第8話 言い訳にさえ、なり得ない



 クラウンの願いに応える形で、セシリアは自分達にまつわる噂のあらましを彼に話して聞かせた。



 まず、社交界デビューの日について。


「事の発端は、会場でクラウンはセシリアのドレスを飲み物で汚した事でした」


 セシリアのそんな言葉に、クラウンはひどく驚いた。

 彼からすると、周りの変化に気が付いたのはヴォルド公爵家でのお茶会以降だ。

 まさかそんなにも前の事が発端だとは夢にも思っていなかったのだ。



 しかしこの後のセシリアの説明を受けて、彼はみるみる内に顔色を悪くしていく事になる。


 まず、令嬢のドレスを汚す事自体が爵位の差に関係なく無礼な行いであるという事。


 その時のクラウンは、口では「過失だ」と主張していたが、態度や口調で周りはあれを「故意だ」と認識していた事。


 その言葉が、過去の社交界での出来事を彷彿とさせるものであり、それは『王族案件』にも匹敵するものだった事。


 母の元に向かうセシリアの腕を無理矢理掴んで止めようとしていたが、それは未婚の女性に対して失礼な物だった事。


 そして大きすぎるクラウンの声が災いして、一連の出来事にはたくさんの目撃者が居た事。


 ついでにセシリアが去った後の暴言を聞いて、周りは何の反省もしていないクラウンに少なからず憤った事。


 

 それらを全て聞き終えて、クラウンは思わず芝生の上に座り込んで頭を抱えた。

 そして。


「……そんな常識なんて、俺は知らない」


 そう、ポツリと零す。



 故意だと周りに認識されていた事を除けば、その全てに対して彼は今の今まで「それは悪い事なのだ」という自覚が皆無だった。


 ドレスを汚した事でさえ「エドガーが言う事だから大丈夫」という理由で、それが『失礼な事だ』とは思っていなかったくらいだ。

 その他に気付くはずもない。

 

「そんなの、誰も教えてくれなかったじゃないか……」


 弱々しい声で告げられたその言葉に、セシリアは心の中で「そうだろうな」と相槌を打った。


 もし本人に「一体それの、どこがどう駄目なのか」を教える気があったなら、最初からコソコソと噂などせずに面と向かって叱ってやるだろう。

 そしてもし彼を叱る人が居るとしたら、最もその役割を担うべきは親である。


「お父様は、何もおっしゃられなかったのですか?」


 そんな風に尋ねたセシリアに、クラウンはすぐさま首を横に振ってみせた。


「『セシリア嬢に謝れ』『和解しろ』とは言ってたけど「何で」っていう所はお父様、全然教えてくれなかった……」


 そう言って悲しげに視線を下げたクラウンを前に、セシリアは「あぁなるほど」と独り言ちる。


(それならあの時の彼の態度にも納得だ)


 そう思いながら思い出すのは、ヴォルド公爵家のお茶会の時の敵意剥き出しだった彼の姿だ。


(もし理由も教えてもらえずただ『謝れ』と言われたなら、確かに誰だって「理不尽だ」と思うだろう)


 それをあからさまな態度に出すか否かは置いておいて、当時の彼の気持ちはセシリアにだって理解できる。


 しかし。


「物事には『知らない』では済まされない事が数多くあります。もしその言い訳が通じるのなら、おそらく『不敬罪』として裁かれる人の数はもっと少ないでしょうね」


 そう、無知である事は決して言い訳にはならないのだ。


 だからこそ、時に人はきちんと能動的に学びを得る必要がある。

 ただ学びを与えられるのを待っていただけの彼にも落ち度は確かに存在するのだ。


「……王城パーティーの日、俺の『計画』に周りも賛同してた。あの時誰も咎めはしなかったのに」


 セシリアの声に、まるで言い訳でもするかのように彼はポソリと呟いた。

 しかしセシリアを前にして、その言葉は何の言い訳にもなり得ない。


(誰に何と言われようとも、実際に行動に移したのは彼だ)


 少なくとも「実際に行動した」という一点においては、彼の意思は確かに存在していたのだ。

 そして自分の言動に責任を持つことは、セシリアの中では大前提。

 そうなれば『こんな言い訳、言い訳にさえなり得ない』というのも頷けるだろう。


「それは周りの方々が、貴方の体裁よりも自分の好奇心を優先したからです」

「好奇心?」


 セシリアの返しに、彼は疑問の声を返してきた。

 そんな彼の様子に「言葉の意味が上手く伝わっていない」と気が付いて、セシリアは言い換えられる別の言葉を探す為に逡巡する。


「……悪戯心、といえば分かり易いでしょうか。悪いと分かっていても、面白そうだからついやってしまうのです」


 そう言い換えれば、今度は意味が分かったらしい。

 クラウンは少し考えるような素振りを見せた。


 そして、気付く。


「それは、俺よりも楽しい方を取ったという事なのか」


 つまり自分は、他の人間にとってそれくらいの軽さでしかなかったのか。

 クラウンは、縋るような目でそう尋ねてきた。


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