深緑のダンジョンマスター 〜生き残りをかけた節約戦術。常識はとりあえず置いておく〜

三天休

深緑のダンジョン

第1話 旅立ち

「それでは行ってまいります」


「うむ。しっかりと務めを果たしてきなさい」


 みんなに見送られ、俺、カインは18年過ごした村を離れて旅立つ。


 目的地は遠く離れた地にあるという魔力溜まりだ。


 この世界は1つの例外を除き、すべてが魔力を有しており、魔力によって成り立っている。自然界の魔力密度によって天気が変わるし、植物は大気中の魔力を吸って生長する。我々が魔法を使うのには体内の魔力を使うし、魔道具も魔力を使って動く。


 この魔力は地脈を介して、世界中を巡っているものだが、何かの拍子に、その魔力が一箇所に溜まることがある。これが「魔力溜まり」だ。

 魔力溜まりを放置しておくと、溢れた魔力から魔獣がドンドン生まれ始める。それだけならよいが、ひどくなると異常気象になったり、果てには天変地異とも言うべき災害を引き起こしたりするらしい。


 そうした事態を防ぐため、魔力溜まりを管理するのが俺達の務めだ。

 魔力溜まりを見つけては、フタをし、魔力の流れを整備するのである。


 今回、新たに魔力溜まりが発見され、それを管理する役目を俺が仰せつかったというわけである。


「いいなぁ。ボクも外に出てみたい」


 ボクも、私も、と好奇心旺盛な子どもたちが声を上げる。この村の子たちは外へ出ることが許されていない。


「俺のように一生懸命勉強したらいいさ」


「え~カインみたくは無理だよ~」


 子どもたちの頭をポンポンと撫でてやる。

 俺はこの村で魔力溜まりを解消するための魔道具の扱いを学び、優秀だと認められたからこそ、数少ない役目が回ってきたのだ。


「あれ?そういえばティナの姿が見えないけど……」


 この村で一緒に育った幼馴染の姿が見えないことに少しの寂しさと疑問を感じつつ、みなに挨拶して旅立つ。


 ◇◇◇◇◇◇


「この森か……」


 俺は魔力溜まりが発生していると聞いた場所に来ていた。どうやら、森の中らしい。かなり広大な森で、遠くに見える山の方まで続いているようだ。一周しようと思ったら、何日かかるか分からない。


 森の中に入れば、木々の間から日の光が差し込み、さわやかな風に下草がゆれる。散歩にはちょうどいい雰囲気だ。


 だが、そんな雰囲気なのに、森の中にいるとなぜか息苦しく感じる。


「これは……確かにあるな」


 魔力溜まりの存在を確信する。


 村の長老達から、魔力溜まりのある場所を教えてもらっているが、それはおおまかなものでしかない。魔力溜まりを解消するためには、魔力の発生元となっているポイントを探し出し、魔道具を使わなければならない。


 俺は目をつむって、集中し、周囲の魔力の濃度を感じ取る。


「北西かな……」


 俺達は魔力の扱いに長けている。集中すれば空気中の魔力を感じとることもできる。魔力の濃いところを探していけば、魔力溜まりを見つけられるはずだ。


 その後、少し移動しては、魔力を感じとり、方向を修正しつつ、歩いていく。


 どこかで鳥の鳴き声がする。

 歩けば草を踏み分ける音が静かに響く。


 日が沈み、また日が高くなる頃まで歩き通したところで、切り立った山肌にぶつかる。そこには人が余裕をもって入れるくらいの大きさの洞穴がある。


「ここだな」


 洞穴の中からは濃密な魔力を感じる。


 洞穴を調べようと中に入ろうとしたその時、魔力の流れに異様な気配を感じる。

 洞穴の奥の方で光の粒がなにか動物にまとわりついているように見える。


「違うな。光が動物にくっついているんじゃなくて、動物の形をした光だ。これが生まれる瞬間ってやつだな」


 目の前の光の粒はみるみると固まり始めた。


「グモォォォォォォォーーーー」


「これは……オークか」


 俺より一回り以上大きく、人型になった巨大な豚のような魔獣が目の前に現れる。ちょうど目の前にいた俺を目につけ、生まれたばかりだというのに、随分と好戦的な目をしている。


「普段ならどうってことない相手なんだがな……」


 村を離れてここにたどり着くまでに随分と時間がかかってしまった。ちょっと今は相手にしたくない。


「といっても、こっちはこの洞穴に用があるんだよね。逃げてくれそうもないし」


 オークはフゥフゥと鼻息を荒くして今にも突撃しようとしている。


「仕方ない……」


 俺は手のひらをオークに向け、呪文を唱える。



「《ファイアボール》」


 一抱えほどの炎が飛び出し、オークの顔面に直撃する。


「グモォォォォ!」


 オークが叫ぶ。だが、次の瞬間には、炎を振り払い、こちらに突撃してくる。


「ウソだろ、おい!」


 どうやら、想像以上に俺は疲弊しているようだ。本来、オークごとき今の一撃で十分のはずだ。


 ズシン!


 俺はギリギリのところで転げてオークの突進を避ける。オークはそのまま後ろの木に激突している。


「長期戦にするわけにはいかないな……《フレイムピラー》」


 炎の柱がオークの足元から吹き出し、焼き焦がしていく。

 今度は大丈夫なようだ。そのままオークは倒れ、静かに燃えていく。


「はぁはぁはぁ……なんとかなったか」


 オークごときとの戦闘でこれほどの危機感を覚えるとは思わなかった。早く回復しなければ。


 とはいえ、魔力溜まりの近くに来ているのに戦闘がこれ1回で済んだのは助かった。


 もう目標は目の前だ。


 少しフラつきながらも、さきほどのオークが燃え尽きた後に残った石を拾う。

 これは魔石だ。魔獣は心臓の代わりにコアを持ち、死んだ後には魔力がコアに凝縮し、魔石となる。魔法の影響で、体は燃え尽きたが、魔石は耐えたらしい。


「少しでも足しにするか」


 そうつぶやきながら、俺は魔石を飲み込む。足りなくなった魔力を補うためだ。

 とはいっても、オークの魔石から吸収できる魔力などをたかが知れている。


「さて、ゴールインといくかね」


 まだ回復はしていないものの、目の前にあるものを思えば足取りも軽くなるというものだ。


 強く感じる魔力の流れに向かって足を進める。


 洞穴は入り口から少し入ったところで、ドーム状の部屋のようになっていた。

 見た目には何もない。

 単なる洞穴の行き止まりである。


 だが、地表から感じる魔力の流れは明らかに他とは異質のものだ。


「間違いない」


 俺は縁になにやら怪しげな模様の書かれた大皿のようなものを取り出す。

 これが村から預かってきた魔道具だ。


 その魔道具を地面に置き、片手をつく。


「《迷宮核創造》」


 俺が呪文を唱えると、地面がせり上がり、胸の高さほどの台座を作り上げる。その台座の上にある魔道具からは強い光が放たれる。


 直視できないほどのその光は徐々に収まり、後には片手では掴みきれないくらいの大きさの白い球体が、台座の中央の魔道具にはめ込まれるようにして、収まっていた。


「これで一安心……」


 そこまで見届けた俺は、事切れるようにその場で倒れ、ギリギリまで持たせていた意識を手放した……

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