第16話 Sランクの力

「《ファイアボール》」


「おっとぉ」


 人間は事も無げに炎の玉を避ける。

 突然現れたその人間は若くはない。30代だろうか。髭面、長身で、どこか飄々とした雰囲気を感じさせる男だ。


「いきなり、攻撃するなんてひどいじゃない」


「《ファイアボール》」


 今度は同時に3つの炎の玉を浮かべ、それぞれが弧を描いて、人間に向かう。

 炎の玉は人間のいたところに着弾し、爆発を起こす。


「まぁ、まずは話を聞きなって」


「へ!?」


 姿を見失ったと思ったら、その人間はいつの間にか、剣を抜き、その腹をティナの肩に乗せ、なんとも気楽な様子でこちらに語りかけてくる。


「とりあえずのところは、どうこうしようって気はないからさ」


 ティナを人質にとった形で何を……


「何が目的だ?」


「いやね、久々に楽しそうなモノが見れたんで、ちょっとアドバイスをね」


 アドバイスだと?コイツはどう見ても人間に見えるが……


「君たちは3つほど致命的な勘違いをしているよ」


「!?」


 まただ。目の前にいたはずが、いつの間にか移動している。

 今度はそばにある岩の上に腰掛けている。

 ゴブタロウ達はもちろん、ティナも何が起きているか分からず、呆然としている。


「今回、やってきた冒険者達を退けたくらいで、人間のことを分かった気にならない方がいい。彼らはDランクだが、所詮は田舎の冒険者だ。ダンジョン探索に慣れた冒険者とは違う。それに人間の中ではね。Cランクになって一人前の冒険者とみなされるんだよ。君たちが相手にしたのは半人前の冒険者。世の中もっと強い人間はいくらでもいるんだよ」


「……ちなみにアンタのランクは何なんだ?」


 俺が大人しく話を聞くようになったのが嬉しいのか、その人間は笑顔で答える。


「俺はSランクのルーク。あぁSランクってのは人間の冒険者の中では最高ランクね。といっても俺は荒事が苦手でねぇ。普段は狩りなんてせずに気ままに旅をしてる者さ」


 荒事が苦手?それだけ動けるやつが何を言う……


「ふん。Sランクだろうと所詮は人間。魔力もないようなやつらなんざ、どうとでもなるね」


 ハッタリだ。

 正直、今目の前にいる男に俺は欠片も勝てる気がしない。

 人間なのだから、魔力がないのは間違いないだろう。魔力がなければ、ろくな戦闘能力もないはず。

 なのに……


「そう。それが2つめ」


 ルークが指を2本たてて、穏やかな顔で指摘してくる。


「人間は魔力を持たない。それはそのとおり。だが、だからといって人間が弱いわけでもないのさ」


 そう言って、ルークが右手を前に突き出す。


「《アースニードル》」


「!?」


 俺の顔を土の槍が掠める。

 そんな馬鹿な。魔力を持たない人間がなぜ魔法を使える!?


「ね?」


 感覚を集中するとルークがつけている指輪から魔力が漏れている。

 そうか。あれは魔道具か。


「人間は魔力を持たない。だが、魔石さえあれば、なんでもできてしまうんだよ」


 なるほど……。想像以上に人間の魔道具は発達していたようだ。


 冷や汗が流れる。

 この危機をどうやって逃れるか、俺は必死に思考を巡らせる。


 ルークは俺の心中を見て取ったのか、笑って言う。


「ふふ……ちょっとは分かってもらえたようだ。だがまぁ安心しな。君を単独で脅かせるような人間はそうそういないからさ」


 なぜこんなことになった……

 なぜ……


「なぜ、ここにダンジョンがあると分かった?」


 こんな早々にSランクなんてやつを派遣されるなんて想定外にもほどがある。まだ、この地をダンジョン化して10日経ってないんだぞ。いったいどうやって、人間は嗅ぎつけた?やはり、ダンジョンができた時点で感知されてしまっていたのか?


「いや、ホントにたまたまだなぁ。ちょっと寄ってみたら、ダンジョンになってたことに気づいただけ。別にそこのお嬢さんやさきほどの冒険者連中のせいでもない。まぁ君からしてみたら……運が悪かったな」


 心底哀れむようにルークが俺を見てくる。


「で、最後の3つめだけどね」


 それはもう俺でも分かる。


「人間にバレないってのは無理だから」


 にこやかな表情でルークが告げる。


 単に運が悪かった?

 そんなことで俺のダンジョンが……。


 俺は周りを見渡す。

 ゴブタロウ達とヘッジは恐怖で動けないでいる。だが、ティナはもう戦意を取り戻したようだ。このままではダンジョンが危ういことは理解しているのだろう。


「《ファイアウォール》」


 俺は仕掛ける。

 コイツはなんとしてでもここで始末する必要がある。


「無駄だよ。君、噂に聞くデーモン種だろ?だが、その割に魔力が小さい。レベル低いでしょ?」


 炎の海となっている中を悠然と歩いてくる。

 ルークの体が光に包まれている。クソっ魔法防御の魔道具も持ってやがるのか。

 ならば……


「《アイスニードル》」


 物理的破壊力を持つ魔法を連発する。

 だが、ルークは目にも留まらぬ速さで貫通力のある氷塊を躱していく。


「無駄だって言ってるのに……ん?」


 俺の狙いはこっちだ。

 さきほどの《ファイアウォール》でできた炎により《アイスニードル》の氷が蒸発し、あたり一面に蒸気が立ち込める。

 続けて、俺は《ファイアウォール》を交えながら、《アイスニードル》をルークの頭目掛けて連発する。


「視界を遮ったくらいじゃ、変わらないよ」


 ルークは変わらず、俺の魔法を躱す。

 ルークはどうやら、魔力を感知する魔道具を持っているようだ。発射するタイミングを魔道具でつかみ、さらに蒸気の流れを見て、攻撃の軌道を読んでくる。


 だが、これでいい。

 本命は俺の攻撃じゃない。

 行け!


「カイン兄は私が守るわ!」


 ルークの背後に現れたティナが心臓目掛けナイフを突き立てる。


「やったか!?」


 俺はルークに仕掛ける前に、《交信》を使い、ティナに作戦を指示していた。

《無音の探索者》を使えば、視覚以外の方法でティナの行動を把握することはできなくなる。こちらの魔法に気を取られているうちに蒸気に紛れ、ルークに接近し、致命の一撃を狙った。


 次第に蒸気が晴れてくる。


 そこにはナイフを生やしたルークが横たわっている……はずだった。


「いや~いいね。だいぶ危なかったよ」


 ナイフを片手に特に怪我をした様子もないルークが悠々と立っていた。


「いまのはそっちの子のスキルかな?全く気づかなかったよ。やるねぇ」


 ティナは愕然としている。


 どうする?こいつを相手にどうすれば切り抜けられる!?


「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。言ったでしょ。今は手出ししないって。」


 ルークは持っていたナイフをティナに足元に放り投げる。


「今日はもうお暇させてもらうよ。色々と楽しかったしね。これから頑張るといい」


 なんだと?本当にそのまま行くつもりか……。それはそれで助かるが、このダンジョンは……。


「ここの領主は領地の発展に躍起になっている。おそらく、森のそばに町が作られるだろう。すぐに町ができるわけではないが、当然、高位の冒険者も増える。ダンジョンの防衛にはもう少し力を入れた方がいいだろうねぇ」


 そう。今この場を切り抜けたとしても、人間にはバレた。これから本格的な人間との戦いが始まるだろう。


「ここは面白い。すぐに潰されたりしないで、頑張ってね」


 そう言って、ルークはまた姿を消した。


 ……どうやら、本当に去っていったようだ。


 ティナは緊張が解けたのか、ペタンと地面に座り込む。


「私達、助かったの……?」


「あぁ今日のところはな」


 なぜかは分からないが、ルークは去った。当面の危機は過ぎ去ったといえる。

 だが、人間からダンジョンを隠す作戦は瓦解した。これから先はダンジョンを強化していかなくてはならない。


「ダンジョンの戦力、強化しなきゃならなくなったなぁ」


「……それ、至って普通のことだからね」



【カイン】

 種族:デーモン

 所属:深緑のダンジョン

 ランク:S

 レベル:10

 スキル:永劫回帰

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