第50話 【ルーベン】一筋縄ではいかない

 防壁の上から我が町を見下ろす。

 やっと、このヴェールの町の経営が軌道に乗ってきた。


 ゴブリンどもに襲撃された翌日に土を操る魔道具とその使い手が領都から届いた。その後一日かけて防壁の範囲や門の位置など設計し、無事、この防壁と堀が出来上がった。これでそう簡単に魔獣にはやられないはず。


 防壁の上にいる見張りに声をかける。


「魔道具には反応ないか?」


「大丈夫ですよ、ルーベンさん。1回だけ迷い出てきたゴブリンに反応しましたが、それ以外は反応ありません」


 見張りは防壁に取り付けられた、一抱えほどの大きな球体を触りながら答える。


 これは、魔力を感知する魔道具だ。冒険者が普段持つような1~2メルトほどの範囲しか反応しないようなものではなく、100メルトほどの範囲内にある程度大きな動く魔力がある場合に反応するものだ。これで夜間であっても魔獣を見逃すことはない。そしてなにより、あのダンジョンを創った魔族と思われる獣人対策だ。あの獣人が私を襲ってきた時、全く気配がしなかった。身につけていた魔道具が反応したから、なんとか対応できたが、それがなかったら、為す術もなく殺されていただろう。あの獣人が敵にいる限り、魔力を検知する魔道具は必須だ。


「しかし、大盤振る舞いっすね。魔道具を貸し出された冒険者達、軽くびびってましたよ。『壊さないか不安だ』って」


「それだけ期待しているということだ。森から魔石を取ってきてもらわねばな。まぁ、壊したら弁償してもらうが」


 冒険者達には町から魔道具を貸与している。

 魔道具は高価だ。低ランクの冒険者は魔道具を買うことができない。だが、魔道具の有無は狩りの効率に直結する。そして、なにより、獣人対策の魔力を検知できる魔道具は必須だ。


「だが、その甲斐あって、魔石の採取は順調そのものだ」


「そうっすね。噂を聞きつけた冒険者周辺から続々と集まってますし。高ランクの冒険者が少ないのがちょっと気になりますが」


「それは致し方あるまい。森の浅いところでは大した魔獣もいないのだ。高ランクの冒険者からすると、稼げないダンジョンに見えるであろう」


 森の奥にはダンジョンへの立ち入りを禁ずる旨書かれた看板があると聞いている。冒険者にはその看板より奥には行かないように指示している。奥に行かなくても魔獣はいるのだ。下手に藪をつつく必要はあるまい。奥の探索は冒険者らが魔道具の扱いにも慣れてきてからで十分だ。


「こんな立場でなければ、私が看板の奥も探索してくるのだがのぅ」


「そんなワクワクした表情で言われても、狩りを楽しみたいってだけにしか見えないっすよ」


 見張りが苦笑しながら言う。

 冒険者は引退したが、まだまだ戦えるのだ。たまには魔獣狩りにでも行きたいものだ。

 狩りの成果なんぞいらんから、ちょっとだけでもダメだろうか?


 上機嫌で私がそんなことを考えていると、町役場の職員が私を呼びに来た。


「ルーベンさん、商人のヨハン様が町役場の方へいらしてます」


 なんだ?特にヨハンのアポイントはなかったはずだが……


「なんでも緊急の用件とのことです。……あまり良くない話ではないかと思われます」


「……分かった。すぐに行く」


 追加で頼んでいた魔道具の調達ができなかったか?いや、それは急ぎではないと伝えていたものだ。緊急の用件とはならんだろう。


 私は町が軌道に乗ってきたことに気をよくしていたところに、水をさされた気分であった。


 会議室につくと、ヨハンが真剣な顔つきで私を待っていた。


「お忙しいところ、急なお願いにも関わらず、お時間いただき、ありがとうございます」


「前置きはいい。どうした?」


「輸送の魔導車が襲われました」


「!?」


「幸い、護衛を含め、人的被害はほぼありませんが、領都へ輸送するはずでした魔石はすべて奪われてしまいました」


 深緑の森で取れた魔石はまだヴェールの町にギルドがないため、冒険者から町が買い取っている。その買い取った魔石はヨハンの商会に依頼して、そのほとんどを領都へと輸送する予定だった。


「……確か、魔石の輸送は今回が初めてだったな?」


「はい……これまで貯められていた分すべてですので、低ランクの魔石ばかりとはいうものの、300はくだらない数がございました……」


 申し訳ございません、と、深々と頭を下げ謝るヨハン。


 300……それほどの量の魔石を一瞬にして失っただと!!!


(ダンッ! ッパラパラパラ……)


「ッ!?」


 怒りを乗せ、拳を机に打ち付ける。

 あぁ、机を一つダメにしてしまった。

 ヨハンと私の間にあった机は木屑と化す。


 ヨハンは机の有様に驚きながらも気圧されることなく、話を続ける。


「申し訳ございません。これは完全に私共の落ち度でございます。つきましては本件の賠償についてご相談したく……」


「よい」


「……よい、とは?」


「襲撃してきたのは獣人であろう?」


「ご明察で……」


 あの獣人をちょっと腕の立つ護衛がどうにかできるわけがない。

 ヨハンの責任というよりは、獣人のことを知りながら、輸送時の警戒を怠った私の責任だ。


「あの獣人相手なら仕方ない。対応策はおって考えよう。今回の失敗は不問とする。代わりに殉じた者の家族をよく労ってやれ」


「寛大なお心遣い感謝致します。ただ、死人は出ませんでしたので、そちらは大丈夫かと」


「……なに?」


「いえ、ですから、最初に申し上げたとおり、多少のケガ人はいるものの、護衛含め、みな無事でございますので……」


 あの獣人を相手にして、無事だっただと!?

 相当な腕利きを雇っているのかと思えば、聞けばCランク冒険者だという。Cランクといえば、一人前の冒険者だ。だが、あの獣人を相手にできるとは思えないのだが……


 明確な敵である魔族が我々を相手に手心を加えるような真似するだろうか?

 被害がなかったことは喜ばしいことだが、なんとも言えぬ奇妙な違和感を覚える。


 間違いないのは、輸送には相当な戦力を割かなければならなくなったいうことだ。

 冒険者が増えてきたとはいえ、多いのはDランクあたり。だが、輸送の護衛にはCランク以上でないとただの足手まといだ。魔導車をそう何台も用意することもできぬから、結局は馬車を相当な人数の冒険者で守る形になるだろう。


「魔石の採取が多少犠牲になるが、致し方あるまい」


 一筋縄ではいかない。


 ダンジョンを相手にする、この町の難しさを改めて感じさせられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る