつさえいなければ、安心して魔石や魔木の採取ができるだろう」


「は……はい。左様ですな。さすがはバーナード様」


 なんじゃ、その気味の悪い笑顔は。

 別に暑くもなかろうに妙に汗をかいておるし、苦いものでも噛み潰したような顔をしとる。のに無理やり笑っているかのような……。別に無理に笑わんでいいわ。


 ふと、カルロに目を向けると、蔑むような目でルーベンを見ておった。

 なんじゃ?ルーベンがどうかしたか?


「あ、それとバーナード子爵へ王より伝言がございます」


 思い出したようにカルロがまた話を始める。


「『決して深緑のダンジョンコアには手を出してはならん』とのことです。まぁ当然ですな。災害を起こすわけにもいかんでしょうから」


「それはもちろんだな。王からのご指示、確かに拝命した」


 よし、これで魔族をさっさと排除して安定した資源の採取場所にするのだ。

 王も気にかけていただいているようだし、ワシの陞爵はもう間近だな。

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