第26話 魔獣の原点

「こっちこっち~」


 目当ての魔獣がいるというので、ティナについていく。

 場所は南側で、森の入り口に近い方だ。

 これまでの調査で森の北側、山の方に行くほど、高ランクの魔獣が多く、逆に南側は低ランクの魔獣が多いことが分かっている。

 ……これはあんまり期待しない方がよさそうだな。


「いつもこのあたりにいるんだけどな~」


 そう言ってティナが連れてきたのは、小さな池だ。

 森の中にあるにはちょっと不自然な気もするが、どうやら、くぼみに川の水が溜まったものらしい。


「あっいたいた!」


 ティナがひょいっと何かを抱きかかえる。


「この子よ」


 そこにいたのは、ゴブリンの頭くらいの大きさで、半透明のふよふよとしたやつだった。


 そう。スライムだ。


「まさか、これだけ時間をかけて探しだした魔獣が最底辺のやつとはな……」


 俺は非難がましい目でティナを見る。


「ちょっと待ってよ!見つけた魔獣は他にも色々いるよ!でも、配下にできそうで、カイン兄に合いそうなのがスライムだったの!」


「ほほぅ、俺に似合うのがスライムとはな……」


 なめてんのか?


「だから、ちょっと待ってよ。スライムって確かに、魔獣の生態系じゃ最底辺だけど、ダンジョンの防衛には役立つと思わない?」


 いや、手足があるわけじゃないから、ヘッジやゴブリン達と違って、何か作れるわけじゃないし、戦闘力なんて論外だぞ。


「そりゃ、まっとうに戦ったら、スライムなんて、どんな弱い人間だって相手にもならないわよ。でもさ、スキルをうまく使えば役に立ちそうじゃない?」


 スライムのスキルか……確かスライムは個体によって様々で、少し特殊なスキルを持っていたはずだ。

 ……その効果は推して知るべし、といった感じだった気もするが。


「それに、スライムって生殖能力が高いし、必要とする魔力も少ないでしょ。たくさん抱えても、ほとんど維持にコストがかからないんじゃないかしら?」


 それはそうだろう。スライムは自然界に漂う魔力だけで生きていけるとされている。ダンジョンコアの補給どころか、エサだってなくても生きていけるはずだ。


「なるほどな。確かにうまく使えば、ダンジョンの防衛に役立つかもな」


「でしょでしょ~ちょっと、この子のスキル見てみてよ」


 そうだな。じゃ、配下に登録してっと。


【スラポン】

 種族:スライム

 所属:深緑のダンジョン

 ランク:E

 レベル:3

 スキル:溶解液


「おっスキルは《溶解液》らしい。なかなか良さそうじゃないか」


「ほら~アタシの目に狂いはないでしょ!」


 ふふん、とティナが自慢気に胸を張る。

 いや、別にスキルを知ってて、コイツを選んだわけじゃないだろうに。


「スラポン、ちょっとスキルを使ってみてくれないか?ほら、これやるから」


 そういって、俺は肉のかけらを取り出す。

 スライムはなんでも食べられるが、肉系が好みだったはずだ。


 すると、スラポンは嬉しそうに肉を取り込む。

 半透明だから、外から肉が丸見えだ。ゆっくりと溶け出す様が見て取れる。


「(いいよ~)」


 おっ《交信》がちゃんと仕事したみたいだな。

 小さいが、幼女のような高い声が脳裏に響く。


 すると、スライムがビュっと液体を吐き出す。


 おぉこれが《溶解液》か!

 スライムの体はなんでも消化するからな。その体の一部を外に射出する感じだな。


「「……」」


「「…………」」


 俺達は黙り込んでしまう。


「ほらっ!スライムにも色々いるし、他の子も見てみようよ!」


 ティナが慌てて、次に行こうとする。


 なにせ、この《溶解液》、効果がかなり微妙だ。

 予想としては、当たったところが、ジュワーッって感じで溶け出すのかと思ったが、全くそんなことはない。

《溶解液》は地面の草に当たったわけだが、パッと見、何も変わっていないように見える。

 だが、よ~く見ると、というか、じっくり待つと、少しだけ草が溶け出していることが分かる。

 まぁそうだよな。肉あげたときも急に溶けたりしなかったもんな。


 ……これ、攻撃になるんだろうか?


 多分、ティナも同じ事を疑問に思い、同じ答えに至ったんだろうな。


 いや、無理だな、と。


 ひとまず、ティナに付き合って、その後もスライムを求めて池の周りを探して回る。

 すぐに、追加で3匹のスライムを見つけることができた。

 それぞれ、配下登録して、スキルを確認したが、《毒液》《麻痺液》《粘着液》と名前だけ見ればなかなかに良さそうなものだったが、《溶解液》同様、効果はだいぶ残念なものだった。

 近くにいたカエルを捕まえて、試しに使ってみたのだが、《毒液》は『元気がなくなったかな?』、《麻痺液》は『ちょっと動きがにぶくなったかな?』、《粘着液》は『動きにくそうかな?』と、効果があるんだかないんだか、よく分からないレベル。3種類のスキルを食らったカエルはその後、倒れることもなく、池の中へと逃げていった。


「「……」」


 ダメだな、こりゃ。もしかしたら、ダンジョンに入ってきた冒険者に対する多少の嫌がらせにはなるかもしれないが、下手したら、『うわっベトベトする、気持ち悪っ』としか思われないかもしれない。むしろ、毒とかの効果より、気持ち悪いって思われる精神的な攻撃の面の方が強いかもしれない。


「とりあえず、まぁ維持費はかからなそうだし、ダンジョンで飼ってみるか?」


 そのうち何か効果的な使いみちが見えてくるかもしれないしな。


 ……望み薄だが。


「よし、おまえたち、うちに来るか?くれば、魔力の濃度は濃いから、居心地はいいと思うぞ?」


 そう伝えると、5匹のスライムがふるふると震え、喜びの感情を伝えてくる。


 ん?


「あれ?ティナ、1匹増えてるけど、また捕まえてきたのか?」


「えっ4匹しかいなかったはずだけど……」


 いつのまにか紛れ込んだか?

 あぶれた1匹を配下登録して確認すると、《溶解液》のスキルを持つスライムだった。

《溶解液》持ちがダブったな。

 まぁいいか。


「じゃ、みんな、この籠に入ってね~」


 用意がいいな。

 ティナが5匹のスライムを籠に入れる。


 そうして、俺達はダンジョンへ帰ってきたのだが……。


「ねぇ、カイン兄……また増えてる……」


 なんと籠を開けてみると、スライムは8匹になっていた。

 どっかから籠の中にスライムが入り込んだ、なんてことはまぁないだろう。


「これは……分裂したのか?」


 スライムは高い生殖能力を持つことは知っていた。

 だが、これほど早いとは。


「もしかしたら、エサが良かったんじゃないかしら?」


「ん?あぁスキルを使わせたときに餌付けしたやつか」


 その可能性はあるな。スライムの弱さからすると、肉を食べる機会なんてまずないはずだからな。


「しかし、あれっぽっちの肉で分裂するなら、大量に繁殖できる可能性があるな」


 もちろん分裂する条件が決まったわけじゃないが、そうだとするとスライムが役に立たなそう、ということもないかもしれない。

 嫌がらせレベルのスキルであっても、数があればまた違う話になるだろう。


 その後、実験してみたところ、やはり、肉を与えると分裂するようだった。

 というか、一定量栄養が溜まればいいようで、肉でなくても、果物でも量を与えれば分裂した。


 分裂したスライムは元のスライムと同じスキルを有しているようだ。

 しかも、驚きなのが、レベルまで一緒だったことだ。

 増えた方のスライムがレベル1になるわけでもなく、両方のスライムのレベルが下がるわけでもなく、元のスライムと同じレベル・同じスキルのスライムが1匹増えるのだ!

 うまくすれば、高レベルのスライムを大量繁殖できるかもしれない。

 ……しょせんスライムではあるが。


 これがスライムじゃなくてもっと強力な魔獣だったらどんなに良かったことか……。


「しかし、このダンジョン、ものの見事に低ランクの魔獣ばっかだな……」


「そもそもダンジョンコアのランクが低いんだから、こんなもんじゃない?」


 にしても、大量とゴブリンと、大量のスライム(予定)がいるダンジョンなんてここくらいなんじゃないか?



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