純情おじさんと年下ボーイ

なふやん

第1話

出会いはありふれたもので、どこにでもいる男女のそれと変わらなかった。

違うところと言えば、ゲイバーでの飲み会が出会いだったというところくらいだろうか。

知人が飲み会を開くからと連れてこられたらゲイバーだった、そう彼は言っていたので男には微塵も興味がないのだろうと悟った。

けれどそれでも俺は彼に声をかけてしまった。

まぁ、あれだ。顔が好み。


「俺も合コンだって言われて付いてきたんですよねー。もしよかったら今度ちゃんとした合コン開くんで、その時一緒にどうですか?」


そうやってあたかも自分がノンケであるように振る舞うと彼はすぐに気を許し、俺に易々と携帯番号を教えてくれた。

そして何度か連絡を取り合っているうちに今日という日が来てしまった。

『合コンの相手が集まったので明日どうですか?』

俺の誘いに彼は快諾した。

顔は悪くないのに、あの人女に飢えてんのかなあ…。

まあ合コンというのはもちろん嘘なのだが。

夜7時半過ぎ。夜の帳が下り、待ち合わせ場所の店の周りはネオン街から少し離れてるからか色を失ったように黒い。

店の名前は事前に彼へ教えてあった。

調べれば一発でわかるくらい有名な男同士の“そういう”人たち御用達の完全個室のお店。

もともとノンケは食わない主義なので、最後の情けという訳だ。

これで彼が来るようならば俺はもう容赦なく堕としてやる。

でも相手もいい大人だし、さすがに事前に店も調べるだろう。となれば怪しんで来ないはず。

そう思っていたのに。

来たよ。

ほんとに来た。馬鹿なのかあの人。

色のない通りの向こうからやや慌て気味にやって来るサラリーマンは人の良い笑顔を浮かべていて。

あぁ、もう容赦しねえぞ。


「ごめんごめん!道がわからなくて調べてたら遅れちゃった」


「道?店調べたんですか?」


「ん?そう。ご丁寧にアクセス案内掲載してくれてて助かったよ」


おいおいまじか。調べてホームページ見ても尚来たのか。


「あー、とりあえず予約してあるんで入りましょうか」


これまた二つ返事で返され、彼と共に店へ入った。

瞬間に先程まで色の無かった視界にブルーや濃いレッドのライトが映る。

それらに照らし出されたこの店の顔となるオブジェがテカテカと光沢を持っている。

悪趣味、とまでは言わないがあまり褒められたような出で立ちではないそのオブジェにやや気を取られていると、カウンターからウエイターのような男が顔を出して「ご予約のお客様でしょうか?」っと声をかけた。


「はい。8時から予約のイイジマです」


「イイジマ様ですね、お待ちしておりました。どうぞご案内致します」


恭しく頭を下げた店員がゆったりと歩きながら件の部屋へ俺たちを誘う。

一つの部屋の前で立ち止まるともう一度頭を下げ、店員はそのまま無言で立ち去った。


「なんか高級そうな店だね。持ち合わせ大丈夫かな」


「大丈夫ですよ。見た目より高くないんで」


「晴樹くんはよく来るの?」


「そうですねぇ、まあ、そこそこ。さっどうぞ先入っちゃっていいですよ」


部屋へ入ると中は少し広めのカラオケボックスのような内装で纏められ、テーブルの大きさの割に広いソファが置かれている。

いざという時にはベッド代わりに、という意味合いだ。


「あれ、他の人たちは?これから呼ぶ感じかな?」


「あぁー……はい、先に料理とか少し頼んどいた方がいいかなって思って。あと悪いんですけど隼人さん、向こう側のソファに掛けてもらっていいですか?扉側じゃないとこわいって女の子多いんで」


「あぁそっか。気が利かなくてごめんね」


奥に詰めた隼人さんを見てすぐにその手前の扉へ通じるソファを自分の身で塞ぐ。

さあ、もう逃げられない。

料理数品と飲み物を頼み、それが全て揃うと次第に隼人さんがそわそわし始めた。


「晴樹くん、みんなは何時に集まる予定なの?」


頼んだレモンサワーを無言で呷る。


「あれっ、飲んじゃっていいの?」


もう一口、もう一口と半分程まで飲んだところでグラスを置く。


「晴樹くん?おーい聞いてる?」


「来ないですよ」


「は?」


「女の子って言うか、みんな。呼んでないんですよ元々」


俯いた髪の隙間から隼人さんを睨むように見つめる


「えっ……………あ」


僅かに見開いた目と小さくあげた素っ頓狂な声が何を表すのか俺にはわかった。

顔を上げて隼人さんとの距離を詰める。

とん、と膝が触れた瞬間に彼が少し退くいた。


「わかってたんじゃないんですか?ここがどういう店かも、俺が本当は合コンなんか準備してない事も、全部」


「いや、その…もしかしてとは思ったけど、晴樹くんはそういう人じゃないと思って」


「“そういう”って、どういう意味ですか?」


「えっと、あー…こういうのって言っちゃうの失礼じゃなかったっけ…?」


「気にしないでいいですよ」


「そう?その、ゲイ、の人じゃないと思ってたんだよね」


「ゲイバーで出会ったのに?」


「合コンで連れてこられたって」


「嘘に決まってんじゃないですか」


じりじりと詰めた距離をこれまた毎度膝が触れる度に離される。


「そんなに女に飢えてたんですか?合コンをエサにほいほい寄ってきて」


「あの、」


「それともあれですか。男相手も楽しいかもって思ったりしました?」


「あのさ!」


彼の大声に俺の動きが止まる。


「離れてもらえないかな!ち、近くない?」


隼人さんの手が俺の胸元をぐいぐいと押す。

あれ、この人、意外と力弱いかも。

その手首を掴んでグイッと押してみると予想通り、パタンとその場に倒れてしまった。


「うわっ、えっ、えっ?」


「あんたが悪いんですよ。こんな店に警戒心もなくやってくるなんて」


ネクタイを外してしまえばもう戻れない。


ーーーーー


隼人さんを騙して抱いた日から彼からの連絡は途絶えた。

まあ当たり前だろう。

一回やれただけでもラッキーかなあ…。

そんな事を思いながら相手探しに例のゲイバーに来ていた。

今日も今日とて人はまばらだ。

店内をぐるりと見回す目がカウンターでぴたりと止まる。


「え」


なんで。

なんでいるんだよ。

視線の先にはあの日と変わらない隼人さんがいた。

彼は僕に気がついていないようで、1人で酒を呷っている。

その隣には食いかけのナッツと氷の溶けたロックグラスが。

……へぇ。


「隼人さん」


「はい?あっ、え、晴樹くん?!」


「どうしたんですか。お一人で飲みに?」


「う、うん、そう。ひとりで」


「へぇ〜」


“ひとりで”ねぇ。

自然に彼の隣に腰掛けて誰かの食いかけのナッツを皿で砕く。


「ひとりでゲイバーですか?普通のバーじゃなくて?」


「ここの雰囲気が好きで…」


「こんなところで飲んでたら格好の餌ですよ」


「え、餌って…」


「で、」


ガリッと胡桃が奥歯で弾けた。

あぁ、不味いなあ。


「本当は誰と来たんですか?」


その言葉に隼人さんが唇をきゅっと結んだ。


「実は、」


「隼人おまたせ〜〜」


何か言いかけた彼の肩をべろべろの酔っ払いがひっ摑んだ。

あ、こいつこの間隼人さんここに連れて来た奴じゃん。

こっちの人間かよ。むかつく。


「おかえり。大丈夫だった?吐いたの?」


「吐いてない!もったいねぇじゃん〜!あってか誰?俺のナッツだよそれ!ん?あ〜〜!わかった君あれでしょ!隼人が、」


「あーあーあーー!!!雅樹もう眠たいでしょ!ね!そうだよそうだよ!もう帰った方がいいよ!うん!」


何を思ったのか急に連れを邪険にし、ついには追い出してしまった。

一体何事だろうか。

疲れたのか、やつれた顔をして隼人さんが帰ってきた。


「一緒に帰らなかったんですか」


「え?あー、えっと…ほら、金払ってないし」


「あの男帰り際に金置いていきましたよ」


「えっ?!ほんとだ!あいつちゃっかりしてるな…」


そう言いながらもまだ帰ろうという様子はない。


「まだ何か用事あるんですか?あぁ、もしかして新しい男探しですか?」


それはむしろ自分なのだが。

小馬鹿にするように問いかけると何も言わず俯いてしまう。

ありゃ、図星か?

俺とは連絡すら取らないくせに他の男とは寝たがるんだ。


「……ははっ、そうですかぁ。じゃあ俺は離れといた方がいいですね。他の男が寄り付かなくなっちゃいますし」


席を立つとすぐさまシャツの裾をぐんっと引っ張られた。

何ですか、と言う意味を込めて睨む。

しかし彼は何も言おうとはせず、そのまま立ち上がりマスターに「奥借ります」と一言。

その言葉に目を見開いた。

なんで隼人さんが知ってんだよ。

“奥”というのはこの店の秘密の部屋の事。

常連のみが知るそういう事を致す部屋だ。

部屋は簡易的で、ベッドとランプ、小さなシャワー、必要最低限のタオル程度しか置いていない。

部屋に入り隼人さんがこちらを向くタイミングで彼をベッドへ突き飛ばした。


「わっ!?」


ぎしりと音を立てて彼に跨ると一気にその顔を高揚させた。


「なんでここ知ってるんですか」


胸元を掴むようにボタンを外していく。


「常連ってほど通っちゃいないでしょ」


暑い。

自分の上着を剥いで適当に放り投げる。


「それとも何?他の男とここに来たんですか?」


むかつく。

ガリッ、と突き出た彼の喉仏に噛み付く。

隼人さんの口からは快楽ではない悲鳴が漏れる。

俺とは一度きりで終わったくせに。

他の男とはいいんだ。

むかつく。

むかつくむかつくむかつく。

苛立ちをぶつけるように彼の体の至る所に噛み付いた。

痛そうだった隼人さんの声も次第に甘ったるいものへと変わっていく。


「さっきの男ともここにくるつもりだってんでしょ?残念でしたね、俺が来ちゃって」


「ちが!違うよ!」


「違くないでしょ。こんな店で男二人で飲んでるなんて。御誂え向きすぎて笑える」


「違うんだって!俺は!俺は…!」


ひっく、と嗚咽がする。

俺の下から。

泣いている。

隼人さんが。

俺が泣かせた…?

まくし立てていた行為を慌てて止める。

両腕で隠した顔の隙間から涙が流れては落ち、流れては落ちを繰り返している。


「俺、は……君に!晴樹くんに、会いたくて!」


「……は?」


「晴樹くん慣れてたし、連絡しても取り合ってくれなかったら凹むなって、思って…それでここならいつか絶対晴樹くんに会えそうな気がして!一人じゃ怖いから同僚に付き合ってもらってたんだ…そしたらマスターが悩み聞いてくれて……」


応援してくれるというマスターがこの部屋を教えてくれた、と嗚咽交じりに経緯を会見した。

じゃあなんだ?俺の勘違い?早とちり?


「そんなこと考えてないで連絡くれればよかったじゃないですか」


「男相手なんて勝手がわかんないんだよ!あんな事するのも初めてだし、まさか気持ちいいと思うなんて想像もしなかった…!君のせいだ!女の子じゃダメになった!全部!君のっ、晴樹くんのせいだ!」


後ろでいくと女で満足出来なくなるとはよく言ったもので。

彼も例外ではなくその一人になってしまったようだ。


「はっ…なんだ。じゃあ隼人さんは俺とまたしたいって事…?」


「しっ、したいっていうか…順序がね、ほら、あるだろ?」


「あんたいくつだよ。中坊じゃあるまいし」


「わっ、待ってよ、まだ触らないで…!おっさんだってそういうの大事にするんだよ!!って、あっ、話聞いてる?!」


「うん。聞いてる」


唇で彼の肌を撫でる。

その度にじわりじわりと染め上がっていく様を見るのは実に気分がいい。


「隼人さんが俺の事好きって話でしょ?」


悪びれなく言えば困惑した顔でコクリと首を縦にふる。

あぁ、かわいいなあ。

胸を、腰を、太腿を滑るように触れる。

喘ぐ事にまだ抵抗のある隼人さんがぎこちなく声を上げる度に俺のなかがムズムズ騒ぐ。

それは隼人さんも同じようで、赤らめた顔で腰をゆらゆらと揺らし始めた。


「もう辛い?脱がしましょうか?」


「ん、お願い」


酔っているのか興奮からか、そういう事を言ってしまうのは如何なものか。

まあ脱がしますけど。

腰を浮かせて待っている隼人さんのスーツのズボンを脱がせ現れた肌全てにキスを落とす。

さっきより熱くなった体が小さな喘ぎ声と共に跳ねるのを見ると、あぁ、ちゃんと気持ちよくなってくれてるんだな、っと安心する自分がいる。

一番をわざと外しながら触る俺をもどかしく思ったのか、隼人さんがしきりに「違う、違う」と囃し立てた。

しかしもう限界だったのだろう。

ついに俺の手を握って涙ながらにこう訴えた。


「お願い、はやく触ってほしい…晴樹くんなら触っていいから…」


あぁ、そんな顔されたらなんでもいう事を聞いてしまいそうだ。


年上のくせにずるい人。

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