夏空に溶ける
なふやん
第1話
湿気と熱気が肌を撫でる。
生温い感触に身悶えても逃れられない。
きっと君も。
八月の昼下がり、茹だるような暑さが部屋を包んでいた。
ワンルームの小さな部屋。
日に日にひしゃげていくひまわりの花。
必要最低限の家具しかない部屋に唯一ある彩りだった。
乾いた葉先を指で弄ぶ。
君がひまわりを持って部屋を訪れてから幾日が経っただろうか。
「次は花火を見ようね」
そう言って「またね」と手を振ったあの日。
笑顔の君から何も感じ取ることが出来ずに手放してしまった。
そう、何も知らなかった。
君の悩みも、辛さも、汗も、涙も。
知ったのは渇いた絶望だけ。
君の指にぴったりだった指輪を掌で転がす。
頬が少し痩せたね。
隈ができてるけど眠れてないのかな。
最近美味しそうにご飯たべないね。
そのどれかのたった一つでも声をかけていたなら、君は私にサインを送ってくれただろうか。
そんな考えが幾度も幾度も巡っては意味が無いと破錠し、後悔の念が再び思考を縒り結んだ。
目を瞑ると鮮明に思い浮かぶあの日の君の姿。
お気に入りの淡いブルーのシャツ。
捲った袖口から覗く細く骨張った腕。
朱色のくたびれたネクタイ。
べたべたとした髪。
掌に付いた爪の跡。
少し笑った唇。
冷たい頬。
開かない瞳。
そのどれもがこの世界の君という存在を否定した。
どれだけ時間が経とうと飲み込めないのだ。
君のいない週末。
鳴らなくなった携帯。
外された指輪。
痛くて、痛くて。
夏の暑さに涙は枯れてしまった。
「今日は花火だよ」
ぽつりと虚空に呟く。
届くはずのない君へ向けて。
「約束したもんね」
寂しがり屋な君のことだから。
「二人で見ようね」
きっと私を待っている。
夏の昼空が私を包み込むように迫る。
暑いはずの風が心地よく感じた。
チリン。
ベランダに吊るした風鈴が背後で小さく音を立てる。
「いってらっしゃい」
そう言うように。
湿気と熱気が肌を撫でる。
生温い感触に身悶えても逃れられない。
きっと君も同じだったのだろう。
君に会いたくなるのも。
空を飛びたくなるのも。
自由になりたくなるのも。
そう、全部、全部、夏のせいなのだ。
夏空に溶ける なふやん @nahuyan04
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